第20話 リリアvs騎士 中編

 家の外に出て対決の準備を進める騎士達。リリアも動きやすい服へと着替え、戦う準備をしていた。

 そのルールは至極単純で、相手に負けを認めさせるか、相手の木剣を落とせば勝利となる。リリアと戦う騎士たちは全員で五人。それぞれ名前がザガン、クライム、バダ、レックス、アレクだ。そのうち三勝でもできればリリアの勝利となる。明らかに連戦になるリリアに不利な条件ではあるが、これはリリアから提案したことであった。


「準備はいいか」

「えぇ、私はいつでも大丈夫よ」


 相手の騎士に確認されたリリアは気軽に返事をする。そこにこれから戦うことへの緊張感など微塵もなかった。


「いい、ハル君。ちょうどいいから実戦で魔力を使うとどうなるのか教えてあげる。ちゃんと見ててね」

「え、あ、うん。わかった」


 それどころかこの騎士達との戦いすらハルトの勉強のために利用しようとリリアは思っていたのだ。


「それじゃ騎士さん、ハル君のためにも相手、しっかりお願いしますね。あっさり終わるとハル君の勉強になりませんから」

「なんだと貴様っ!」


 挑発するような言葉に明らかな苛立ちの表情を見せたのはやって来た騎士達の中でも比較的若い者達だった。しかしそれ以外の騎士たちはリリアがわざと怒らせようとしていることに気付いていた。すでに戦いは始まっているのだ。

 騎士達の中の一人、今回の部隊の隊長であるザガンは特にリリアの纏う雰囲気からただの《村人》だとは侮らず、その実力を冷静に見極めようとしていた。


「それで最初の相手は誰ですか」

「オレが行こう」


 リリアの挑発に腹を立てていた内に一人、一番体の大きいバダであった。女性としては身長の高い方であるリリアだが、それでも見上げなければいけないほどの体格だ。


「バダさん……でしたか。よろしくお願いします」

「あぁ。しかし実力を知らないとは悲しいな。ただの《村人》が……それも女が、《騎士》であるオレに勝てる道理などあるわけがないというのに。弟の為に張り切っているんだろうが、恥をかくだけだったな」

「おしゃべりはそれぐらいにして始めましょう」

「そうだな。といっても時間はかからない。一撃で終わらせてやる」

「はい。それじゃあ両者準備はいいですね。魔法の使用は禁止。使っていいのは与えられた木剣と、魔力による強化だけ。相手を降参させるか、相手の木剣を落とした方が勝ちです。いいですね」

「はい」

「あぁ」


 不正の内容に審判するのはミッドだ。


「よし、それでは……はじめっ!」


 両者の準備が終わっていることを確認したミッドが合図を出し、試合が勝負が始まる。

 その合図と同時に動き出したのはバダであった。

 その巨躯に似合わぬ俊敏さでリリアとの距離を詰めて木剣を振りかぶる。


(ふん、反応もできないか。所詮は《村人》。貴様らは大人しく暮らしていればよいのだ)


 バダが使ったのは《騎士》が会得できるスキルである【瞬足】。文字通り足の速さを一時的に上昇させるスキルだ。そして腕に魔力による身体強化を掛け、自慢の力で一気に相手を押し切る。これがバダの得意とする戦術だった。複雑なものは何もないシンプルな戦術。しかしだからこそ下手な小細工など突破できるだけの力があった。


「ぬんっ!」


 振りかぶった木剣をリリアの頭……ではなく、木剣に向けて振り降ろすバダ。この一撃で木剣を叩き落として終わらせるつもりだったのだ。しかし、


「ん?」


 振り切ったはずの木剣に手応えを感じることができずに首を傾げるバダ。不思議に思って自らの木剣の先を見ると、なぜか刀身が消えている。


「なっ、どういうことだ!」

「一瞬で決着をつけようとするのは悪くないですけど、それじゃあダメですね」


 そして気付けば、バダの眼前にリリアが木剣を突きつけている。バダがわずかでも動けばすぐにでも刺せる距離だ。


「貴様……何をした」

「何をって……切っただけですよ。あなたの木剣を」

「バカな! 木剣で木剣を切れるはずがない!」

「そこまで教える義理はありません。それで……どうしますか?」

「ぐっ……降参だ」


 木剣を切られ、眼前に木剣を突きつけられている以上、バダに出来ることは何もない。詰みの状況であった。悔しそうにしながらもバダは負けを認める。


「勝者、リリアさん!」

「ありがとうございました。でもこれじゃあハル君の勉強にはならないかな」


 お礼を言いつつも、残念そうに呟くリリア。

 一戦目はあっという間に終わってしまった。しかし、それを見ていたアウラの表情は驚きに満ちていた。


「リリアさんはもしかして……木剣に魔力を纏わせたのですか」

「たぶんそうだと思いますけど……それがどうかしたんですか?」

「どうかしたのかって、お前何も知らねぇんだな」


 隣にいたハルトが不思議に思って尋ねると、イルに呆れた表情を向けられてしまう。


「え、え?」

「あのなぁ。魔力を自分以外の物に付与するのは難しいんだよ。それこそ何年も練習してやっとできるようになるってレベルだ。特に木剣なんていう魔力の伝わりにくいもんに付与できるなんて普通じゃねぇぞ」

「でも姉さんは魔物は魔力で身体強化してるからあれができて初めて魔物と戦えるって」

「はぁ? んなわけねぇだろ。あれができなきゃ戦えねぇなら魔物と戦える奴なんてほとんどいねぇよ。確かに魔物は魔力で体を硬化させてるがな。だから普通は《魔法使い》と《騎士》が組んで戦うんだよ。魔法で弱らせてから倒す。もしくは強力な魔法の準備をしている間騎士が守る。これが定石だ。それぐらい知っとけバカ」

「あはは……ごめん。そういう勉強ってしたことなくて。教えてくれてありがとう」

「……ふん」


 プイとそっぽを向いてハルトから顔を逸らしてしまうイル。その顔は少しだけ赤くなっていた。

 イルのおかげでリリアのしていたことがすごいことなのだということを理解したハルト。そしてそれを戦い方を学び始めたばかりのハルトに教えようとするあたり、リリアには若干スパルタの気質があるのかもしれないとハルトは思った。


「とにかく、当たり前のように木剣に魔力を纏わせることができるあなたのお姉さんはとんでもない実力者であるということですよ」


 驚嘆を滲ませながらアウラは呟く。

 気付いたのは他の騎士も同様で、それまでの侮るような雰囲気はなくなっていた。


「さぁ、次の相手は誰ですか?」


 好戦的な笑みを浮かべてリリアは言った。

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