27日目 木枯らし
彼曰く、北寄りの風、風速十分、なお体感により。
***
ぐっと冷えた土曜日だった。
先週からその目は見えていた。
肌に感じる気温から湿気が減ってきて、雨が降っているのに何となくカラッとした印象だったのだ。
雨の次の日が、たいてい秋晴れだったからだろう。
乾燥して、手もみの音でさえ大きく聞こえる、気持ちの良い快晴。
それに時折吹く風はそっけなくて、いつの間にか首を縮こめている。
秋の盛りを感じる時期だ。
そして今日。
また一段と低くなった気温をさらに下げるように背中を押した、強い風の一団。
せっかく整えた髪を巻き起こしながら、私よりも早く進んでいく。
人の努力をあざ笑うかのような、自然のルーティン。
この時期にほぼほぼ訪れる乾燥した風を、私たちはこう呼んでいる。
木枯らし。
字のごとく、紅葉を吹き飛ばし、木を枯らすほどの冷たさを見せる北風。
凩、とも書く。
まさに木をかき消すような風。
暖かな秋はもう終わり、冬の足音が聞こえてくる。
もっとも、これは太平洋側でしか見られない現象だ。
大陸の湿った空気が下りてくるこの時期、日本海から押し寄せる風はたっぷりと水分を含んでいる。
冬を連れてくるこの一団は、日本海から上陸して本州の中心を貫く山々にぶつかる。
そこでたまった水分が雲を作り、日本海側に雨や雪を降らせる。
新潟や石川などに雪が多いのはこの影響だ。
連山で水分を失った一団は、それで勢いがとどまるわけではなく、頂上を越えた風は斜面に沿って下り、太平洋に向かって吹き抜ける。
給水所前のマラソン選手のように、少し急いで吹き抜けるこの風は秋の象徴である紅葉を吹き飛ばしていくのだ。
冷たく、肌に刺さるような容赦のない風。
心温まる時間は必ず終わりが来るとでもいうように、乱暴に吹き上げながら通り過ぎる。
とはいえ、毎年必ず木枯らしが起こるとは限らないらしい。
気象庁によると東京で木枯らしが吹いたと認定するには次のような条件がある。
「期間は10月半ばから11月末までの間に限る」
「気圧配置が西高東低の冬型となって、季節風が吹くこと」
「東京における風向が西北西~北である」
「東京における最大風速が、おおむね風力5(風速8 m/s)以上である」
人は何かを認定するのに様々な条件を設けたがる。
自然現象にまでそのような基準値を置いてしまうのだから、傲慢も過ぎてやしないだろうか。
そんなものは体感でいくらでも変わりうるのに。
いや、だからこそなのかもしれないが。
それでも今日の風は、十分に木枯らしだというにふさわしかった。
周囲の人々の髪を吹き乱し、わずかにつないでいた葉と枝の縁を切り、「ヒュオオ」という擬音の似合う勢い。
もう冬だ。
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