第108話 動乱の始まり

 パレードが始まってから約一時間。王都の全ての住民に見えるようにと様々な場所を移動し続ける馬車はまだ王城に着いていなかった。


「ま、まだ着かないのかな……そろそろ顔がつりそうなんだけど」

「耐えろ……あと少しのはずだ」


 その間、ずっと笑顔で手を振り続けていたハルトとイルには流石に疲れが出始めていた。根性で笑顔を維持し続けているものの、それもいつまで続くかわからないといった状況だ。


「ねぇイル。魔族の反応は無い?」

『……うむ。この近くにも魔族の反応は感じられぬ。主様に害意を向けておるものもおらん。ここまで来て仕掛けてこないとなれば、狙いは王城かもしれぬな』

「王城って……でも、王城なんか一番警備が厳重はずなのに」

「警備が固いからできないってわけでもない。もしかしたら何か裏をかく手段を持ってるのかもしれない。むしろ王城を狙って来る可能性のほうが高い」

「どうして? わざわざ警備の厳重なところを狙うなんて」

「今、王城には王だけでなく、オレの両親を含めて四大公爵。その他さまざまな貴族が集まってる。もしそんな場を狙われて。王や貴族たちが討たれるようなことがあれば、それはもう大惨事なんてものじゃない。この国の根幹から揺るがす事件だ。もし王城を直接狙えるとすれば……私はそうする」

「なるほど……」

「もうすぐで王城だ……そろそろ警戒しとけよ」

「うん」


 そしてそのまま、ハルト達を乗せた馬車は王都内を回り切り王城へとたどり着いた。結局王城に着くまで魔族からの襲撃はなかった。これでつまり王城に襲撃を仕掛けてくることが確定的になったわけだが、いかんせんその方法がわからない。

 王城の周囲は騎士団が警備している。その守りは非常に強固だ。今の王城には、許可の無い者は誰一人として入れないようになっている。怪しい人物が近づけば一瞬で確保されてしまうような状況だ。


「ここが……王城」

「入るのは初めてか?」

「う、うん。ずっと教会から見てたけど、こんなに大きかったんだね。教会と同じくらい?」

「教会よりも少し大きい。昔は教会の方が大きかったらしいんだがな。さすがに教会の大きさに負ける王城とはいかがなものかってなって増築したらしい」

「そうなんだ……」

「今でもたまに増築してるそうだぞ。あー、顔が痛い。ずっと笑顔は流石に堪えるな」

「大丈夫?」

「なんとかな。でも問題はここからだ。もういつ魔族が来てもおかしくないんだからな。真正面から攻めてくるってことは無いと思うが……」

「とりあえず魔族の襲撃が無い限りは進行通りでいいんだよね?」

「あぁ。問題ない。次はいよいよ王様との謁見だ。覚悟はできてるか?」

「か、覚悟ってほどじゃないけど……昨日のうちにできるシミュレーションは全部してきたよ」

「まぁお前はオレの隣でジッとしてりゃいいんだけどな。質問とかにはオレが答えるから」

「うん。ありがと」

『おう、いよいよじゃのう——ん? 少し待て主様』

「どうかした? もしかして魔族?!」

『かもしれん……じゃが、どこじゃ? 気配が全くつかめぬ』

「イルさんっ!」

「わかってる!」

『主様よ。どこから来てもおかしくない。構えておくのじゃ』


 魔族の気配を感じ取ったリオンがハルトに周囲を警戒するように促す。イルもドレスのスカート部分を外して臨戦態勢に入る。突然周囲を警戒し始めたハルト達を訝し気に見つめる王城の貴族達。しかしその原因を貴族達はすぐに知ることになった。


「おい見ろ、空に穴が!」

「「っ!」」


 貴族の一人が叫び、ハルトとイルは弾かれるように空を見上げる。すると空にいくつものワープゲートが開いているのが見えた。


「あれは……」

『あそこじゃ! 来るぞ主様!』

「なるほど。空からってわけか。考えやがったなクソ!」


 ズズズズッと這い出るように無数の魔物がワープゲートから姿を現す。それを見た貴族達は阿鼻叫喚といった様子で、我先にと逃げ出す。

 そんな中でハルトとイルは戦う意思を持って魔物の群れを向かいあった。


「やっぱり王城を狙ってきたか……行けるなハルト」

「うん。大丈夫だよ!」

『やってやろうではないか!』


 そして、ハルト達は魔物の群れと戦闘を始めるのだった。




□■□■□■□■□■□■□■□■□


 その頃、王都から少し離れた位置にその人物はいた。


「警備が固められたなら、警備のしようのない空から……そう考えるのが妥当でしょう。とはいえ、ここまで大規模なゲートを開くとなると流石に堪える。この後のことも考えてあまり無駄な魔力は消費したくなかったのですけど」

 その視界の先では、ワープゲートから次から次へと出てくる魔物が映っていた。そしてそれはハルト達のいる王城だけでなく、王都全域へと広がろうとしていた。


「王都の住民に恨みはない。でも、今この時に王都にいた自分の運命を呪うのですね。さぁ魔物達よ。思う存分に暴れなさい」


 恨みはないと言いながらも、その瞳に同情の色はなく、冷徹な眼差しで王都を見つめる。


「動乱の始まりです」

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