15日目 破滅的ランチ
彼曰く、まあ、こんな日もある。
***
ランチに行った。
会社の近くで、最近できたらしい。
このあたりのことを記事にしているブロガーの人も「食べてきました!」とレポを書いていた。
個人的信頼のおける人が行っているのを見るとどうしても行きたくなってしまう。
ミーハー、というやつなのだろうか、知らんけど。
行きたいからいいじゃない、知りたいからいいじゃない。
誰に咎められるわけでもないのに心の中で言い訳をするのはもはや定番になっている。
「冬服買いたいから節約しなきゃ、って言ってた頭はどこに行ったの?」
そんなつぶやきにも耳を貸さない。
私は今を生きているのだから。
今、まさに、目の前で起きていることを書く。
注目の集まりやすいレポ、というのは「最速レポ!」と謳っていることが多い。
流行が文字通り流れるように行きかう都市部では、どれだけ新しいものに早く食いつくかが、流行を追うものの流儀みたいになっている。
まして、若者の多い街ではなおさらのこと。
私の地元の小さな田舎町ではこんなことは考えられない。
みんな明日の天気のことを気にして、「明日は晴れるからネギを収穫しようかね」なんて言っているのだ。
田舎と都会では追いかけているものも見ているものも違う。
ジャンキーで、追うこと自体に中毒性のある空気。
不健康だからやめときな、とも言いづらい独特な雰囲気を持っているのが、この都会にはびこる「流行」というやつだ。
田舎出身ながら、私はこの空気というものにすっかりやられている中毒者である。
話題になった店があればすぐに行きたくなってしまうし、誰かがその話題を出した瞬間に食いついて、あれこれと聞いてもいないことまで話し始める。
これも中毒者によくある症状だ。
レポは新たなレポを生み、終わればすぐに次のレポに向かう。
ファーストフードみたいにただ消費されていくだけのお店の写真に、何かの感慨を覚えるのは一瞬だけ。
何かインパクトがあればまた別かもしれないけれど。
レポには単純にお店の情報が必要なだけでなく、なにかインパクトのある情報が盛り込まれているとちょっと一癖ある内容になる。
純粋なレポとはまた違い、そういうのは読みたいと思わない。
どちらかと言えばそれは、こういうところで書き散らかしている日記のような、行ってしまえば愚痴のようなものだから。
件のランチに行った店は、ちょっとした繁華街にある。
夜になるとピンクと黄色の光の渦巻く怪しい裏通りは、昼でも少し灰色がかった空気がまとわりついた独特の印象をはらんでいる。
二人で行くならまだしも、一人でいるときはまず通らないであろう雰囲気に、それでも私たちはこわごわと入っていく。
出てきた料理は可もなく不可もなく、ちゃんとした牛肉の味がしていておいしかった。
ふわふわのハンバーグと、ほろほろと崩れるビーフシチュー。
少し切り分けてトレードオフできるのは二人で行ったからできたことだ、結構量があったから。
最近の悩み事を話しながら食べ終える。
そこで異様な空気が店に下りた。
個室7席の小さめな店内は大きな声がよく響く。
私たちの隣に来た客の声は、その部類のトップにあたるやんちゃ盛りの高校生そのものだった。
店員と多少仲良さげなやり取りをしているあたり近くをよく利用する人間なのかもしれないけれど、それにしてもうるさかった。
それこそ薬でもやっているんじゃないかと思うくらいには。
食べ終わった余韻もそこそこに帰り支度をする。
いい大人が、なんて思いながら出口に向かう際、横目で隣の個室を覗くと密着した男女が店員になだめられていた。
男がふんぞり返っている感じがしたから、女は流されてきたのかもしれない。
流行ばかりを追っていると、その店の客層だとか、どういう場所なのかとか、周辺環境までには注意が行かないときもある。
メニューの写真だけ見て行ってみた場所が、実は極寒峻厳な山頂だったなんてこともあるのだ。
お客も人間、いろいろなお客がいるものである。
二度目はないな
そう思いながら繁華街の道をそそくさと帰った。
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