9日目 弱点

彼曰く、自分を見つめなおすときが来たんじゃないか?


 ***


「自分が何をしたいのか分からない」


最近の私の悩み。

自分が生きていることに意味があるのか、なんて大げさに人生を捉え、

大仰な態度で生の意味を考えている。


自分はやりたいことをできているのか。

目の前で起きていること、やっていることを楽しいと思っているのか。

心から、自分の仕事を好きだと思えているのか。


考えて、悩んで、壁にぶつかって、葛藤して、どうするべきかをまた考える。

自分のいけないことは何か。

足りない要素は何か。

努力か、技術か、工夫か、態度か、姿勢か、考え方か。

自分にできることは何か。

人のやっていることを盗み見ることか、マネすることか、

シミュレーションを重ねることか、とりあえず行動してみることか。

考えて、考えて、

考えて、悩んで。


そんなふりをしているだけ。

頭で考えていることは空っぽな自分。

ありもしない正解を求めて、考えて悩んでいるふりをするだけして、

先輩に聞いてそれで済ませようとしている。


結局自分で考えることを放棄しているのだ。

自分が何をしたいのかが分からないんじゃない。

自分がどうすべきか分からないんじゃない。


自分が行動していないだけなんだ。


考えも及んでいる。

どうなるか理解もしている。

明日どういう結果が来るかもおおよそ分かるし、

予想と違うことが起きてもどう対処すればいいかわかっている。

じゃあそうならないようにどうすべきか、それも分かっている。


なのに「どうすればいいのかな・・・」なんて、

まるで何も分かっていないかのように呟いて、

誰かが答えをポロリと言ってくれることを期待している。

自分では答えを出そうとしていない。

というより、答えのない道に踏み出すことを躊躇しているのだ。


自分で新しい道に踏み出すことに恐怖を感じている。

怖いというより、ただ踏み出したくないと思っている。

臆病で、優柔不断で、目の前の地面を踏みぬくことに、無用の警戒を覚えている。


たぶん、自分に何かが起こることを拒否しているのだ。

自分に危険が降りかかろうと、新しい視点を得られる機会になろうと、

目にする前から見ようとしていない。


「シュレーディンガーの猫」

有名な哲学的理論。

量子力学における思考実験。

物理的な現象は物理的な現象によってのみ引き起こされる、

よって他の要因、例えば心理的要因などは考慮しないでよいという一元的解釈。


私たちは何か行動を起こそうというとき、

自分の心理的な要因をどうしても考えてしまう。

何が起こるか、ただ可能性の範疇でしか想像できないのに、

まだ現実には起きていないのに、あたかもそれが起きた前提で行動するか考える。

結果として、想像された現実を想起して行動に躊躇が生まれ、

対処が遅れ、結果にタイムラグが生じ、結論が出るのが後ろ倒しになる。

つまりは物理的な現象の先送りに他ならない。

場合によってはそれは、自分にとって最悪の結果となりうる。


たとえば人事評価。

これはもちろん人によるけれど、ある一側面としては、

その人がどう考え、どう判断し、どう行動に起こすか、という、

思考力・判断力・行動力について評価基準が設けられることがある。

会社にとって、または所属する組織にとって、

個人がどれだけ貢献できているかは、心理的態度だけでなく、

営業実績、企画実行力、取引先との人間関係など、

結果として目に見えやすい点が重視される。

つまるところ、物理的な現象として起きたことによって評価される。


評価が上がらないということは、裏を返せば影響を起こす行動ができていない。

もっと言えば、評価を上げるための現象を起こすための行動ができていない。


思い描く未来があるなら、実現するための努力をすべきだし、

行動するのが自分なのなら、自分で考えて、自分で判断すべきだ。

他人の思考を借りようという気持ちでいると、

自分で決断して、行動を起こそうという意気を削いでしまう。

新しいことを起こす行動ができないまま、できる行動さえしようとしなくなる。

それで成長が見込めるはずもないのだ。


確かに物理的現象は物理的現象の後にしか起きない。


でも、目的の物理的現象を起こすのはいつでも人間の心理、

いや、人間の意志がきっかけなのだ。


なりたいものがあるのに、そうなるための行動をしないのは、

進むべき道のスタート地点で足踏みしているだけだ。

それで成長したいなど、ばかげた話。

ただ進めばいいだけのこと。


それができないでいる。

意志の弱い私。


誰かが言う。


弱点を克服しないといけないんじゃないか?

自分を見つめなおすときが来たんじゃないか?


「変わるときが来たんじゃないのか?」


私にできるだろうか、じゃない、きっと違う。

よし、やろう。

その気持ちが、意志が、行動に変える力が必要なんだ。

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