第4話 女王の思惑(1)

 『資格者』カロルス・アントニウスと公に名乗ることを女王ディアナ十四世から認められたシャルルは晴れて第二王女ソフィアの騎士となった。

 博物館のモニュメントとなっていた発掘兵器である機動甲冑『エールセルジー』もアルス・マグナの管理下に置かれ、女王から当初提案のあった軍務府の管轄には置かれずに運用されることになった。

「これでわたくしの意のままにシャルルを使えるようになったと考えれば、かえって好都合というものですわ!」

 ソフィアはシャルルの留守中に彼の邸宅を訪れて、腹心ともいえる侍女と談笑していた。かつて読んだ本の中に現れて、彼女の心をときめかせていた『資格者』を自分の配下に置くことを許された王女は、とても上機嫌そうにリンゴ酒を口にしている。

 シャルルを『よそ者』と考えていた第一軍務卿メガイラの意向もあって、軍務府の管掌する王国正規軍の指揮命令系統に彼は含まれない決定となったが、ソフィアはこれを逆手に取って『資格者』と『機動甲冑』が現代でどのように利用できるか、様々試してみようと考えていたのであった。

「王女様の思惑通りに進んだ、ということですね」

「王国の正規軍には『機動甲冑』を運用する体制が整っていませんから、まずはわたくしの駒として動かした方が無駄にならずに済む、と考えたのです。お母様にもその旨を説いて、お許しを得ました」

 王族ではあるものの、王でも王太子でもないソフィアには軍権というものがなく、自由に動かせる兵がいない。先の外遊の折に護衛についていたアグネアたちはソフィアを含む外交使節を守る目的で正規軍の中から割かれた人員に過ぎず、ソフィアが自由に動かせる者たちではなかった。

 よって、ソフィアがヘレナのような侍女たち以外に自由に動かせる駒を得たことは非常に大きな意義がある。

「この度初めてシャルル様の存在を知った貴族も多いことでしょう。いくら博物館の機動甲冑を動かしたとはいえ、誇り高い貴族たちがシャルル様のようなを受け入れるとは考えにくいですから」

「ええ、その通り。せっかく手に入れた『資格者』を飼い殺しにされては、たまったものではありませんわ」

 ですから、シャルルには実績を作ってもらわなければなりませんが、何から手をつけましょうね――とソフィアは思案した。『資格者』を運用するといっても、具体的にどんなことに使えるのか、彼女にも具体的な妙案があるわけではない。

「一度、アグネア様にご相談してみてはいかがでしょうか?」

「そうですわね」

 粉の挽き方は粉屋に、パンの焼き方はパン屋に、と申しますしね――。

 そうつぶやいたソフィアの意思決定から行動に至るまではとても迅速であった。その日のうちにアグネアのいるクラウディア家の屋敷へと向かった。


 ***


 そのクラウディア家の屋敷の一角で王国公認の『資格者』ソードホルダーとなったシャルルが貴族の子女を相手に剣術の指導を行っていた。

 ソードホルダーとは『剣を持つ者』を意味する古代語であり、剣とは機動甲冑の鍵である短剣を指す。したがって『機動甲冑の鍵を持つ者』を表す称号といえる。

 しかし、この現代において機動甲冑という存在は使い方のよくわからない発掘兵器の範囲を出るものではなく、『資格者』ソードホルダーという地位もそれ自体が形骸化していた。正規軍に入ることを許されなかった彼がおのを立てるには、教え子たちとともに剣の技量を磨くほかに無かったのである。

「師範、お手合わせ願います」

「かしこまりました。お嬢様」

 シャルルとオクタウィアはともに訓練用の木剣を構えて対峙していた。より慎重さを身につけたオクタウィアは自分から仕掛けることはせず、ゆっくりとにじり寄っていく。

「イヤァァァッ!」

 先に仕掛けたのはシャルルだった。前に踏み込むと同時に背中の後ろに構えた剣を振り下ろす重い一撃を加えた。

「ぐぅぅぅっ!」

 両手剣を握るオクタウィアは剣を上段に構えて受け流すのが精いっぱいであった。体格の差があまりにも大きすぎるのである。シャルルは攻勢を緩めることなく、苛烈な斬撃を繰り返してオクタウィアを翻弄した。

「お嬢様、そうやって型にはまった動きだけではこの状況は打ち破れませんよ」

「……はいっ!」

 体中のあちこちに古傷を負っていることが示すように文字通り死線をかいくぐってきたシャルルと、長く戦乱から離れた時代に生まれたオクタウィアとでは経験の差がありすぎるのだが、それを理由に手を抜いては彼が指南する意味がない。

 したがってオクタウィアたちが身につけてきた型や理論を下敷きに、より実戦で役に立つように「いかに生き残るか」を重視した剣術を指南していた。剣術だけにこだわることなく体術なども使って、敵味方入り乱れた中で「いかに自身の生存性を確保するか」を教え子に考えさせるものであった。

