第60話 vsロックゴーレム

 ロックゴーレム。それは複数の種類がいるゴーレム種の中で最も個体数の多い種族である。しかし、それだけに最もヒトに被害を出しているゴーレムでもある。特筆すべきはその破壊力。一撃で岩を粉砕し、地を割くその腕はヒトに触れれば怪我などではすまない。そしてもう一つはその堅牢な体。アイアンゴーレムほどではないものの、ほとんどの攻撃を無力化するその体は、生半可な攻撃では砕けない。たった一体のロックゴーレムに騎士の集団が壊滅させられたという事件もあったほどだ。

 そして、そんな存在が今ハルト達の目の前に現実の脅威として現れていた。


「ロック……ゴーレム」


 呟く喉が引きつるのをイルは感じた。目の前にそびえ立つの巨躯はハルト達をまるごと押しつぶさんとするほどに大きく、その威圧感は先ほど出会ったゴブリン達など比ではなかった。


『シンニュウシャ……シンニュウシャ、ハッケン。ハイジョ……ハイジョコウドウ、カイシ』


 ロックゴーレムの存在感に呑まれ立ち尽くすハルト達に向かって、ロックゴーレムが機械的な音声で呟く。そして、ロックゴーレムの目に当たる部分が鈍く光りゴゴゴゴゴ、という音と共に腕を振りあげる。


「排除って、いきなりかよ! ハルト!」

「二人は下がって!」


 まずは一番近い位置にいたハルトを狙ったのか、ハルトに向かって腕を振りおろすロックゴーレム。ハルトはその一撃を横に飛び退くことで回避する。そして、先ほどまで自分がいた位置を見てゾッと顔を青くする。数瞬前までハルトのいた位置の地面は木っ端に砕け、大きなクレーターが出来上がっていた。もし当たっていれば、いや、かすっていただけでも無事ではすまなかったであろう。


『ハイジョ……ハイジョ』

「くそっ」


 再び腕を振り上げたロックゴーレムはこんどはハルトではなくイル達の方に向かってゆっくりと近づき始める。それを見たハルトは自分に注意を向けるべく、木剣を握りロックゴーレムに向かって突進する。


「『地砕流』!!」


 ゴブリン達に向かって放ったものと同じ一撃。それを今度は地面ではなく、ロックゴーレムの足に向けてだ。動きの遅いロックゴーレムに当てることはそう難しくはない。ハルトの放った一撃は寸分の狂い無くロックゴーレムに当たる。しかし、技を当てた瞬間ハルトはそのあまりの硬さに驚く。ロックゴーレムはわずかに体勢を崩しただけだったが、逆に技を当てたハルトの方は反動で腕が痺れてしまっていた。


「二人ともそこから離れて!」


 わずかにできた隙にイル達に逃げるように言うハルト。しかし、いくら今いる空間が広いといっても密閉された空間。場所は限られてしまう。

 早く倒さなければと思うハルトだが、その方法が無いということはハルトが一番よくわかっていた。ハルトの持つ技の中で最大の破壊力を持つ技が『地砕流』なのだ。しかしロックゴーレムはハルトの『地砕流』を受けてもそれほど堪えた風ではない。むしろハルトの方がダメージが大きかった。後何度打ち込めば倒れるのかすらわからない。そして、あの硬さでは斬ることもかなわない。考えれば考えるほどに絶望的な状況にハルトは思わず笑ってしまいそうになる。


(せめて《勇者》としてのスキルがあれば……いや、ダメだ。無いものねだりは良くない。今ある力で対処法を考えないと)


 それでもハルトは諦めてはいなかった。この場にはハルトだけでなくイルもシアもいるのだから。それに何よりも、こんな所で終わることを認めるわけにはいかなかったのだ。


『ハイジョ……』


 ロックゴーレムはハルトに狙うを定め、再び攻撃を繰り出す。


(動きはそれほど速いわけじゃない!)


