21日目 秘書

彼曰く、わたくしは社長の専属秘書でありますから。


 ***


会社に行く道中の話。


最近はもっぱら歩いて会社に行っています。

もともとは自転車通勤。

20分くらいで会社にはつく距離ですが、歩くとなるとそれなりの時間がかかる。

実測で行くと40分ほど、私がいつも昼休みに使っているくらいの時間ですね。

ちなみに基本的にデスクでご飯をパーっと食べてしまうタイプなので、昼休みしているかどうかは微妙なところ。

デスクのパソコンでは仕事の資料開いてますしね。

何かと資料の多いこの仕事。

猫の手もいいから借りたいな、秘書とかいてくれたら楽なのになぁ。


なんて考えていた、省エネ主義の願いが届いたんでしょうか?

まだ寒空の下を足早に歩いていくこと5分。

秘書らしき人が車を従えて待っていました。

黒塗りの、王冠のエンブレムをフロントに携えた、重厚なボディの車。

その扉に軽妙な足取りで駆け寄り開ける、壮年のおじさま。

「まさか私のために・・・?」

なんて素敵な所作でしょうか。

身なり、身のこなし、一つ一つの動作に無駄がなく、何度も繰り返していると思われる洗練さには、長い経歴を感じさせます。

この人なら運転も申し分ないでしょう。

間違いなく乗り心地は最高、下手したらそのまま冥土までたどり着けるかもしれません。

「これで会社まで行けるなら、さぞ仕事がはかどるだろうな・・・」

疲れ知らずの仕事スタートほど働くうえで大事なことはありません。

そんな風に思いながら一歩進み、二歩進んだところで気づきます。


「あれ、この人どっち向いてるん?」

わずかな違和感を胸に、三歩目を踏み出すと車の向こう側からこれまた素敵なおじさまが。

「おはようございます、お待ちしておりました」

「すまないね、少し遅れてしまったようだ」

「いえいえとんでもございません、時間通りでございます」

これまた下げ慣れたであろう挨拶のお辞儀。

完璧な角度からはもはや威厳さえ漂ってくる。

「お、ありがとう。じゃあ今日も頼むよ」

「本日はまず本社、でよろしかったですかな?」

「ああ、頼む。もしかしたら道が混んでいるかもしれないが、間に合うか?」

「ご心配には及びません、会議に遅れるようなことはしませんとも」

うんぬん。

バタン。


「行ってしまわれた・・・」

『もののけ姫』中盤、アシタカがタタラ場を出ていくシーンで牛飼い頭が放ったセリフが思わず出てしまいました。

後半は完全に私の妄想入ってるんですけどね。


「あんな秘書がいたらなぁ」

重役の音が小さくなっていくのを聞きながら、私は私の道を進んだ朝。

なんとなく、気分が軽くて仕事が早めに終わったのは別のお話です。

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