第134話 リント・ヒナタ
「リント・ヒナタ?」
その名前を聞いてリリアは首を傾げる。
(いま言い直す前に日向霖斗って言ったよね。この国でもどこの国でも基本的に名前が先に来て家名は後。でもとっさに出たのが家名ってことは……こいつもしかして……髪も目も黒いし。いやでも確証はないか。追及する理由もないし。今はいいや)
「? 俺の名前がどうかしたのか?」
「別に。なんでもない。私の名前はリリア・オーネス。リリアでいいわ」
「おう。俺もリントでいいよ。って呑気に自己紹介し合ってる場合じゃねぇよ! こんなとこで何してんだよ、危ないだろ!」
リントはそう言ってリリアに詰め寄る。しかしリリアからすればなぜリントが怒っているのかがわからない。
「危ないって、何が?」
「何がじゃねぇよ。さっきだって魔物に囲まれてただろ。もし魔法が少しでも遅れてたら危なかったんだぞ。わかってんのか!」
「あー……なるほど。わかった。そういうことね」
リリアはなぜリントが怒っているのかということをようやく理解する。何も知らないリントからすれば、リリアはただ無策に魔物に囲まれていたようにしか見えない。剣も何も持っておらず、戦えるように見えないこともその理由の一つだろう。
しかしそれならば話は早いのだ。
「まぁ助けてくれたことには感謝するけど……別に助けられなくても問題は無かったよ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味。つまり——」
リントの背後に近づくオークが近づく。リリアは目にも止まらぬ速さでリントの背後に回り、オークを殴り飛ばした。
「私一人でも魔物は十分に倒せるから」
「オークを一撃って……マジかよ」
リリアの力を目の当たりにしたリントは思わず苦笑いする。
「あの数を相手にするのは面倒だったから、助かったのは本当だけどね。でもご心配なく。自分の身は自分で守れるから」
「なるほどな。まぁ余計な手助けじゃないなら良かったよ」
「それよりこっちこそ聞きたいんだけど、リントこそこんな所でなにしてるの? 遊ぶには少しばかり危険な場所だと思うけど」
「遊んでるわけじゃねーよ。アキラ……妹のことを探してるんだ」
「妹さんを? この状況だととっくに避難してるんじゃないの?」
「うーん。なんて言ったらいいかわかんないんだけど、連絡手段があるんだよ。離れても使えるやつ。いつもはそれ使ってるんだけど、こんな時に限って通じなくてな」
「ふーん……何歳なの?」
「えっと、俺は十七歳だけど」
「バカなの? この状況であなたの年齢聞くわけないでしょ」
「あ、そっか。そりゃそうだよな。妹は十五歳だ。この国の魔法学園に通ってる」
「へぇ、じゃあ《魔法使い》なんだ」
「あぁ。まぁ《魔法使い》というかなんというか……」
「なに? 歯切れが悪いわね」
「いや、《魔法使い》だよ」
「よくわかんないけど……とどのつまり、妹を探してこの危険な王都の中を走り回ってたわけね」
「そういうこった」
「さてはあなた……シスコンね」
「ちげーよ!」
「別に馬鹿にしてるわけじゃないのに。兄妹の仲が良いのはいいことだもの。私もハル君、弟のこと大好きだし。シスコン、ブラコンは名誉なことだと思いなさい」
「だからシスコンじゃねーって。っていうかお前は弟がいるのか」
「えぇ。そりゃもうこの世の何より大切で可愛い弟が!」
「あ、やべ……」
リントはこれまでの人生経験から、人には触れてはならない一線があることを知っている。そしてリリアにとってそれが弟のことであるとリントは瞬時に察した。
「もうね、ホントに天使なの。生まれた時から今に至るまでずっとね。しかも性格まで良い。完璧よね。ハル君のことならなんでも覚えてるの。今でも昨日のことのように思い出せるもわ。舌足らずにお姉ちゃんって呼んでくれた日のこととか、初めて一緒にお風呂に入った日のこととか。お風呂で私に抱き着いて寝ちゃってね。その天使見たいな寝顔ととか私のこと信じてくれてるんだなーとか、もうもう最高で! あの日の思い出だけでご飯三杯は食べれる。もちろん今でも寝顔は最高に可愛いんだけどね。むしろハル君が可愛くなかった瞬間なんて寸毫たりともないし。私に絵画的センスがあればハル君の成長の全てを絵に書き留めれたんだけど、悲しいことに私はそっち方面はからっきしで。あの時ほど自分を恨んだことはないわね。それで——」
「ストップ! ストップだ!」
「何よ。ここからがいいところなのに」
「絶対その話長いだろ。今その話聞いてる余裕ないから」
「ケチ」
「ケチじゃねぇよ!! っていうか、逆に聞くけどお前はこんな所で何してるんだよ。俺の言うことじゃないけど、一人じゃ危ないだろ」
「この先に父さん達と友達がいるの。私は魔物を惹きつけてただけ」
「なるほど……っていや、一人じゃ危ないだろ!」
「別に平気だけど。あなたも見たでしょ、私の力」
「そうだけど、そういうことじゃなくてさ」
「何が言いたいわけ?」
「だから、いくら強いって言っても女の子が一人ってのは危ないだろってことだよ」
「……え、それだけ?」
「それだけってなんだよ。まぁそれだけだけどよ」
「もしかして口説かれてる?」
「口説いてねぇよ! どこにそんな要素あったんだ!」
「違うならいいんだけど。もし口説いてるならシスコンの風上にも置けないなーって思っただけで」
「シスコンでもねぇ!」
「まぁでもお生憎様。私はあなたに心配されるほど弱くない。そんな普通の女の子じゃないもの。それじゃあ妹さん見つかるといいわね」
「あ、おい待てって!」
「何よ。私はもう何の用もないんだけど」
「だから言ってるだろ。女の子一人で行かせるのは危ないって。俺も一緒に行くよ」
「えーと、妹を探してるんじゃないの?」
「まぁそうだけどよ。何かあっても嫌だしな」
「……あなたお人好しとか言われたりしない?」
「あぁ、よく言われるよ」
「でしょうね。まぁついて来るのは勝手だけど、足手まといにはならないでね」
「あいよ。わかってるって」
こうしてリリアは、思いもよらず同行者を手に入れたのだった。
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