 ロックゴーレムから繰り出される攻撃は破壊力こそあるものの、一撃一撃の速さというのはそれほどではないため、避けることは難しくない。そこをハルトは狙うことにした。

 振り切られた腕を蹴ってハルトはロックゴーレムの顔に近づく。


「はぁっ!」


 そこから繰り出すのは渾身の蹴りだ。しかしやはりと言うべきか、ロックゴーレムに効いた様子はない。


「ダメか。って、うわっ!?」


 近づいてきた鬱陶しい羽虫を払うかのような仕草で腕を振るうロックゴーレム。かろうじて避けるハルトだったが、その際に姿勢を崩してしまう。


『ハイジョ』


 しかし、姿勢を崩してしまっているハルトはその攻撃に反応ができなかった。大地をも砕く無慈悲な一撃が、ハルトの眼前に迫った。






□■□■□■□■□■□■□■□■□


 ハルトがロックゴーレムと戦っていたちょうどその頃、リリアもまたローワと激しい戦いを繰り広げていた。


「さぁ君の命を奪わせてもらうよ!」

「私の命はそう安くはないですよ」


 森の中ということもあって、リリアはそれほど剣を振りやすいというわけではない。ナイフを使っているローワの方が動きやすさという点ではずっと上だろう。しかしリリアは持っている剣を巧に操りローワの攻撃を防ぎ続ける。


「そうは言うけれど防戦一方じゃないか。この森にその剣を持ってきたのは失敗だったね」

「そうですね。私もそう思います。でも、問題はないんです」

「? どういうことかな?」

「こういうことですよ!」


 言うやいなやリリアはローワに向かって剣を振るう。ローワは木の間に入りその一撃を避けようとするが、リリアは構わずに剣を振り切る。


「っ!?」


 とっさにまずいと思ったローワはその場に伏せる。そして、その頭上をリリアの剣が通り過ぎる。それから一瞬遅れて、ローワが盾にしていた木が崩れ落ちる。


「正気かね……君は」

「もちろんですが」


 リリアのしたことにローワは思わず冷や汗を流す。木ごとローワのことを狙う。言ってしまえば単純だが、それは簡単なことではない。普通の剣では木を切ることなどできるわけがない。そして、魔力を剣に纏わせるだけでもまだ足りない。さらに精緻に、刃の部分にだけ魔力を集中させ切れ味を向上させて初めて成功するだろう。少しでも魔力操作が狂えば剣を振るう手を怪我するか、剣が折れるかだ。

 それを実戦で、しかも命のやり取りをしているというこの土壇場でやってのけるリリアの胆力にローワは舌を巻いた。


「なるほど……昨日も思ったが、言うだけの実力はあるということだ。ククク……面白い、それでこそ殺しがいがあるというものだ!」


 ローワにはリリアほどの技術はない。しかし、ナイフに魔力を纏わせることはできる。それだけでもヒトを殺すには十分な殺傷能力を付与することはできる。そしてローワが魔力をナイフに纏わせることでできることはこれだけではなかった。


「さぁくらいたまえ!」

「そんな攻撃……っ!?」


 無造作に振られたローワのナイフを避けようとするリリア。しかしその直前でリリアの脳が警鐘を鳴らし、リリアは思い切り飛び退く。それでもわずかに遅かったのか、僅かに腕から血がにじむ。


(完全に避けたはず……それなのにどうして)


「なぜ怪我をしたのかわからない、という顔だねぇ。いい顔だ。もっとも、避けられたのは初めてだよ。さすがと言っておこうかな」

「褒められても嬉しくないのは初めてですね」

「それは残念だ。心からの言葉だというのに」


 軽口をたたきつつも、リリアはローワから視線を外さない。動かないリリアに対して、ローワは再び正面から突っ込んでくる。

 見極めようと目を凝らすリリア。ローワが振るったナイフをギリギリで避けようとして、今度は反対の腕を切られる。


「っ!?」

「おや惜しい。もらったと思ったんだがね。僅かに身を引いたからかな」


 避けたはずだった。しかし、現実としてリリアの腕は切られた。ローワが奇妙な技を使っているのだということはわかったがそのからくりがわからない。そのことがリリアに踏み込ませることを躊躇わせる。それを見たローワはニヤリと笑う。


「怖いのかな。不用意に踏み込めば今度は切られるかもしれない。たしかに怖いねぇ。いい表情だぁ。実に……殺したくなる」

「奇遇ですね。私もです。あなたの調子に乗った顔を見ていると……切り裂きたくなります」

「ならばやってみるといい、できるならね!」


 近づいて来るローワの持つナイフの軌跡をリリア見る。さきほどまでよりも大きめに回避行動をとり、ローワとの距離を保つ。今度は切られることはなかった。


(どこまでも届くというわけじゃない……か。でもこの距離じゃ私の攻撃も当てれない。どのみち、近づくしかないわけか)


 先ほどローワに見せた木を切り裂くあの技。名づけるならば『裂木衝』。あの技要求されるのは精緻な魔力操作。回避に気を取られ過ぎれば失敗しかねない。


(それでもやるしかない。勝つために。斬られる前に……斬る!)


 覚悟を決めたリリアはローワに向かって駆け出した。

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