8日目 見慣れた天井
彼曰く、絶望の起床というのを、何年かぶりに体験したよ。
***
「―――」
誰かが呼んでいる声がした。
白い大地、静かな地平線、雲一つない真っ白な空。
空間全体に色はなく、上下も左右も前後も曖昧な場所で、
私は何事かを考えていた。
昨日食べた晩ご飯のことかもしれないし、
楽しみにしていたアニメの続きが気になるとか、
仕事であとで確認しようと思っていたことだったかもしれない。
何を考えていたかなんて些細な事だ。
だってここは夢なんだから。
こんな非現実な世界、夢に決まっている。
心のどこかでそう確信していた。
今日は大事な日なのに、そんなことも忘れて夢を見ているんだろう。
のんびりしているだけならいいけど、覚醒するまでの時間が分からない。
分からないから、まだ夢の中にいることが不思議だ。
だんだん不安になるだろうに。
現実の私なら間違いなく飛び起きている。
「―――」
また誰かの声がした、私を呼んでいるのだろうか。
そのわりには周りを見渡しても誰もいない。
気のせい、なのかもしれない。
最近忙しかったし、やらないといけないと思っていることも後回しにしがち。
ようやく片が付いたと思ったらまた次がやってくる。
タスクの後ろには次のタスクが順番待ちしていて、
いつまでたっても待機列が途切れない。
ときどき割り込みもあるから、勘弁してほしい。
あっちを考えたり、こっちのことを話すのは疲れるんだ。
そう、疲れているのかもしれない。
夢を見る、と言うことはあまり寝られてはいないかもしれないけど。
でもはっきりと聞きとれないということは、疲れてる証拠だと思う。
日中のストレスのたまる仕事で無駄に使いつぶしてしまったんだ。
脳が聞き取って理解することを避けている。
それなのに夢を見るなんて、脳内世界の私は随分とのんびり屋さんだ。
学校のチャイムはもう鳴っているのに、校門が遠くても歩いているんだ。
昔は引っ込み思案で臆病で、常に5分前には次の授業の準備をしている子なのに。
そんなことでいいのか、私?
次にやりたいことがあるんだろう?
どうしたいのか、本当は心の中にあるんだろう?
自分の想いっていうやつが。
「―――」
そうやって聞こえる声を聴こうとしないで閉じこもるんじゃ何も変わらない。
殻を破って成長するときのために、外がどういう世界かを知らないと。
今何が話題になっているのか。
新しくオープンする店はどんなところなのか、
どんな服が流行っていて、どんなご飯が有名なのか。
どんな音楽をみんなが聴いて、何のアニメや映画やドラマを見ているのか。
まずは自分の周りの、小さなことから知っていこうとしないと。
変えられるもの変わらないよ。
せっかくきっかけは得たんだ。
自分の力でどうにかしないと、今ここには自分しかいないんだから。
そうでしょ、私?
「―――」
この声が聞こえるなら、いい加減何でもない夢なんて見るのをやめて、
そろそろ起きたらどうなの?
+++
音が聞こえない。冷えた空気が鼻をつく。
さっきまで沈んでいた意識が急に沸き上がってきて、
唐突に目が覚めた。
ぱっちりと、今までにないくらいに。
うっすらと朝の光がカーテンの隙間から漏れている。
見慣れた天井に黒い亀裂と白い地肌が現れる。
いつもの、私の部屋の天井だ。
何か夢のようなものを見ていた気もするけど、
はっきり覚えていないから、たぶん見てないんだろう。
思っていたよりもぐっすりしていたらしい。
「ちゃんと起きれてよかった・・・」
1つ、大きな息を吐いて気持ちを落ち着かせる。
今日は世界が待ちわびたアニメ映画の最新作公開の日。
『シン・エヴァンゲリヲン劇場版』
度重なる公開延期でいまかいまかと待ちわびていた作品。
緊急事態宣言が一度終わる(と思われていた)タイミングに合わせるように、
珍しく月曜公開に踏み切っている。
ファンとして、見に行かなければ無意味。
最速は無理でも、ネタバレを踏む前に行かなければ。
そう思い予約した時間は少し早め。
記憶の限りでは7:00くらい。
準備のため、布団から身を起こしながら時計を見やる。
「6:50」
おや?時計の間違いかな?
そう思いスマホを開いて現在時刻を見てみる。
「6:51」
どうやらこれは夢ではないらしい。
いくら最初は予告でタイミングが遅れて、
冒頭10分ほどは事前公開されているから大丈夫やろ。
軽く思って油断していた。
また買えばいいのだけど、もう構っていられない。
ネタバレよりは自分で見に行きたい。
布団をけ飛ばすようにして飛び起き、
髪も簡単にセットして早着替え。
それ以外の物は簡単に確認だけして家を飛び出す。
ここまでの所要時間15分。
走るという地獄、絶望の波から逃れようとする私の試練。
何が何でも今からでも行かなければ。
見慣れた天井だけを見て生きるなんてつまらない。
+++
そんなわけで、劇場で観てきました。
細かいことを書いた日記は今週どこかで一度まとめます。
ただ一言。
「結果はどうあれ形は形、完成は完成。
その完成に近づけるように努力するのが人生だ」
絶望なんて感じる間もなく、希望に満ちた世界を生きていきたい。
不思議と元気が出てくる映画でした。
テレビ版、旧劇場版、漫画版、まだ未視聴の方。
是非全部見てから改めて見てみてほしいです。
いい感じの希望と、これでもかと言うほどの絶望が待っています。
今朝私をずっと見降ろしていた見慣れた天井のように。
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