第87話 欠けた力

 次にハルトが目を覚ましたのはベットの上だった。


「う……」

「あ、ハル君! 大丈夫? 私が誰だかわかる?」

「ねぇ……さん?」

「そう! あぁよかった、このまま起きなかったらどうしようかと……」


 感極まってしまったリリアは思わずハルトの体を抱きしめてしまう。その瞬間、ハルトは泣いてしまいそうなほどの痛みに襲われる。


「いっ——」


 声にならない叫びをあげるハルト。しかしリリアはそれに気づかない。無言の悲鳴を上げるハルトのことを見かねたイルがリリアのことを止める。


「その辺にしとけって。ハルト痛がってるぞ」

「え? あ、ご、ごめんねハル君。私気付かなくて」

「い、いや大丈夫だよ姉さん。でも、なんでこんなに体痛いんだろ」

「そりゃあ筋肉痛じゃろうな」

「リオン!?」

「そうじゃが。何をそんなに驚いておる」

「いやその……いると思ってなかったっていうか……。それよりも筋肉痛って? こんなに痛いの初めてなんだけど」


 今までの人生で筋肉痛になったことなど何度もあるハルトだったが、ここまで痛いのは初めてだった。今のハルトは体を起こすのもしんどいほどなのだ。


「まぁ、【カサルティリオ】の力に慣れるうちに二つも力を使ったのじゃ。無理もなかろう。あと要因があるとすれば……」

「あるとすれば?」

「主様の鍛え方が足りんということじゃな」

「えぇ……」

「嫌ならもっと鍛えることじゃな。そうすれば慣れようぞ」

「…………」

「姉さん、どうかしたの?」


 ハルトのことを抱きしめていたリリアがリオンのことを見て怪訝そうな顔をする。


「ずっと気になってたんだけど……この子は誰?」

「今さらそれを聞くのか! 昨日からおったじゃろうに」

「昨日はハル君のことが心配でそれどころじゃなかったし。それで、あなた何なの? ハル君のこと主様とか、随分なれなれしいけど」

「ふふん、聞いて驚くがよい。妾こそは——」

「この子はリオンっていって、この子がボク達が探していた聖剣なんだ」

「うぉい、主様! なんで全部言ってしまうのじゃ!」

「え? ダメだった?」

「ダメというわけではないが……はぁ、しょうがないのう。主様の言う通りじゃ。妾の名はリオン。【カサルティリオ】の剣精霊じゃ。契約を結んだから主様と呼んでおるのじゃ」

「あなたが剣精霊……ねぇ」

「なんじゃその目は」

「随分と子供みたいな見た目なのね」

「こどっ——」


 リリアの嘘偽りない言葉に絶句するリオン。顔を真っ赤にして俯いたかと思えば、キッと眦を釣り上げてリリアに詰め寄る。


「今の言葉は取り消せ! 妾は、大人の、女性なのじゃ!」

「大人の女性って、どう見たって子供にしか見えないし」

「むぅ~、それを言うならばお主だって。女のくせに魂は——むぐっ」

「少し、黙りましょうか」


 リオンが何かよからぬことを言おうとしたことをいち早く察したリリアが音よりも早く動いてリオンの口を塞ぐ。リリアはそれはそれは綺麗な笑顔を浮かべてはいたが、その笑顔を向けられているリオンはとても生きている心地がしなかった。ぶるっと全身を震わせたリオンはリリアに口を塞がれたままの姿勢でブンブンと首を振る。


「ぷはっ、あ、主様よ。なんなのじゃこやつは!」


 憤るリオン。若干涙目になっていることには誰も触れない。優しさである。


「姉さん、あんまりリオンのこと怖がらせないでよ」

「べ、別に怖がってはおらんのじゃ! 妾に怖いものなどないのじゃ!」

「怖がらせるつもりはなかったけど……まぁ悪かったわ。ごめんなさい」

「ふん、わかればよいのじゃ。あと一つ言っておくがな、この姿は仮の姿なのじゃ」

「仮の姿?」

「今の妾は……【カサルティリオ】は力の大半を失っておるからの」

「大半をって、どういうことだよ」

「そのままの意味じゃ。【カサルティリオ】が持つ七つの力……そのうちの五つは今は失われておる。その証拠に、剣に不自然に空いておる穴があるじゃろう」


 リオンに言われて【カサルティリオ】を確認する三人。そこには確かにリオンの言う通り、剣の鍔の装飾部分に七つの穴があり、そのうちの五つは何も埋まっていなかった。残りの二つの穴には宝石のようなものがはめ込まれている。


「じゃあ七分の二の力しか今は出せてないってことか?」

「そういうことじゃ」

「なんでそんなことになってんだよ」

「それは……今はどうでもよいことじゃ。とにかく、残りの力を取り戻すことができれば妾はナイスバディの本当の体に戻れるのじゃ」

「ふーん、じゃあ今の状態じゃ限られた力しか使えない微妙な剣ってことか」

「び、微妙じゃと?」

「そんな情けない状態の剣にハル君を任せて大丈夫かしら」

「情けない!?」


 イルとリリアの容赦ない言葉に愕然とした表情を見せるリオン。それを見たハルトが慌ててフォローに入る。


「で、でも二つでもあれだけの力が出せるリオンはなんてすごいんだね」

「っ、そうじゃろうそうじゃろう! 妾はすごいのじゃ! わかってくれるのは主様だけなのじゃ!」

「いた、痛い、腕振らないでリオン痛いから!」


 ハルトに褒められたことが嬉しかったのか、途端に破顔しハルトの腕を握ってブンブンと振るリオン。しかし全身筋肉痛になっているハルトはそうして腕を振られることすらツラい。


「もう、さっきから何騒いでるの……って、ハルト君起きたの! 体は大丈夫? 痛い所はない?」

「タマナさん……すいません。心配かけちゃったみたいで」

「そんなの全然気にしなくていいよ。ハルト君が無事ならそれが一番なんだから。って、あそうだ。そうじゃなかった。伝えなきゃいけないことがあるの」

「何かあったの?」

「……あのね、今外に帝国の騎士の人が……ウェルズさん達が来てるの」


 タマナは硬い表情でリリア達にそう告げた。

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