第124話 姉vs姉

 タマナがリリアを庇う様にして前に出てくれたおかげで稼げた僅かな時間。その時間の間にリリアはユニコーンからの贈り物である体液の詰められた小瓶を飲むことができた。

 そのおかげで傷は治り、底をついていた『姉力』も回復させることができたのだ。


(こんなに早く使うことになるとは思ってなかったけど……使わずにやられるよりはずっとマシ)


「リリアさん、もしかして……」

「はい。使いました。そのタイミングだと思ったので。タマナさんは下がっててください。ここで決着をつけます」

「でも……」

「大丈夫です。私は負けません。絶対に」

「……わかりました。気を付けてくださいね」


 タマナは戦うリリアの邪魔にならないようにと再び距離を取る。

 そして対峙するリリアとミレイジュ。


「ん~? どういう手品ですかぁ? タマナさんが魔法使ったようには見えませんでしたけどぉ」

「さぁ、それをご丁寧に教えてあげるほど私は優しくないわ」

「えー、教えてくれてもいいじゃないですかぁ。お友達でしょう?」

「そうね……でも嫌。絶対に教えない」

「ケチですねぇ。そういう性格だから友達が少ないんですよぉ」

「私は狭く深くでいいの」

「あ、出ましたねぇ。友達がいない人の言い訳ですぅ」

「言い訳じゃない。事実よ」


 何気ない普通の友人同士のようなやり取り。しかし、二人の間にはすでに致命的なまでの溝が生まれてしまっていた。《勇者》の姉と魔王軍の幹部。それは決して交わることのない関係だった。


「あ、そうだぁ。最後に一つ提案があるんですけどぉ」

「提案? 降伏するっていう提案なら受けてあげるけど」

「あはは、違いますよぉ。むしろその逆ですぅ」

「逆?」

「リリアさん。魔王軍に来ませんかぁ?」

「……どういう冗談なのそれは」

「冗談じゃないですよぉ。本気ですよ。私は」


 ミレイジュの瞳に偽りはなかった。紛れもなく、本気でミレイジュはリリアのことを魔王軍に勧誘しているのだ。


「リリアさんほどの力があれば即戦力ですしぃ。なによりお友達ですしぃ。一緒に魔王軍に居れたら楽しいと思うんですよぉ。もしこの提案を飲んでくれるなら。セルジュを殺そうとしたことも……まぁ、ビンタ一発くらいで許してあげますぅ」

「その提案に私が乗るとでも?」

「乗って欲しいなぁとは思ってますよ。今の魔王様は寛容ですしぃ。人族でも大丈夫ですよ」

「答えは一つ……お断り。ハル君の敵である組織に私が与することは天地がひっくり返ったってあり得ない」

「はぁ……ですよねぇ」

「あなただってそうでしょ。もし同じ提案を私がしたとして、乗るの?」

「思考するまでもなく却下ですぅ」

「つまりそういうことよ」

「わかってましたけどぉ。辛いんですよぉ。友達を消さないといけないって」

「それは私に勝てたらの話でしょ」

「リリアさんでは勝てませんよ。私には。それは絶対ですぅ」

「なら……私はその上を行くだけ!」


 言い切ると同時にリリアは地を蹴る。《魔法使い》との戦い方は以前ミレイジュとした模擬戦の時と同じ。詠唱する時間を稼がせないこと。集中する時間を与えないことだ。距離を取られれば、肉弾戦しかできないリリアに勝ち目はない。

 魔法の準備が整うまでに決着をつけなければいけないのだ。だからこそ、ミレイジュの行動も前回と同じだった。


「今回は前回みたいに手加減はしませんよぉ——ショット!!」


 無詠唱の魔法発動。リリアの行く手を阻むようにして中級の【土魔法】である『アースランス』が展開される。その数は一つや二つじゃない。軽く十を超える数の『アースランス』がリリアに襲いかかった。


「【姉障壁】!」


 前面に【姉障壁】を展開してミレイジュの魔法を防ぐ。無詠唱であるぶん、威力は詠唱したものより低い。リリアの【姉障壁】でも十分に防ぐことが可能だった。


「こっちだって前回と同じ手は食わないから。その程度の威力じゃ私は止められない! ——【姉破槌】!」

「くぅっ」

「逃がすかっ」


 【姉破槌】を後方に跳ぶことで回避したミレイジュを追ってリリアに追撃を仕掛ける。間合いは完全にリリアのものになっていた。


「【姉破槌】!!」

「っ……『魔障壁』!」


 リリアの【姉破槌】が直撃する前にミレイジュは正面に『魔障壁』を展開する。その数は一枚ではなく十枚。ミレイジュが一瞬で展開できる最大数だった。それでもリリアは止まらることなく拳を突き出す。

 バリバリと音を立てて割れる『魔障壁』。しかし十枚全てを割ることはできなかった。


「驚きですぅ。まさか『魔障壁』を九枚も割られるなんて」

「こっちこそ……まさかここまで詰めて止められるとは思わなかった」

「模擬戦した時よりも強くなってる見たいですねぇ。少しじゃなくて、かなり。『魔障壁』ごし感じる力がずいぶん強くなってますぅ。それもまだ全力じゃない。セルジュと戦ってた時はもっとすごかったですもんねぇ」

「見てたの?」

「もちろん。セルジュのことはいつだって見てますよぉ。何があっても大丈夫なように。だからこそ驚きましたぁ。まさか『魔物憑依』を使った……それも暴走モードに入ったセルジュに勝てるなんてぇ、思いもしませんでしたから」

「それがわかってるのに、私じゃあなたに勝てないと?」

「えぇ。その結論は変わりません。あれがリリアさんの全力ならぁ……リリアさんでは、私に勝てない。セルジュを守るために私は強くなりましたぁ。その私がぁ、セルジュより弱いわけがないでしょう?」

「っ!」


 不意に嫌な予感がしたリリアは《魔法使い》とは近距離で戦うというセオリーを無視して距離を取る。


「本能的に危機を感じて距離を取る。小動物みたいで可愛いですねぇ、リリアさん」

「ミレイジュ、あなた……」

「同じ力を持つ者として、見せてあげますよぉ」

「同じ?」


 その瞬間、リリアは全身の毛が逆立つ感覚を覚えた。ミレイジュから放たれていた魔力。それが変化し始める。リリアのよく知る力へと。


「《姉》を持つ者が自分一人だと思いましたかぁ?」

「まさか……そんな……」


『姉力』。ミレイジュから放たれるのはリリアと同じ『姉力』だった。


「私の《職業》は《大魔法使い》……これは半分本当で半分嘘です。【姉眼】を使えば見えますよねぇ。私の《職業》が」


 リリアはゴクリと息を呑む。ミレイジュに言われるまでもなくリリアは【姉眼】でミレイジュのことを見ていた。そしてそこに示されていた《職業》は——。


「そん……な……」




《姉(大魔法使い)》




 ミレイジュはリリアと同じ、《姉》を持つ者だった。




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