第99話 正妻×元許嫁。2

「ありがとうニャル。――――ようこそいらっしゃいませ。黒髪 雫さん。」


 その女性は薄く微笑んでいた。

 紫色の髪を肩口で切りそろえた白い肌の美しい人。

 彼の結婚相手。

 自分の仕えるべき相手。

 彼女は刃物のような人だった。

 一見、そうとは分からないぐらいに柔らかく滑らかで優美な人なのだ。だが、そうとは知らずに迂闊に触ると、指の1本や2本落としてしまいそうに感じる。

 あくまでも自分、黒髪 雫の武人としての感想だが。

「……すみません、私は……松永少佐に呼ばれたはずなのですが。」

 少し彼の呼び方に悩んだ末、上官としての階級で呼ぶことにした。

「ええ、私が頼んだのです。貴方を紹介してくださいって。なのにあの人ったら直前でヘタレて「急用を思い出した。」そうです。」

 ウフフとおかしそうに笑う女性。

「まずは自己紹介ですね。ワタシはウルトゥム。このフルボッキ領の領主、松永・フルボッキ・十全の妻、松永・ウルトゥムです。」

「私は黒髪 玄武が娘の雫です。どうぞ良しなに。」

「そんなに硬くならないで、どうぞそちらにおかけになって。」

 ウルトゥムの指し示すソファーは応接用の対面式で間に小さなテーブルがあった。

「では失礼して。」

 雫がその片方に座ると、

「雫さんは紅茶を飲めますか。」

「はい、大丈夫です。」

「では今入れますので少しお待ちください。」

 そう言って自ら紅茶を入れ始めた。

「お、奥様。なぜ自分でお茶を入れるのですか。」

「ふふふ、ご主人様に入れているうちに楽しくなって。今ではワタシの趣味です。」

 今度、大和の茶道も習ってみたいです。と言いながら手際よくお茶の用意をしていく。

「どうぞ。」

 雫の前に紅茶の注がれたティーカップが差し出された。

 雫はウルトゥムが対面の席に座るのを確認してからお茶に手を付けた。

「いただきます。」

 ふわり。

 一口、口に含んだところでその芳醇な香りに気が付いた。

「美味しい。」

「お口にあってよかったですわ。」

 紅茶は今では高級品だ。

 大和では緑茶が主流で、あえて紅茶にするのは一部の好事家だけだった。

 その為、良家の子女である雫だが武芸にかまけてたばかりでこういうものには疎かった。

 それでも、この紅茶が優れた技術で入れられたことがその香りから感じることができた。

 雫はもう一口飲んでため息をついた。

「どうやら緊張はほぐれたようですわね。」

「はい、すみませんお手を煩わせてしまって。」

「いいのですよ。こちらがお呼び立てしたのですからこれくらい当然ですわ。」

 そう言って自身も紅茶を口に運ぶウルトゥム。

「姉さま。お茶請けをお持ちしマシタ。」

 そこへ、先ほどのニャルと呼ばれた小さなメイドがお菓子を持ってきてくれた。

「どうぞ、こちらも遠慮なく召し上がってください。」

「あ、ありがとうございます。」

 お菓子は甘酸っぱいベリーの焼き菓子だった。

「こちらは当家の料理長が作った者なんですよ。」

「え、料理長って予備役とは言え、少佐の位のあのムキムキの方?」

 雫は配属時に紹介されたメイド服を着た男性を思い出し、手の中のお菓子とのギャップに驚く。

「彼はご主人様の戦友で、戦後にうちの料理長になったのです。」

 戦友。

 その言葉に軽い嫉妬を覚える。

 それを飲み込むようにお菓子を食べて、紅茶を飲――――

「それで雫さんは今でもうちのご主人様が好きですか?」

 めずに吹いた。

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