8日目 取り違え

彼曰く、スタバの民は大人が多いけど、私は・・・。


 ***


抹茶クリームフラペチーノのトールサイズを頼んだら、グランデサイズで呼ばれた。

はにゃ?と思って「違いますよ、トールで頼んだはずです」と伝える。

お姉さんが困ってしまった、後ろで先輩らしきイケメンが「グランデ頼んだ人がトールサイズ持って行ってしまった」とささやいた。


どうしたものかと慌てておろおろするお姉さま。何か言いかけようとしたけれど、気を取り直して新しいのを作り始めてくれた。

少し悪いことをしてしまったかなと気をもむ。おそらく犯人は男子三人組だろう。班にというのもどうかと思うけれど。

レジの並びに足音高らかに鳴らしながら立ち止まった私をみて「あ、並びこっちだったわ」とせこせこと並び直した男たち。そのうちの一人が抹茶フラペチーノを頼んだらしい、私の前でお姉さんから受け取っていた。

もとはと言えば私が受け取りの列にちゃんと並んでいればよかっただけの話なのだ。「うおおこれがグランデか!でか!」と嬉々として去っていく彼らを横目にスマホをいじっていたのは私。あれ、私の方が先だったよな?と違和感を抱きながら、スマホをいじって我関せずな顔をしていたのがいけないのだ。


とはいえ新しいフラぺは作られ始めている、今更言い出しても止まらない。男の子たちはそのまま持ち帰ったようで店内には居なかった。動き出した時間はどうすることもできないのだ。

大人げなかったかな・・・と思いながら改めて差し出されるフラぺを受け取る。

「大変お待たせいたしました、トールサイズの抹茶クリームフラペチーノです。申し訳ございませんでした」

真摯に、気品高く謝意を述べるお姉さま。何か言おうとして口ごもるも、出かけた思いが漏れてしまった。

「ごめんなさい」

細く、スズメが鳴くような小声。はて、何に対しての謝罪なのだろうか。


作り直してくれたお姉さんに対してか。間違えて受け取った男の子に対してか。自分で口出しておきながら言葉の行く当てがわからない。ある意味大人げない反応になってしまった。

こういう時の言葉は別にあるだろう、ということをついこの前に思ったばかりだというのに。人とのコミュニケーションにおいて、謝罪が先行してしまうのはよろしくない。対等であれ、上下関係があれ、謝罪をするということは自分の評価を貶めることになる。完全に自分に非があるならまだしも、あいまいな状況で自分から火を被りに行くのは自殺行為と同じだ。受ける必要のない傷を受ける必要はない。

そもそも私とお姉さんの間には、まず金銭による取引が成立している。私から店に対して依頼した仕事の成果を受け取るのだ。大人なのであれば、言うべき言葉に見当はつくだろう。


「ありがとうございます」

一瞬の逡巡の後、コーナーから離れる間際に絞り出した感謝の意。ちゃんと彼女に届いただろうか。小さく頷いてくれたような気もするが、振り向きかけた視界にははっきりと映らなかった。


ちゃんと届いていたらいいな、そう思いながら自分の席に戻って読書に戻る。

ちょっと子供に戻ってしまったなと思いつつ、成りきれない大人への憧憬を『後宮の烏2』に出てきた兪依薩ユイサのそれに乗せて消化した。

朗らかな笑顔に、くりんと丸い瞳を蕩けさせて、そばかすの間を薄赤く染めながら燕夫人を想う彼の姿が、妙にありありと帰り道の月光の中で浮き上がって見えた。

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