第21話 リリアvs騎士 後編

 バダとの勝負を終えたリリアは、そのままの調子でレックスとアレクの二人にも勝利した。これでリリアの三勝。つまりリリアがハルトの旅について行くための条件は満たしたことになる。

 あっという間に三勝してしまったリリアに対して、アウラやイル、騎士達は愕然とするしかなかった。ただの《村人》だと思っていた女に圧倒的に負けたのだ。無理もないだろう。


「お前の姉貴化け物かよ」

「さすがに驚くしかないですね」


 バダはともかく、レックスとアレクの二人はバダとの戦いを見て油断せずに戦ったはずなのだ。それでもリリアには勝てなかった。リリアの実力が本物であるということが証明されたのだ。


「これで私の三勝なわけだけど……まだ続けますか? 私はどっちでもいいですよ。まだ全然疲れてませんから」

「そうだな……では、ワシの相手になってもらおうか」

「隊長!」

「下がれクライム。お前では荷が重いだろう」

「それは……」


 リリアの前に出てきたのは隊長であるザガンであった。彼は三人の騎士との戦いを見て、その実力を見極めていた。そして戦えるのは自分だけであるという結論を出したのだ。


「リリア……だったか。お主がハルト君の旅について行くことについてはワシは何も言わん。それだけの実力があれば問題もないだろう」

「それなのに戦うんですか?」

「ワシはなぁ……今はアウラ様を守る部隊の隊長という立場におるが……戦うのが好きなのだ」


 そう言ってザガンはニヤリと笑う。

 ただ強者との闘争を求める一人の戦士の姿がそこにはあった。


「そうですか……いいですよ。私でよければお相手します」

「すまんな」


 そう言って二人は木剣を構える。その瞬間、ザガンから放たれる圧倒的重圧。並大抵であればそれだけで意識を失ってしまいそうなほどだ。しかし、それを向けられているリリアに動揺はない。


「やはりこの程度では動じぬか」

「えぇ。姉道その五、姉たるものいつ何時も平静であれ、ですから」

「ほほ、姉道か。面白いことを言う……では遠慮せずに行くぞ!」

「それでは……はじめっ!」


 ミッドの合図と共に真っすぐ斬りかかって来るザガン。バダと同じように【瞬足】を使い、リリアとの距離を一気に詰める。バダと違う所があるとするならば、しっかりと木剣にも魔力を纏わせているということだろう。つまり、バダにしたことと同じことはできない。上段から振り下ろされる木剣を受け止めようとしたリリア。しかしその直前に嫌な気配を感じてその場から飛び退く。その直後、下段からの斬り上げがリリアのことを襲うが、リリアが飛び退いていたために当たらない。もし飛び退くことなくその場にいたら直撃していただろう。


「ほう、今のを避けるか。自信のある一撃だったのだがなぁ」

「また謙遜を……わざとわかりやすくしましたね」

「さて……どうかな」


 素知らぬ顔で木剣を構え直すザガン。今の一撃はリリアに対する警告だったのであろう。

 リリアは少しだけ油断していた自分のことを恥じながら、攻撃に備える。


(ちょっと気を抜き過ぎた……あの人は強い。でも、ハル君の前で負ける姿を見せるわけにはいかないのよ)


 今度は油断なく木剣を構えるリリア。先ほどのザガンの攻撃を見極めるためにザガンから目を離さない。


「どうした? 来ないのか? ならば……もう一度私からゆくぞ!」


 再び【瞬足】を使い距離を詰めてくるザガン。木剣が上段から振り下ろされるとこまでさっきと同じ。


(っ、違う!)


