第97話 怠惰の『煉獄道』 その後

「えっと、それでなんでロウが僕の部屋にいるの?」


 目を覚ましたハルトはこの謎の状況に全くついて行けずにいた。『煉獄道』の中で別れを告げたはずのロウが目の前にいたのだからそれも無理はないことなのだが。


「なんでって、言ったでしょ。またねって」

「いや、でもだからって」

「そうじゃそうじゃ。お主はさっさと【カサルティリオ】の中に戻るがよい」

「嫌だよー。こうして外に出てこれたのなんていつぶりかわからないしねー」

「引きこもり娘がぬけぬけと……」

「ねぇ、もしかしてリオンとロウって仲が悪いの?」

「そんなことないよ~。とっても仲良し」

「嘘をぬかすな! 妾の言うことなどほとんど聞かぬくせに!」

「もう。そんなにおっきな声出さないでよ。眠いんだから……ふぁ~~」

「こら、主様のベッドで寝るな! 聞いておるのか!」


 ガルルルル、と獣のように歯をむき出しにして威嚇するリオンと、リオンの言うことなどどこ吹く風でベッドで丸くなるロウ。まさしく対象的な二人だった。


「まったくこやつはいつもいつも……」

「いいんじゃない? 久しぶりに外に出るって言ってたし。ロウはっていうか……ロウ達はリオンみたいに外に出ることはできないの?」

「うむ。外に出ることができるのは主様と真に契約を交わしたものだけ。つまり、こうしてロウが外に出てきておることが主様が『煉獄道』を制覇した証拠に他ならないのじゃ。まぁこやつは契約を交わそうが交わすまいがいつも怠惰の中に引きこもっておるがのう。そのうちまた【カサルティリオ】の中に戻るじゃろう」

「そうなんだ……。ねぇリオン。まったく実感が湧かないんだけど、本当にクリアしたんだよね。クリアしたらもっとこう……力が湧いて来る! みたいな感じになるかなって思ってたんだけど」

「ふふ、確かに劇的な変化というものは感じにくいかもしれぬな。しかし安心するがよい。こうしてロウと契約できた以上、主様の力は確実に増しておる。怠惰の力をもっと深くまで引き出すことができるようになるじゃろう」

「そうなのかなぁ」

「信じるのじゃ主様。主様はロウの試練を乗り越えたのじゃから」

「そうなんだけどね。今いちこう……そういう実感もなくて。ただ生活してただけみたいな感じだったし」

「こやつの試練はそういう試練じゃからな。心の強さを試す試練。心の強さというのは実感しにくいものじゃからのう」

「ところでその、ロウが言ってたんだけど。今回は怠惰の『煉獄道』だったんでしょ」

「うむ。そうじゃ」

「あと六個もあるって聞いたんだけど……本当?」

「うむ、本当じゃ。主様が今回クリアした怠惰の『煉獄道』を除く、憤怒、嫉妬、色欲、強欲、暴食、傲慢の六つじゃ。まぁ今は憤怒以外ないから『煉獄道』には入れんがな」

「憤怒にも入れないの? あぁいや、入りたいわけじゃないんだけどね」

「無理じゃな。憤怒の『煉獄道』は今の主様ではクリアできぬ」

「そんなに?」

「憤怒の『煉獄道』に求められるのは純粋な力じゃからのう。今の主様では難しいと思っておる。いずれ主様がもっと力を手に入れられた時。その時こそ憤怒に挑むチャンスが訪れるじゃろう」

「そっか……それじゃあ、もっと頑張らないとね」

「そういうことじゃ。他の罪も見つけんといかんしな。なにはともあれ、今回主様はこうして『煉獄道』をクリアし、力を手にして戻ってきたのだ。今はそのことを喜ぼう。あらためて、主様が『煉獄道』をクリアされたこと、心から嬉しく思うぞ」

「うん……ありがとうリオン」


 リオンが純粋に喜んでいるのがハルトにも伝わってきて、自然に頬がほころぶ。


「妾は主様のことを信じておったが、万が一ということもあるからの」

「『煉獄道』をクリアできなかったら死ぬって……本当なの?」

「……うむ。そうじゃ。心の動揺を招かぬために伝えるべきではないと判断したのだ。すまぬのじゃ」

「ううん。そうだよね。知ってたらきっとこんなに普通じゃいられなかったし。あ、そうだリオン!」

「な、なんじゃ急に。どうしたのじゃ」

「ボ、ボクって結局どれくらいの間眠ってたの? 一時間? 二時間? それとももっと長い時間?」

「……丸一日じゃ」

「……え?」

「主様が眠っておったのは、丸一日じゃ。今日はもうパレード前日じゃ」

「え、えぇえええええええっっ!?」


 ハルトの叫び声が、部屋の中に響き渡るのだった。


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