第4話

 僕達は聖堂を去る。時刻は夕方六時を過ぎていた。

 扉に鍵をかけ、聖堂への立ち入り専用にしている革靴を下駄箱にしまい、型崩れしたスリッポンを取り出す。能登も新品の靴を脱ぎ、スチールの棚板から見慣れた黒いシューズを取り出す。

 僕は扉の施錠を再度確認し、能登に声をかけた。

「行こうか」

 先に廊下へ出た能登は、足下を見つめながら待機していた。彼は黙って頷くと、俯いた姿勢のままで、僕が隣に並ぶのを待った。その目つきは、苛立ちを抑えているような、苦々しく寂しいものだった。彼はいつも、人から離れてじっと立っている時、この表情を浮かべるのだった。

 僕が能登の隣に並ぶと、彼は僕の一歩先を行き、足早に上り階段へと進んだ。

 僕は階段を上りながら、聖堂で彼に信仰を問いかけた、少し前の情景を反芻した。彼の表情は、僕の問いで変わってしまった。今の疲れきった眼差しには、あの安らぎの色を見出すことはできない。異様な安寧の表情に強い畏怖を抱いたことが、一瞬の幻であったように思えてくる。僕はそのことに安心しかけ、すぐに胸の痛む思いがして、彼が長らく抱える憂鬱さを晴らせなかったことを悔やんだ。

 階段を上り終え、一階の廊下に出る。僕以外の職員は帰宅しているようだった。管理室の小窓に灯りはなく、フロアは静まりかえっている。二階へと続く階段の踊り場は、夕闇の色に浸っていた。

 少し先を歩いていた能登が、立ち止まって辺りを見回す。まだ学生の彼は、このウォーム棟に入った経験が少ない。

「玄関はあっちだよ、この黄色のラインを辿って」

 床に貼られた案内表示を指さしてみせる。能登は小さな声で返事をして、間もなく歩き出し、僕に背中を見せた。彼は明らかに、気分を悪くしていた。


 彼に信仰を問いかけたことが、間違いだっただろうか。いずれ語るべき話を遠ざけたことが、彼を苦しめただろうか。


 僕は、能登の後ろ姿を見つめる。ロングスカートのプリーツが彼の早足につられ、せわしなくはためいている。その歩調に、僕の言葉が挟まる隙はない。

 遠ざかっていく白いブラウスの背中が、ふいに黒い影に変わった。彼は玄関のガラス戸の前で立ち止まり、夕暮れの仄かな逆光を浴びていた。

「蓮見先生」

 能登が振り向く。

「今日は、ありがとう」

 僕への礼を言い終えた唇は、真一文字に引き締められていた。今日のような日の彼にとって、それが精一杯の微笑みであることを、僕はいつの間にか知っていた。

 僕は返せる言葉もなく、自分がどんな表情をしているのかも分からず、ただ静かに、うんと頷く。能登に先立ってガラス戸を開け、ウォーム棟の外に出る。

 僕は、彼の白い目元にかかった赤色が、夕陽のものであることを願った。

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