15日目 花火

彼曰く、空に舞う花火のように、散り際まで美しくありたい。


夏休みがやってきた。今年は去年よりも暑くなった気がする。

気のせいだと思っていたけれど、天気予報では例年に比べてここ3カ月の平均気温が5℃近く上昇しているらしい。これ以上暑くなると死んでしまう。茹だった蛸みたいに熱くなって、気が気でなくなってしまう。プールに行っても意味なさそうだ。

「プール、行きたかったなぁ」


心の声が漏れやすい。私は自意識過剰かもしれない。

スマホを開けばみんなが自撮り動画を上げ、互いのダンスや物真似の出来を競い合っている。大いに貴重なモラトリアムを承認欲求にばかり使うなんて、中高生は気楽でいいなあ。羨ましい限りだよ。

なんて思いながら、ちゃっかりその波に乗っている私。これでも花の大学生。社会人になるまではまだまだ蕾かもしれないけど、それでもめいっぱい楽しみたい。下手すれば人生で一番華やかな時間かもしれない、人生の中での長い長い夏休み。ちょっとくらい自分を出してもいいじゃない。

「楽しく生きなきゃ損だよね」

漏れた心の声を画面に入力して完了。今日の私もかわいらしい。バックに花もつけちゃお、うんキレイ。これでもミスキャンパス候補には入ってたんだから。多少見せつけても大丈夫。妬まれはしても責められはしないでしょ。画面に映るピースサインに満足しながら納得する。よし、送信。

「…送信?」

いやいや送信ではないでしょう。送信って何、誰に送ったの?誰にも向けずに動画を見せることは投稿っていうのよ、このご時世。SNSで慣れたじゃない。何を言ってるの私、この気温のせいで目がかすんじゃったのかしら。

目を軽くこすって画面を見る。黒い画面の上に白い通知ボックス。やけに鮮やかな青い字で書いてある。

『「あのころの青春」グループに送信完了しました』

画面に映るのはぽかんと口を開けた私。画面の黒で分からないけど、たぶん文字よりきれいな青ざめかたをしてると思う。よりによってここに送ってしまうとは。すぐに消そうと思ったけれど、動画の取りすぎで敢え無く充電切れ。私の弾ける笑顔の動画が、グループで花火のように打ち上げられてしまった。地震も何も起きてないけれど、ドッドッドッと音が鳴る。肝は冷えてるはずなのに、気温のせいかな、熱くなってきた。

「どうか見ていませんように…!」

また心の声が漏れた。


夕方に帰宅してすぐ充電。外の熱気のせいか、本体はまだ熱を持ってる感じがする。頬に当てた手が熱かった。走ってきたから頬が熱いのかもしれないけれど。

この後サークルのみんなでお祭り。ラストティーンをみんなで祝うのだ。これを逃すのは愚策も愚策、せめて打ち上げられないと。

「早く浴衣に着替えなきゃ」

頭がうまく回らなくて、時計を見ることも忘れていた。心の声を耳で聴きながら立ち上がる。この気温何とかならないのかな、おかげで全然頭が働かない。

それでも気合で体を起こす。弱気になるな、めげるな、私。お昼のあれは事故だった。使い慣れたスマホでもよくあること。あれくらいで動揺していては、今日のミッションをこなせない。みんなに協力してもらったし、自分でも色々考えて準備してきた。今までは不発弾だったけど、今日こそきれいに打ち上げるんだ。

浴衣は白地に淡い赤の花火柄、合わせて帯は白地に朱色の金魚を泳がせて、帯締めはちょっと目立たせて濃い朱色、結い上げた髪はかんざしでちょっぴりレトロに、端には浴衣の柄の牡丹と対比させて芍薬のあしらいを、下駄はかわいらしくピンクと白を基調にして、化粧は抑えてきれいめに揃えて、さあ行くぞ!


待ち合わせて楽しんで、あっという間の青春の時間とき。いつかきっと、あの頃の青春が懐かしいって思うはず。たぶんみんなが思ってる。

気付けば祭りも終わりが近いのに、仲間とすっかりはぐれてしまい、なぜか隣には気になる彼。これはもしやチャンスでは!?

「この瞬間のためにおしゃれしてきたんだ…!」

心の声が漏れているとも知らずに、心の中で気合を入れる。

いつも同じグループで行動しているけど、なかなか話す機会が巡ってこなかった。引っ込みがちだった私が勇気を出して話したとき、応えてくれた優しい彼。人前に出るのが苦手だった私を変えてくれた、前向きになるきっかけをくれた運命の人。サークルの飲み会での出会いから早1年と少し、ようやくこの日を迎えたのだ。

にぎやかな露店の並びを歩きながら、いい雰囲気の時間が過ぎる。あやしく揺れる提灯の光に照らされて、彼の顔が浮かび上がる。男らしくも爽やかで、普段は大人っぽくて素敵だけど、笑うと無邪気な子供みたい。

「ああ、やっぱり好きだなあ」

心の声が口を出る。うっとりする気持ちで眺めていると、彼が急に噴き出した。どうしたのかと思った時には遅く、心の声を聞かれてた。夜になってもまだ暑い。でも今はこれくらいが心地いい。きっと今の私は茹だった蛸みたいだろうけど、こんな私も見ていてほしい。彼の笑顔を見ながらそう思った。私もつられて二人で笑う。


遠くで ドンッ と音が鳴った。きれいな牡丹とが打ち上がる。

ひとしきり笑ったあと、二人で花火を見上げていた。

「死ぬまで一緒にいるから、ずっときれいな君でいてね」

「一生懸命生きるから、私の側でずっと見守ってて」

花火の音が響く中、誰かの心の声を聞いた気がした。頬が熱くなった気がするけど、たぶんこれも暑さのせい。きっと彼も熱いはず。打ち上がった気持ちのまま、火照った胸の奥で思う。

夜空に輝く花火のように、あなたが見ている限り、ずっと美しくありたいな。

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