10日目 外

彼曰く、作品の裏を見ることができるのが仕事のいいところ。


 ***


どんな仕事にも裏がある。

広告業には私たちの知らない広告テクニックが使われているし、

IT事業では私たちが普段意識せずに使っている通信を管理している場合もある。

自分の生活の一部になっているほど意識が遠くなり、

自分が夢中になっていることほど裏の世界には気づくことができない。

それは自分にとっての当たり前になっているから。

表面上の世界で暮らしていれば満足なプライベートな生活。

多くの人がそうであるように、裏の世界のことなど知らないままだと思っていた。


でも今の仕事で、どんなものにも裏があることを知った。

映像を作るにはたくさんの物や人手が必要だ。

絵、写真、設定、撮影機材、作業場所、移動の社用車。

脚本、演出、監督、マネージャー。

他にも撮影効果、音響、モデル、声優、俳優、女優、取引先や協賛企業、パトロン。

アニメであればコンテ、作画、動画、仕上げ、撮影、3D。

私はここでいうマネージャーの部分。

いろんなところに顔を出し、その作品がつくられる過程を見ることができる。

つまり作品の裏をすべて見ることができるということである。


裏の世界は優しくない。

厳しいことの連続だ。

もちろん優しいこともあるけれど、それは仕事ができた上での話。

表が華々しいほど、裏はドロドロしく暗く、どこか寂しい。


今日はアフレコ、収録現場も随分と寂しくなった。

以前であれば仲良く談笑する機会が多かったけれど、

薄い仕切りや距離のある中では今まで通りの話もできない。

同じことの繰り返しにも根気がより必要だ。

何度かテストをして、本番開始。

音がない絵に声だけを当てる。

キャストも制限しているため、掛け合いのはずなのに独り言。

感情をのせた言葉をキャラクターの言葉として表現する、

高度な虚構の演技、音でやりとりするばかしあい。

見ているだけだからこそわかるけれど、実に地味。

だんだんと良くなっているのは分かるけれど、それに至るまでの道は地味そのもの。

全く同じことの繰り返しではないが、聞いているだけではつまらない。

本人たちも真剣なのは分かるのだけど、こればかりはぬぐえない。

普段の職場から離れて別の仕事を見てみるとその様子が分かる。


自分の仕事も同じこと。

外に出てみれば、自分の仕事は実につまらない。

実のところ自分がしているのは成果の回収と他への送り、スケジュール管理。

自身は何もしていないも同じ、実に地味。

作品の裏はいつだって地味なもので埋められているのだ。

国宝級の絵の裏側がただの紙であるように、

立派な作品の裏は地味な努力の積み重ねでできている。

裏は知れば知るほど地味だ。

でもその地味さを超えると、光る作品が出来上がる。

そう、私が作っているのは光るような作品なのだ。


「―――」


台詞が読まれる。

絵の動きに合わせて声がつけられる。

絵と音が映像になって流れる。

一人の命が生まれる音がした。

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