第16話 リリアの問い、ハルトの答え
「言えない……言えるわけないよぉおおお!」
リリアは己の『神宣』での出来事を思い出して悶えていた。二年経った今であっても『神宣』の時のことを思い出したら情けなくなる。
「なんなのさ、《姉 (仮)》って。私は姉じゃないっていうの。どうなんですかカミナ様!」
夜なので小声で叫ぶという器用なことをしながらここにはいないカミナに苛立ちをぶつけるリリア。
「……はぁ、あれから『職業』が変化することもないし。変わったことといえば、この『職業』のことがちょっと理解できたくらいだし」
『職業』というのは時に変化することがある。例えば《魔法使い》であるならば《大魔法使い》そして《賢者》へと上がっていくことがあるのだ。リリアもそれを知っていたので、いつか仮が取れるのではないかとたびたび王都に出向いて確認していたのだが、一向に成果は現れていない。
「ハル君にこんな情けない『職業』のこと話せないし。《姉》だったら全力で自慢するんだけどなー」
ハルトにとって自慢の姉でいたいリリアにとってはトップレベルに隠したいことの一つだ。《村人》であることも内心どうなのだろうかと思っているのが、まだマシだとリリアは思っている。
「でも、ハル君が《魔王》討伐の旅に出るなら隠すのも難しいかも……なんとかするしかないか。でも一応もう一度ハル君に確認しとこうかな」
《魔王》討伐の旅に出るというのが本気なのかどうか。もし生半可な気持ちであるなら姉として多少強引でも止めなければいけないとリリアは考えていた。
部屋を出たリリアはハルトの部屋へと向かう。ドアをノックすると、中から小さく返事をする声が聞こえた。
「はい」
「ハル君、私だけど」
「姉さん? 入っていいよ」
ハルトから許可を得たリリアがハルトの部屋へと入る。寝る前だったのか、寝間着に着替えているハルトを見てクラっとするリリア。
(ハル君の寝間着姿! 可愛い過ぎる! こういう時ばかりはスマホがないのが悔しい。写真とるのは時間かかるし)
「姉さん?」
「……あ、ごめんね。もしかして寝ようとしてた?」
「ううん。大丈夫だよ。もう少し本読むつもりだったし。それで何か用なの?」
「うん。その……ハル君の《職業》に関する話なんだけど」
それを聞いて、食後のことを思い出したハルト。リリアは家族の中でただ一人反対していた立場だ。考え直すように言われるかもしれないと気を引き締める。
「《魔王》の討伐に行くかどうかの話?」
「うん。ハル君は行きたいって言ってたけど……それはどうして」
リリアの真剣な表情を見て、ハルトは認めてもらうならばこれが最後のチャンスなのだということを理解する。今この場でリリアを納得させるだけの答えを出さなければいけないのだと。
「ハル君が《勇者》に選ばれたってことは確かに《魔王》が新しく生まれたんだろうね。でも《勇者》はハル君一人じゃない。その気になれば他国から呼ぶことだってできるし、この国にはもう
「ボクは……それでもボクはボク自身が《勇者》として戦うべきだと思ってる」
「魔物と戦ったことのないハル君が《魔王》と戦うことなんてできるの? 悪いけど私は無理だと思うよ。ハル君じゃオークにだって勝てるかわからない」
冷たい目でハルトのことを見据えるリリア。今までリリアにそんな目で見られたことのないハルトはそれだけで少し怯んでしまう。
(あぁあああああ! ハル君ごめんねぇええ! ホントはこんなこと言いたくないけど、今この瞬間だけは私、心を鬼にするから。後で全力で謝るから!)
と、冷たく見せている表とは異なり、心の中ではハルトに土下座せんばかりの勢いで謝っていた。
「確かにボクは魔物と戦ったことはないよ。怖いとも思ってる。姉さんみたいに頭が良くて強いわけでもない。でも、ボクはそれを自分がしない理由にはしたくないんだ」
魔物と戦うことは怖い。でもそう言って逃げ続けてその先に何があるのだろうかとハルトは思ったのだ。リリアはハルトのことを守ってくれるだろう。今までずっとそうしてきてくれたように。その背に隠れ続けるだけの自分でいいのか、そう考えた時にハルトの出した答えは否だった。
「ボクは弱いよ。でも、弱いままでいたくないんだ。姉さんの後ろにいて守られ続けるだけの存在じゃない。姉さんの隣に立って戦える男になりたいと思ったから」
それがハルトの偽らざる気持ちだった。《魔王》の手から人を守りたいとかではなく、ただ姉の隣に立てる自分になりたい。そのためにも逃げるという選択をしたくはなかった。
まっすぐな瞳でハルトに見つめられ、そしてその言葉を聞いたリリアは、
(な、ななななななななななな、可愛いうえにカッコいいこと言うとか反則だよ! やめて、もうお姉ちゃんのココロポイントはゼロよ! 皆さんこれが私の弟です、最高でしょう。可愛いでしょう! ありがとうございます!)
心の中で暴走していた。しかし、姉としての最後の矜持がそれを表にでる寸前で押しとどめていた。
「……そう。本気なのね」
「うん、本気だよ」
「きっと険しい道だよ。心が折れて逃げたくなる時が来るかもしれない」
「そうだね……でも、きっともう一度立ち上がってみせるよ」
「……ふぅ、しょうがないかな。まだまだ考えが甘いけど、認めてあげる」
「え、ホントに!」
「ただし、条件があります」
「条件?」
「私もついてくから」
「えぇ!?」
「当たり前でしょ。一緒に旅しながらハル君のこと鍛えてあげる。これでもお父さんに剣術とかは一通り習ってるから」
「いや、それは知ってるけど……えぇ……」
まさかついて来るなんて言うと思ってなかったハルトはただただ驚くしかない。
「さ、じゃあこの話は終わりにして……んふふふ」
「え、姉さん? なんでにじり寄ってくるの? 目が怖いんだけど」
ギラギラと目を欲望に染めてにじり寄って来るリリア。なんとなく恐怖を感じて後退するハルト。しかし、やがて壁にたどりついてしまい、後退することができなくなってしまう。
そして、それを合図としてリリアがハルトに飛びかかる。
「あぁもうハル君最高! あんなカッコいいこと言うようになるなんて、お姉ちゃん感動だよ、最高だよ!」
「わぶっ、ねえさ、胸が……ってかこれ朝にも……」
「今日は一緒に寝ようね。私もうハル君の成長を感じて嬉しいよ。」
リリアに抱き着かれ、胸を押し付けられ動けなくなるハルト。感情が振り切ってテンションマックスになっているリリアはハルトが窒息して苦しんでいることに気付かない。
「んー! んー!」
「さ、もう夜も遅くなってきたし。早く寝ようねー」
ハルトの叫びはリリアの胸に吸収されて届かない。
その後、この騒ぎはマリナがやって来るまで続いたのだった。
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