10日目 雪

彼曰く、大したことないわね。


 ***


「なんでこんなに降ってんのよー!」

先輩が言いながら道路の白を踏みつぶしていく。

何が先輩をそうさせるのか、そこまで怒る理由があるとは思えないが。


「いいじゃないですか、先輩。私は雪嫌いじゃないですよー」

「あなたはいいわよ!いつも肌ウルウルしてんだもん。いーわよねっ、若さって!」

「ただのひがみですよ~それ~」

若いことへの嫉妬を雪を踏み散らすことで解消しようとは。

先輩は仕事ができるけれど男運がないと聞く。

こういう態度が安上がりに見えるからなんじゃないのかなぁ。

現に踏み散らすたびに顔に生気が戻っているというか。

なんとなく活き活きとし始めてるし・・・。


「ふうっ、スッキリ!!さあ、ご飯行くわよ!」

お昼休みの最初の5分。

時間いっぱいしっかりと会社の前の道路を踏み固めた先輩が満足した笑顔を浮かべてこちらを振り返った。


 顔はいいんだけどなぁ

男だったら付き合いたいと思う顔No.1に違いないが、本性を見たら逃げ出したくなるタイプ。

仕事の方が好きなこの人には、確かに昨日の雪は物足りなかったのかもしれない。



「大したことないわね・・・」

同じように昼休み、先に会社の前に出ていた先輩に追いつくや否や、天気のディスを聞くとは思っていなかったので、雪に対しての意見だと気づくのに時間がかかった。

「・・・そうですか?それなりに降ってると思いますけど」

「いーや、足んない!降るならもっとワーッと降ってほしい!」

「んな無茶な」

「無茶じゃない!気合が足んない!」

「気合で降るもんじゃないでしょうよ」

気合で乗り切る、を持論とする先輩は、自然に対しても振りかざすことをやめない。

こういうところが振られる原因だといつ気付くのだろうか。

自分の持論に振り回されているところは、他人からすれば面白いのだけど。



「え、またフラれたんですか?」

「そうよ、悪い?」

「別に悪いなんて言ってませんが・・・」

昨日とよりも少しだけ、強めの雪が降っていた今日。

出社している社員が少ないものだから、私は昨日と同様、先輩とご飯に出ていた。

「まったく、若い人の考えることはわかんないわ」

「私は悪くないと思いますけどね」

「若くてピチピチお肌のあんたに言われても実感わかないわ」

「そゆとこだと思いますよ・・・」

どうりで昨日と今日で言っていることがあべこべだと思った。

もっと雪降ってほしいのかな?なんて思っていたのに、降ったら降ったでただ踏みつけるだけ。

結局のところ、怒りをぶつける矛先が欲しかっただけらしい。

仕事ができる人、というプロフィールを提げた男にDMを投げられ、何となく気が合うと思って試しに会ったところ、郵便物の仕分け作業者だったらしく、流れ作業ができるという、先輩曰く「つまらない」特徴がデート中の会話で浮き彫りになったらしい。


「おかげで雪の中一人寂しく、寒々しく帰ったわよ」

「お気の毒様・・・」

帰り道、踏みしめる雪が足りなかったんだろう。

踏みつけられる雪のことは何とも思わないけど、男の方には思うことがある。

小さなことを長所として見出すのはいいことだけれど、もう少し大きな視点でとらえられなかったのか。

それに代わるいい言葉を見つけることはできないし、部外者の私には興味ないが。

ただこれだけは言えるかな。


 所詮大したことなかったんだなぁ

白く染まった街並みは、いつもよりも晴れやかで。

前を歩く先輩が、どことなく陽気な妖精のような可愛さを纏っていた。

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