4日目 うっせぇわ

彼曰く、うっせぇわ!


 ***


正しさとか、愚かさとか、人によって全部違う。

すべてが一緒の人なんていない。

顔も形も違うように、考え方なんてみんな違う。


両親揃って兄弟仲もいいことが普通の人にとっての正しさは、

家族で食卓を囲んで、休日にはアウトレットに買い物とか行くこと。

お小遣いが尽きてもおねだりすれば欲しいものがもらえる。

でも片親の人にとっての正しさは、

自分が生きるために親の手伝いをしたり、

自分で稼ぐにはどうすればいいかと色々な勉強をしたりする。

お小遣いなんて無いから、買いたいものも欲しいものも我慢する。


人それぞれの人生で何をしたいのかも決まらないまま生きていく。

人間なんてそんなもの。


いつものように喫茶店で過ごす今日。

やりたいことが見つからないから、

欲しいものなんて何も無いから、

どうすればいいか分からない。

無為に過ごす日常が店内の曲のように静かに落ちていく。

それが何となく心地よくてずっと同じ体勢で座っている。

そんなふうに過ごしているうちに大人になってしまっていた。

とりあえず何かあるかしらと外に出てみても、

世界の色が変わって見えるようなことは何も起きていない。

世界滅亡の日は一向に来ないし、

天地がひっくり返ったりもしないし、

月が落ちてくることもなければ、

連続殺人や大量虐殺に巻き込まれることもない。

目の覚めるような美人が流し目を向けてくることもないし、

歯の浮くようなセリフを平然と言うイケメンが現れることもないし、

突然自分が人気者になることもないし、

実は隠された能力があったりすることもない。


今日も今日とて何もなし。

自分の人生を彩ることは何も起きない。

ただでさえつまらない人生が今は余計につまらなく感じる。

外に出ることも難しいからやりたいことをやってみたくても、

やろうとすれば人の目が気になるし、勇気も出ない。

ネットを見れば色んな動画が上がっていて、

中には普通の高校生の子もいたりする。

自分よりも明らかに小さい子が、ネットの海で自分をひけらかしている。

失敗しても成功しても、かっこよくてもダサくても、

色んな自分を自分なりに表現している。


とてもパンクでファンキーな世界だと思った。

何よりやればやるほど自分を知ってもらうことができる。

みんながみんな承認欲求が高いわけではないと思うけれど、

自分の言いたいこと、やりたいことに全力で挑戦する彼らは輝いている。

それだけで人生が楽しそうに見える。


喫茶店を出る前に見つけた動画を聞きながら商店街を歩く。

”うっせぇ うっせぇ うっせぇわ”

世の中のすべてに対して反抗心丸出しの曲、『うっせぇわ』。

大人の言う正しさなんかどうでもいいと言ってしまっている曲は新鮮だった。

耳に入ってくる雑音に対して「うっせぇわ!」と心の中で言いながら歩いていく。

現役高校生がこんな歌詞を書いて歌ってるなんて。

なんて面白い世の中なんだ。

ちょっとだけ笑いながら歩く私の横をヒソヒソしながら歩くマダムたちがいる。

彼女たちに流し目しながら口角をあげて言ってやった。


うっせぇわ!

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