19日目 朝陽

彼曰く、あの日見た太陽の名前は・・・、いや太陽か。


 ***


仕事をしていたらすっかり朝になっていた。

久しぶりの早朝の街。

首をすくめて歩く人と並んで、同じく首をすくめている。

「さっむ~~・・・」

冬の寒さはまだまだらしい、マフラーをつけていてよかった。

ここまで無理をしなくても、土曜日の今日に出勤すればいいだけの話なのだが、なんとなく今日はやりきって帰りたかった。

おかげでもう一度会社に来る必要がなくなったのだ。

心置きなくカフェに行けるというもの。


時刻はまだ6時。

東の空がかすかに明るさを見せている。

朝陽に向かってダッシュする気力は残ってないけど、気持ちよく帰れる気がした。

仕事をやり終えた達成感と疲れを、かばんの重さに感じて歩く。

踏みしめる大地がやけに押し返してくれるようで、重い足取りも軽くなった。

ルンルン気分、とまではいかなくとも、思ったよりも早く帰れそう。

この時間に会社から家路につくのはいつぶりだろう。

入社してすぐのころ、ぶち込まれた地獄の制作班で死ぬ思いで働いた次の日くらいだろうか。

あの時は朝焼けどころか、空の青さえ見えなかった。

灰色がかった雲からぽつぽつと落ちてくる水に、心の涙を感じたんだ。

「懐かしいなぁ・・・」

あのときは若干あった若さと反抗心は、この業界に入った時点でほぼないに等しく、冷めた目で職場を見ていた私は感情を失くしてしまったようだった。

そんななかでの忙殺、からの朝帰り。

朝陽を希望と、雨雲を不吉と例えた人をすごいと思ったのはこの時が初めてだった。

むろん、実感したのは後者のたとえだけなのだが。


「あ、ちがうか」

そうそう、ついこの間もあったんだ。

同僚の愚痴に付き合って、作業している横でダラダラと聞き専になっていたら、いつの間にか5時前になっていた日が。

少しだけ先輩にあたるこの同僚に、多くの責任を任せてしまっていた私の班の状況をやるせなく思いながら、「頑張らなきゃ」という気持ちで歩いて帰ったんだった。

その日の天気はどうだったかな。


歩くといっても、6時なら始発も過ぎている。

最寄り駅に付くまでの電車の中、街の景色を見ながら回想した。

濡れているのか、屋根瓦が所々きらめいていた。

そこではっとして、進行方向に向き直る。

乗っているのは先頭車両。

東に向かってまっすぐ走る運転席の向こう。

叢雲に大半を遮られながら、だんだんの隙間から太陽が光をこぼしている。

「朝陽だ・・・」

どんなに仕事が忙しくても、日々は変わらず回っている。

月は沈むし、太陽は昇る。

私のルーティンの中に、太陽が昇ってくる瞬間を見るというのはない。

「きれいだな~・・・」

いつか、初めて日の出を見た時にも感じた気がする。

あれは何歳の時だっただろうか。

思考のまとまらない脳から、あの日見た時と同じ、正直な感想がこぼれた。

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