「わが身に宿る風のオドよ、この剣の刃に宿りて迫る刃を弾き飛ばす力となせ――」

 オクタウィアがつぶやくと握りしめる柄に魔力が宿り、それが長剣全体へ広がって風の渦が生み出される。

「イヤアアアアア――ッ!」

 腹の奥から叫んだシャルルが剣を叩き折らんと振り下ろした瞬間、それは起きた。

「何ぃぃっ!」

 思いもよらぬ力で剣がはじかれ、彼の手元からすり抜けてしまったのである。その戸惑いがほんのわずかな隙を作った。オクタウィアの色違いの目オッドアイはそれを見逃さなかった。

「ヤァァァッ!」

 一歩踏み込んだ彼女の刺突がシャルルの首元に迫り、あわや貫くかというところで止まった。肩で息をしたオクタウィアであるがその眼差しには緊張が残っている。

「はぁ、はぁ、はぁ……チェックメイト、でしょうか」

「不覚を取りました……天晴れでございます。お嬢様」

 この時初めて、オクタウィアはシャルルから勝利をもぎ取った。純粋な剣術と体術だけでは勝てる相手でなかったが、剣の打ち合いのさなかに風の魔術を詠唱し、その力によって足りない実力を底上げした末の結果である。

「なるほど、魔術というものはそのように使うのですね。恐れ入りました」

「オドを剣に流し込むには精神を研ぎ澄ます必要があり、剣の打ち合いの中で上手くいかなかったのですが、ようやく成功させることができました。お手合わせいただきありがとうございました――あっ!?」

 会釈したオクタウィアが視界の片隅に何かを認めて戸惑いを見せた。それに気づいたシャルルが後ろを振り返ると、金髪碧眼をもつ主人が遠くで手を振っていた。

「シャルル~! 励んでいるようですわね~!」

 ソフィア王女が遠くから彼らの剣の打ち合いを見守っていたようであった。王女がすぐ近くまでやってきたのでひざまずいてこれを迎えた。別の貴族の子女たちの指導を行っていたアグネアもその場に駆けてきて、ソフィアに会釈をした。

「これは王女殿下。わざわざお越しくださり、光栄に存じます」

「励んでいるようですね、アグネア。お邪魔して申し訳ありませんでした」

「ご用件でしたら一声かけてくだされば、私からお伺いに参りましたのに」

「いえ、人にお願い事をするのに呼びつけるのは失礼ではありませんか。こちらから出向いて当然ですわ」

 夕方が近かったので軽い挨拶をして、さっそくソフィアは本題を切り出した。

「お願い事とは他ならない、資格者のことです。このたびわたくしの配下と決まりましたが、わたくしには軍事のことがよくわかりません。そこでアグネアに意見を求める機会が欲しいのです」

 ソフィア王女が従軍経験を持たず、武官から教育も受けていないことはアグネアも知っている。そのソフィアがどうやって資格者や機動甲冑を運用するのか、アグネアも内心不思議に思っていたところであった。

「資格者をどのように運用すればよいかを知りたい、ということでしょうか」

「ええ、その通りです。もし可能でしたら、新兵たちの軍事教練に資格者を加えていただきたいのです。この機会にわたくしも経験を積んで学びたいので、公務の隙間を見つけて教練に参加したいと思います」

「おお、そのようなご用件でしたか!」

 自らも軍事教練に参加したいという王女の熱意に心を打たれたアグネアだが、戦象を優に超える大きさになる機動甲冑を動かすには、日頃の教練に使用している敷地は狭すぎる、という問題があった。

「そうすると、機動甲冑を動かすために十分に広い敷地が必要になりますね。王都の外の演習場の使用許可を得る必要がございます」

「それはわたくしから王太子殿下おねえさまにお伝えいたします。もし、演習場が使えたら、前向きに考えていただけるかしら?」

「もちろんです。新兵たちも演習場を使うことができるのでこちらにも利益がありますから。何より、新兵たちにも良い刺激になるでしょう」

「ありがとうございます。演習場が使えるように交渉してまいりますわ。では、シャルル、オクタウィア、ごきげんよう!」

 そして、アグネアの屋敷を後にしたソフィアは、その夕方のうちに姉である王太子ベアトリクスに面会を求め、演習場の使用許可を得たい旨を伝えたのであった。


 ***


 その頃、王太子ベアトリクスにはある悩みがあった。ここ最近比較的良好であった体調がすぐれなかったのである。

 アルス・マグナに毎日のように通い、機動甲冑の研究という非常にやりがいのある取り組みを物心両面で支援してきたが、ある時身体に痛みを覚えて公務を休むことになってしまった。

 その後も疲労や倦怠感が取り切れないところに、有力貴族たちが彼女を訪ねてやってきた。体調のすぐれない王太子を気遣っての見舞いであればまだよかったが、そのような趣旨ではなかったために、彼女はかえって疲労困憊してしまった。

 このようにベアトリクスの体調と機嫌が最悪な状況で、運の悪いことにソフィアが訪ねてきた。機動甲冑を実際に動かして、どのように使っていくかを模索したい――そんな妹の生き生きとした姿が恨めしく思えてしまうほど、病弱の王太子は精神的に弱っていたのであった。

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