17日目 正念場
彼曰く、それは誰にでも来る試練。
***
この仕事をしていると、「ああ仕事の大変な時ってやっぱりあるんだな」という気持ちになる。
スケジュール的佳境、何度もリテイクを繰り返す細かい検査、指示の不適格な素材を理解できない新人と、それに怒る作業者。
実態の把握できないリテイクほど面倒で時間のかかるものはない。
大変な時期にこの確認作業が被ってくると、素材の進みは一気に減速する。
ベルトコンベアのように一定の間隔で進めば何も問題はないのに、誰かの感情が停止ボタンを押したり、別の要素がレバーを倒して進行方向を急転換したりすることばかりだ。
しかもそういう問題は、後々まで放置しているとより厄介になる。
いわくつきの案件と呼んだりするのだが、その問題に向き合うのはたいてい夜だ。
手早く済ませられる仕事を片付けてからじっくり考える時間を取る。
方針は間違っていないけれど、仕事に慣れていないうちからやり始めてしまうと自分の仕事の遅さに気付くことができずに、定時を過ぎてまで解決しようとし始めてしまう。
その結果、終電を逃したり、避難先のあてのないまま会社を出ることになったりする。
みんなで協力しようとなって、班の雰囲気がいい感じになってきた。
このタイミングで夜まで残ってしまうのは新人としても心苦しいだろう。
「もう、梅さんには本当に申し訳ないです~」
初めは頑として断ろうとしていたガチムチ好き後輩が、助手席で何度目かわからないセリフを放った。
てっぺんを過ぎても会社にいたのは初めてらしく、実家暮らしのガチムチ好き後輩のスマホには両親や兄からの心配のメッセージや電話がひっきりなしに来ていた。
「大したことじゃないから、大丈夫よ」
「でも~・・・」
「昔はこんなの日常茶飯事だったらしいから、時々は起こるってことよ」
「でも最近はそんなにないってことじゃないですか、それに付き合わせてしまったのが申し訳なくて・・・」
「困っている後輩を助けるのが先輩ってもんよ」
「うわ~かっこいい!もうさっきから通知やまないし、梅さんに家族にめちゃめちゃ心配されてるところ見られるの恥ずかしすぎるんですけど」
「いい家族じゃない」
「こんな時ばっかり、ですよ~」
あわあわしながら、再びの母からの電話に応答するガチムチ好き後輩。
それを横目に、重くなりかけている瞼を押しとどめて運転する私。
前のテールランプを見つめながら思った。
「・・・正念場、って感じだな~・・・」
ひそかに待ち受けている困難を想像して、帰ったら早めに寝ようと強く思った。
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