 とっさにリリアは木剣で自分の左側を防御する。その直後、上段からではなく薙ぎ払うように振られた木剣がリリアの木剣にぶつかる。


「む、これを防ぐか。今度は行けるかと思ったのだがな。だが……ふんっ!」


 とっさの防御であったため、上手く力が入っていないことを見抜かれてしまうリリア。そのまま押し切られそうになってしまう……が、その前に蹴りを放ってザガンから距離を取る。


「ほほう、足技も使うか。しかしぬるいぞ!」


 上かと思えば下、下かと思えば右。見えているはずのザガンの斬撃が思いもよらぬ場所から襲い掛かってくる。それでもリリアは全ての斬撃を直感で避け、防ぎ、致命となる一撃はくらわない。


(なにかおかしい……違和感がある。でも何が?)


「どうした! 守ってばかりでは勝てぬぞ!」


 その思考が隙となる。ザガンが【瞬足】でリリアの後ろへと回り込み木剣を振るう。


「くっ!」

「姉さん!」


 ザガンの強烈な一撃に吹き飛ばされたリリアを見て、ハルトが思わず声を上げる。心配そうな眼差しで。

 それを見た時、リリアの中で何かが弾けた。


(ハル君が私のことを心配してる……私が不甲斐ないから。そんなの……許せるわけない! しっかりしろ私! 私はハル君の……お姉ちゃんなの!)


 その瞬間、リリアの全身に力が満ちる。


「む、これは……」


 リリアの全身から放たれる未知の気配にザガンが攻めるのをやめて距離を取る。


「……【姉眼】」


 リリアが呟くと、それまでと視界が変化する。魔力の流れ、相手がどこに魔力を集中させているのかということがわかるようになる。そしてそれだけではない。ザガンの頭の上にある表記が追加されていた。そこには『兄』とだけ書かれていた。


(できればこれは使いたくなかったけど……背に腹は代えられない)


 これこそがリリアの持つ《姉 (仮)》のスキルの一つ【姉眼】。魔力などの動きを見れるようになり、そして相手の兄妹関係がわかるようになる。ザガンの上に『兄』と表記されるということは、ザガンには弟か妹がいるということだ。


(まだ微調整はできないけど……一気に終わらせる!)


そしてこれだけではない。この『職業』を手に入れた時にリリアが手に入れたもう一つの力それこそが——『姉力』。魔力とは異なるリリアの中に宿る力だ。


「ふっ!」


 初めてザガンに対して反撃に出るリリア。それを予期していたザガンは迎え撃つ姿勢に入る。しかし今のリリアには全て見えている。ザガンの使う奇妙な技の正体も。


(なるほど……魔力と斬撃の気配に釣られてたのね)


 ネタが割れてしまえば単純。上段から斬撃を放つという意志を零音にぶつけ、そして本命の斬撃は放射状に放った魔力で覆い隠し、見えなくする。

 まともに見ていれば気付いたであろうが、ザガンほどの速さで斬りかかられては見てからの反応などできるはずがない。だからこそリリアは今まで相手の攻撃の意志を読んで防御していたのだ。

 そうして出来上がるのが幻影の斬撃。初見殺しにはもってこいの技だろう。

 そして今もまたザガンは同じ技を使い、リリアに必殺のカウンターをいれようとしている。

 だが、


「もうそれは通じません」

「なにっ!」


 今までのような咄嗟の反応ではない。完璧にザガンの反撃を防ぎ、がら空きになった胴体へと蹴りを叩き込むリリア。姉力によって強化された脚力でザガンの体が吹き飛ぶ。しかし、それでもザガンは倒れない。


「ぐぅっ! しかしまだ——」

「いいえ、終わりです」


 ザガンが動こうとした瞬間、すでにリリアはザガンの前にいた。そして木剣を突きつける。


「ワシの負け……か。降参だ」


 がっくりと肩を落として呟くザガン。


「勝者、リリアさん!」


 ザガンの降参宣言を聞いたミッドが高らかに叫ぶ。

 勝利を収めたことにホッと胸を撫でおろすリリア。しかし、そんなリリアのことをアウラがジッと見つめていたことには気づかなかった。

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