第17話 一週間後、旅立ちの朝
一週間後、アウラがハルトの答えを聞きにやって来ると伝えていた日。ハルトは朝早くから起きてリリアと剣の稽古をしていた。
町の中をランニングした後に休む暇を与えずに剣の稽古へと移行していたため、ハルトは疲労でクラクラとしていた。
「ほらハル君、剣先ぶれてるよ。ちゃんと構え直して」
「う、うん」
「よしよし、そのままね。それじゃあまず昨日教えた通りにこの人形に斬りかかってみようか。上段からね」
「ふぅ……せいっ!」
それからしばらくの間、リリアの指示に従って技を放ち続けるハルト。しかし走った疲れのせいか、次第に動きが乱れ始める。
ハルトの疲労がピークに達しているのを確認したリリアは、稽古を次の段階に進める。
「疲れてる?」
「え、うん。そりゃもちろん疲れてるけど……」
「じゃあちょうどいいかな。魔力、使ってみよっか」
魔力。それはこの世界に生きる全ての生物に備わっているものである。持っている魔力の総量は生物によって違うものの、ヒトは比較的多い方の部類だった。
魔力は様々な形で使われているが、一番多いのは身体強化だろう。これはほとんどのヒトが無意識に使っていることもある。それについで多いのが【生活魔法】を使う時だ。火をおこしたり、風を起こしたりすることに使われている。
魔物と戦うことさえなければ大体のヒトがこれだけで生きていける。しかし、ハルトはこれから魔物と戦わなければいけない。そうなってきた時に必要となってくるのが新しい魔力の使い方だ。
「まず意識を集中して」
「………」
「自分の中にある魔力を感じられる?」
「……うんなんとなく」
「上出来上出来♪ それじゃあそれを移動させてみて。少しずつでいいから」
数日前まではハルトは魔力の存在すら感じることすらできなかったのだ。僅かでも感じることができるようになっただけでも大きな進歩だろう。
「ゆっくりと、確実にね。それを木剣に移動させて」
少しずつ感じている魔力を移動させるハルト。しかし、それが木剣に到達しようとしたその時、ハルトの集中力が切れて感じていた魔力が散ってしまう。
「あっ」
「うーん。まだできないか。でも惜しかったんじゃない? あと少しだよ」
「うん……」
「もう、落ち込まないの。ハル君ならすぐにできるようになる! お姉ちゃんが保証してあげる」
「はは、ありがと」
「でもそうだな。昨日も見せたけど、もう一度見本を見せるね」
そう言ってリリアはハルトから木剣を受け取る。
「まず自分の中にある魔力を感じる。それを少しずつ、必要な分だけ移動させるイメージ。それができたら、今度はそれを木剣に纏わせる。こればっかりは本人の感覚だから教えづらいけど……それができたら、この木剣でもほらこの通り」
魔力を纏わせた木剣を軽く人形に向けて振るリリア。それだけで人形がバターのように斬れる。
「うわ……」
「これができるようになって初めて魔物と戦えるかな。魔物は魔力で体を硬化させてるから、簡単には斬れないし」
「そっか……頑張らないと」
「ふふ、気負わなくていいよハル君。自分のペースで身に着けていけばいいんだから。それまではちゃんと私がハル君のことを守ってあげる」
「二人とも、稽古はそれぐらいにしなさい。朝ごはんの用意できたわよ」
玄関から顔を出したマリナが二人のことを呼ぶ。それが稽古終了の合図だ。
「ん、それじゃあ今日はここまでかな。お昼頃になったら神殿の人たちも来るだろうし。それまでに準備すませておこうね」
「うん、わかった」
そして、朝ごはんを済ませてから旅立ちの準備を始める。といっても、持っていくものなどほとんどないのだが。
シーラやユナ達にはすでに挨拶はすませていた。《魔王》の討伐に向かうと言った時、ユナやフブキは寂しそうな顔をしたが、それでも頑張れと背中をしてくれた。
フブキも魔法の学校へと向かうことが決定しており、数日後には王都へと行くことになっていた。
今までずっと一緒だった幼なじみ達がそれぞれの道へと進むことにハルトは一抹の寂しさを感じながらも、これが永遠の別れではないと自分に言い聞かせていた。
そしてお昼になり王都からアウラ達がやってきた。
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「ここがハルト君の住んでいる町ですか。良い雰囲気の場所ですね」
転移門をくぐり抜けた先に広がっていた町の光景にアウラは眺める。活気があり、住人の笑顔が溢れている。非常に良い所だとアウラは感じた。
「アウラ様。勝手に先に行かれては困ります」
アウラを守るためについて来ている騎士の一人が、さっさと転移門をくぐってしまったアウラのことを慌てて追いかけてくる。
「あら、ごめんなさい。少しはしゃいでしまったわ」
「確かに治安が悪いということはなさそうですが。《聖女》であるあなたは誰から狙われるかわからないんですから。気を付けてください。まったくこんな時に限ってエクレアさんもいなんだから」
「しょうがないわ。彼女は今SSクラスの魔物の討伐に向かっているんだもの。きっと帰れるのはもう少し先ね」
「心配じゃないんですか?」
「もちろん心配はしてるけど……彼女が負ける姿を想像できる?」
「……できませんね」
「でしょう。さ、早くハルト君の家に向かいましょう。彼女はちゃんと来てるの?」
「えぇ、まぁ一応。ですがやっぱりというか、暴れてまして」
アウラと騎士が話していると、転移門の方がにわかに騒がしくなる。
「おい離せ! てめぇらふざけんじゃねーぞ! オレを誰だと思って——」
「イル」
アウラが騒ぎの方へ行くと、まさに件の少女が騒いで騎士達を困らせていた。町の住人も何事かと遠巻きに見ている。
アウラが近づき、少女——イルに声を掛けると、暴れていた少女がピタリと止まる。
「あまり騒ぐようなら……こちらにも考えがありますよ」
「ひっ……わ、わかったよ。着いて行きゃいいんだろ」
「その言葉遣いも直さなければいけませんね。まぁそれはおいおいの課題ですか。さ、行きますよ」
アウラが歩き始めると、今度は何も言わずについて来るイル。不満そうな態度は変わらないが。それでも彼女を連れて来なければいけない理由がアウラにはあった。
「ちゃんとしてくださいね。あなたも私と同じ……《聖女》なんですから」
これからのことに一抹の不安を抱えながら、アウラ達はハルトの家へと向かった。
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