19日目 お金

彼曰く、金は天下の回り物、使ってこその義理人情。


金遣いが荒いと言われる。

その年になって貯金もないの。

いつになったら金欠じゃなくなるの。

いい加減将来のことも考えな。

まわりにやいやい言われるけれど。

財布の厚みは変わらない。

ひと月前にはパンパンでも、翌月見たらスッカラカン。

別に貯めたくないわけじゃない。

私だって貯金したい。

将来に不安がないわけじゃない。

カッコよく即金払いしたい。

誰かが動画でやっていた、「ここからここまで全部ください!」

やってみたくて憧れる。

お金があればやっていそう。

実際にはできないけれど、妄想できれば満足だ。

妄想ならお金は使わないけど、妄想では貯金もできない。

お金はとっても難しい。


昔は貯金が好きだった、どデカい缶に500円玉。

お小遣いから残った分、毎月末に箱の中。

ガチャンという音が鳴る。

心と脳が躍る音。

たくさん入れば重くなる。

期待もどんどん重くなる。

いっぱいになったら何買おう。

やりたいゲームを買おうかな。

読みたい漫画を買おうかな。

乗りたい自転車買おうかな。

いつになったら貯まるかな。

妄想ばかりが膨らんだ。

毎月末の楽しい響き。

だんだん大きくなってくる。

買いたいものの呼ぶ声がする。

そろそろ手にも届くかな。

期待でふたを開けてみると、案外貯まっていなかった。

それでも我慢して数カ月。

遂に目標を達成する。

喜び勇んで自転車屋。

初めて買った大きいもの。

財布と箱は軽くなったけど、感動と達成感で満足した。

たまったものを吐き出す感覚。

吐き出した報酬も重かった。

不思議と心が軽くなって、なぜだか体も軽かった。

重たいペダルも何のその、軽やかに坂を上っていった。


それからしばらく貯金をした。

欲しいものは自動車だった。

そのため色々我慢した。

ゲームに漫画、本やお菓子。

削れるものは削ったけれど、嬉しい音は遠いまま。

途方もない夢のようで、心までもが削れていった。

遂には風邪がちになってしまい、心身ともに疲れていた。

いつまで続くのと思いながら、買い出しのときに寄ったコンビニ。

沸き上がる衝動に耐えかねて、プリンとゼリーを大量買い。

周りの人も厭わずに、ひとり大胆に叫んでいた。

「ここからここまで全部買う!」

鼻をふんすっと鳴らしながら、ブツをかごにぶち込んでいく。

堂々たるレジでの待ち方、大将討ち取った足軽のごとし。

ほくほく顔の帰り道。

夕日の赤が頬を照らす。

財布と箱は軽くなった。

不思議と心も軽かった。


偶然感じたストレスフリー。

体の調子も戻ってくれた。

貯金は続けているけれど、無理のない貯金をしているだけ。

貯まるまでには遠いけれど、心は埋まるので良しとしてる。

小さなお店での小規模セレブ。

「ここからここまで全部ください」

あの快感が抜けきらなくて、ときどきあれをやってしまう。

罪を感じる自分もいるけど、思考の蕩けた自分もいる。

自分のためでもいいけれど、ときには人のためにも使う。

ストレスを感じるくらいなら、回した方が人のため。

それで満足するならば、きっと世界は明るくなる。

べき論ばかり述べないで、たまには情にほだされよう。

相手が誰でも構わない、心が満足するならば。

金は天下の回り物。

いつか自分に戻ってくる。

それで貯まったのであれば、使ってもよし貯めてもよし。

それで楽しく生きられるなら。

使ってなんぼの紙ときん

難しく考える義務はない。

使えるときに使っておく。

それがこんな私なりの、お金たちとの付き合い方。

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