第111話 【弱鈍零落】

「「「「秘儀——【弱鈍零落】!!」」」」

「これが我らが貴様を倒すために生み出した秘儀!」

「この結界の中にいる限り貴様の力は弱体化されるのだ!」

「ここが貴様の死地となる!」

「我らを先に倒さなかったことを後悔するがいい!」


 エクレアを中心にして展開した結界は弱体化の結界だった。しかし弱体化結界などそれほど珍しいものではない。しかしこのダークエルフ四人が使った弱体化結界は普通の結界とは一線を画すものだった。ダークエルフの命を限界まで削って作りあげた結界はエクレアの能力をそれまでとは比較にならないほど引き下げていた。


「およ、これは……」

『あーあ、調子に乗るからそういうことになるんだよ』

「フハハハハハッ! 弱体化結界をしっかり聞いているようだな。貴様の力が先ほどまでよりずっと弱くなっているのを感じるぞ!」


 【弱鈍零落】の効果で力が弱まったエクレアに対し、ギガントオーガはダークエルフから身体強化の魔法をかけられ、力が増していた。それによって防戦一方、押されているだけだったギガントオーガが盛り返す。


「所詮貴様もただの人間! 力を奪えばこの程度のものよ!」

「そっちだって強化してもらってるくせして何言ってんだか」

「ふん、そうやって軽口をたたいていられるのを今のうちだ! こうしている間にも貴様の力はどんどん弱まっているのだぞ!」

「…………」


 それはギガントオーガの言う通りだった。エクレアは自身の力がどんどん弱くなっていくのを感じていた。


「この力ならば、貴様など赤子の手を捻るよりも容易く殺せそうだ」

「そう? ならやってみれば。口だけの筋肉だるまさん」

「この、貴様ぁ!」


 あくまで余裕の態度を貫くエクレアに目にものを見せてやろうとさらに腕に力を込める。上から押しつぶしてやろうという考えだった。


「後悔しても遅いぞ! さぁ泣き喚け!」

「結局力押しか。そんなんじゃダメ。面白くないし。アタシには勝てない。どんなことしてくれるのかなって待ってたけど、これで終わり?」

「なぜだ……なぜ潰れない!」


 ギガントオーガ全力で力を込めている。それも強化が入って先ほどまでよりずっと力は上昇している。それこそ今ならば巨岩すら一撃で砕けると自信を持って言えるほどだ。だというのにエクレアの体は潰れもしない。それどころか、一瞬盛り返していたはずのギガントオーガはエクレアに徐々に押し返されつつあった。


「なんで潰れないって、そりゃ理由は単純でしょ」

「なに!?」

「アタシの方がまだ力が強いから。ただそれだけ。弱体化かなんだか知らないけどさ。その程度じゃ弱くなれないんだ、アタシ」

「なん、だとぉおおおおおお!! クソ、クソ! ダークエルフども! もっと力をよこせ!」

「無理だ! 我々の魔力ももう限界だ!」

「ちっ、使えん奴らめ!」

「あんなにイキってたのに結局頼るんだ。情けな……アタシに対する対策ぐらいはしてくるだろうって思ってたけど、これで大丈夫だと思われてるなら正直心外だよね。ねぇケリィ」

『まぁ許してあげなよ。エクレアに対抗できる存在なんてそうそういないんだから。これでもまだ頑張ったほうでしょ』

「かもね。でも面白くないから許さない」


 冷徹な瞳でニヤリと笑ったエクレアはバチバチと全身に雷を纏う。


「【雷身】」

「ぐああああああああああっ!! 離せ、離せぇ!」


 エクレアから雷撃を受けたギガントオーガは必死に逃げようとするが、エクレアの腕から逃れることはできない。それどころから雷で筋肉が硬直し、まともに動くことすらできなくなっていた。


「焼け死ね」

「ガッ……」


 バチンッ! と一際大きく放電し、ギガントオーガは体内から焼かれて絶命する。地に倒れ伏したギガントオーガにさらに雷撃を浴びせ、その体を灰塵にする。


「はい終わりー。後は」

「ひっ」


 獲物を狩る獣の瞳で睨みつけられたダークエルフは恐怖に喉を引きつらせる。その場から逃れようとエクレアに背を向け逃げ出すダークエルフ達。しかしその行動のどれもが遅かった。


「ひとーり」

「ぎぁっ!」

「ふたーり」

「ぐぅはっ!」

「三人、四人」

「「あっぐぁ!」」


 刹那の間にダークエルフ達はエクレアに命を刈り取られた。


「敵前逃亡とか、情けなさ過ぎない? 命張れないなら戦いの場に出てきちゃダメだよ」

『うーん、ずいぶん呆気なかったね』

「確かに。まぁ弱体化って選択肢は間違ってなかったかもね。でも時間稼ぎは失敗かな?」

「く、ははは……否、成功だ」

「あれ、まだ生きてたんだ」


 倒したと思ったダークエルフの一人が、か細い声で言う。


「我らの、仕事は……貴様を多少なりとも弱体化させること。それさえできれば……後はあの方が、お前を倒してくれる」

「あの方?」

「たとえ我らが死のうとも、結界は解除されぬぞ。魔族を敵にまわしたことを後悔しながら死ぬがいい……くはははは……」


 ダークエルフはそう言ってエクレアのことを嘲笑い、そして死んでいった。そしてダークエルフの言う通り、術者が死んだというのに【弱鈍零落】は解除されることがなかった。


『時間式の結界だったみたいだね。まぁでも魔物程度ならこの状態でも——』

「……ねぇ、ケリィ。魔物だけじゃないみたいだよ」


 そう言ってエクレアは真上にあるワープゲートを見つめる。その奥からギガントオーガなど比較にもならない力を感じて、楽しそうに笑いながら。


「あれが本命か。いいねぇ、あれならアタシも少しは楽しめるかも」


 ドウンッ、と激しい音と共にエクレアの前に降り立つ人影。土煙が晴れた後、そこにいたのは一人の女性だった。


「すみません、お待たせしてしまったようで。私の名はメギド。魔王様の側近をしております」

「へぇ、そりゃどうもご丁寧に。で、今度は君が相手してくれるわけ?」

「えぇ。そうなります。私程度では物足りないでしょうが。ここで私と遊んでいただきますよ」

「上等」


 底が見えない。それがメギドと相対したエクレアの第一印象だった。これなら面白い戦いができるかもしれないとエクレアは笑うのだった。




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