第54話 ハルトの試練
ハルト達が東の森へと向かっていた頃。リリアとタマナはローワの家の倉庫の整理を手伝っていた。
「すまないね。こんな時に私の手伝いをしてもらってしまって」
「いえ、今は犯人捜しも手詰まりでしたし。ローワさんには色々とお世話になっていますから」
「それにしてもすごい量の本ですねー。まさかローワさんの家に地下があったなんて思いませんでしたよ」
リリアとタマナがしていたのはローワの家の地下にある本の整理だ。倉庫には他にも様々なものが置いてあったが、一番多いのは本だ。王都では大量に流通している本だが、辺鄙な田舎であればまだ文字すら読めない人もいるくらいなのだ。
「はは、本の収集は私の数少ない趣味の一つでね」
「良いことだと思いますよ。私はあんまり本を読んだりすることもないですから」
「そうなのかい? 意外だね」
「勉強は嫌いじゃないですから。そういう時には読みますけど。でも、娯楽の本とかはあんまり読んだことがなくて。タマナさんはどうですか?」
「私ですかー? 私は逆に娯楽の本しか読んだことないですね。今王都で流行してる本があるんですよ『悪逆令嬢叛逆物語』シリーズです。知りませんか?」
「なんですかそれ」
「王族暗殺の濡れ衣を着せられた令嬢が知略と人脈を生かして国家転覆を狙う犯罪組織と戦ってやがて女王へと成りあがる。そんなお話です」
「結末わかってるなら読む意味ないんじゃ……」
「違います! 過程が大事なんです過程が! 迫りくる危機。紡がれる友情。本はそれを楽しむんじゃないですか!」
「は、はぁ……ごめんなさい」
物凄い剣幕でタマナに詰め寄られリリアは思わず謝ってしまう。リリアにもタマナの言うことはわかるが、それでも結果だけを重視してしまうのはリリアの中に在る男としての記憶が原因だろうか。
「ははは! そうだね。タマナ君の言う通りだ。本はその物語の過程を楽しんでこそというものだ」
「そうですよね!」
「私もそれはわかりますけど……」
「本は良いものだよ。心を豊かにしてくれる。私も王都で仕事をしていた頃はよく買ったものさ。今では商人達に頼んで持ってきてもらうのがやっとだけどね。そんな余裕も今はないけどね」
「……そうですね」
「早くのんびりと本が読めるような平和な村に戻したいものだよ」
「頑張りましょう、ローワさん! 私とリリアさんも微力ながらお手伝いさせていただきますので」
「あぁ、頼りにしているよ」
「ローワ様、少しよろしいですか?」
リリア達が話していると、一階からアンジーが顔を出す。
「ん、どうかしたのかいアンジー」
「少しお手伝いしていただきたいことがあるのですが。少し重い物を運びたくて」
「うん……困ったね。どうしようか」
「私が行きます。ローワさんとタマナさんはここで作業を続けていてください」
「そうかい? すまないね」
「いえ。それじゃあ行ってきます」
「はい。ここで待ってますね」
リリアが倉庫を出て行く直前、アンジーがチラリとローワに視線を送ったことに、リリアは気付くことができなかった。
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「なんか……昨日までと雰囲気変わってないか?」
「そう……だね」
「そうかな?」
東の森の中を歩くハルトとイルは昨日歩いた時との雰囲気の違いを感じていた。まるでどこからか見られているような、見定められているような、そんな雰囲気をハルトとイルは感じ取っていた。シアにはわからなかったようだが。
その時だった。ガサガサとハルト達の近くの茂みが揺れる。
「っ!?」
「二人とも下がって!」
念のためにの持ってきていた木剣を構えてイルとシアの前に出る。ゴソゴソと揺れる茂みを注意深く見つめる。
しかし、ハルト達の警戒をよそに茂みから飛び出してきたのは一匹の小さな兎だった。
「なんだ……兎か」
「あは、可愛いね」
ハルトとシアが気を抜いたその瞬間、茂みから飛び出してくるもう一匹の陰。
「ハルトっ!」
「あっ!」
イルが警戒の声を飛ばした時にはすでに遅く、その影はシアに迫っていた。
「ちっ、このバカ!」
いち早く反応していたイルがシアの前に躍り出てその影を蹴り飛ばす。
「ゲギャギャギャ!」
「ゴブリン!」
「そんな、どうして魔物がこの森に」
「そんなことどうでもいい! それより囲まれてるぞ!」
「くっ」
最初に出てきた一匹を皮切りに、続々と現れるゴブリンの群れ。気付けばハルト達は十匹を超えるゴブリンに囲まれていた。
「くそ、視線の正体はこいつらか」
「ハルト君……」
不安げに揺れる眼差しでハルトのことを見つめるシア。はっきり言ってしまうならば、ハルトの心も不安に襲われていた。この場にはリリアはいない。いつもハルトを守ってくれた人はいないのだ。以前ゴブリンと戦った時には近くにリリアがいた。だからこそハルトも戦うことができたのだ。
(怖い……でも、そんなこと言っていられない。この場で戦えるのはボクだけなんだから。覚悟を……覚悟を決めろ、ボク!)
「ふぅ……さぁ来い!」
震えそうになる手を気合で押しとどめて、ハルトは気合と共に叫んだ。
そしてそれを遠くから見つめる人物が一人。
『さぁ、見せてもらうぞ。お主の力量をな』
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