第21話 資格者《ソードホルダー》カロルス・アントニウス

 シャルルがこの王都に滞在を始めて三週間余りが過ぎた。街がいつもより賑わった雰囲気を漂わせているのに気づき、ヘレナに理由を訪ねたらこう言われた。


「間もなく秋分でございます。季節が秋へと切り替わるので皆で祝うのです」


 秋分が特別な意味を持つ。それは言葉も通じない異国の文化でも同じらしい。実に興味深いと彼は感嘆した。


 その日の午後、シャルル・アントワーヌのもとに王城から使者が訪れた。その者は王太子ベアトリクスから彼に宛てた書状を手にしていた。

 そこに記された『カロルス・アントニウス』という固有名詞こそ彼の存在を歴史に刻む名乗りとなった。

 王城からの使者が邸宅を訪れたとき、シャルルは応接室で昼寝をしていた。

 彼に代わって使者が手にしていた書状を受け取ったヘレナは驚きを隠せなかった。王太子からの文書であることを示す封がされていたからであった。


「シャルル様、大変ですッ。起きてください、シャルル様ッ!」

「うーん……どうした、エレーヌ」

「王太子殿下からシャルル様宛に書状が届いたんです」

「なに、本当か」


 がばっと応接室の長椅子から身を起こした彼は書状の封を切って中身を確認した。文字の学習を進めてきたおかげで、言わんとしている内容はあらかた理解できたのだが、見落としがあってはいけないのでヘレナにも読んでもらった。


 ――――――――――――――――


 カロルス・アントニウス殿


 先日はアルス・マグナにお越しくださり、ありがとうございました。

 お預かりした短剣は第一級の魔術師たちによる解析を進めてまいりました。おかげさまで日々興味深いことがわかり、目を見張るほどの進展がございました。

 つきましてはお預かりした短剣をお返ししたいと考えております。


 このほど女王陛下ならびにソフィア王女と種々の協議を重ねてまいりました。

 その結果、選定の剣を抜いた貴殿を『資格者』アルトリウスに連なる者として、新たな『資格者』に推挙したいと内々で考えております。

 つきましては貴殿のご意思を確かめたいと考えております。


 以上のご用件により、恐れ入りますが明日王城までご登城願えますと幸いです。


 貴殿のアルス・マグナへの貢献に総裁として、王太子として御礼申し上げます。


 ベアトリクス・ディアナ・アルトリア

 ならびに ソフィア・ディアナ・アルトリア


 ――――――――――――――――


「二人の王女殿下が連名で書状を出されるなんて……このようなことは滅多にございません。大変なことです」


 ヘレナが珍しく興奮を抑えきれずに語る様を見て、これが重大事なのだとシャルルは実感したのであった。


「この『カロルス・アントニウス』というのはなんだ?」

「異国の出身でいらっしゃるシャルル様のお名前をそのまま記すすべがないのです。この国の表記で記すとおそらくこのようになります」

「なるほど、正書法による俺の名前の表現というわけだな。納得したよ、ありがとう」


 シャルルは返書をしたためることにした。もちろん、このような手紙を書くことはこの世界では初めてであるので、ヘレナにも添削してもらったうえでのことだ。


 こうして要請に従う旨を返答した彼は、翌日王城に王太子ベアトリクスを訪ねた。


 ***


「ご機嫌麗しゅうございます。王太子殿下、ソフィア殿下」


 シャルルはヘレナを伴って王城を訪ねた。ヘレナに一緒に来てもらったのは格式的に粗相があってはまずく、いざという時に助け船を願いたいとの判断からである。


「シャルル・アントワーヌ殿、ヘレナ・トラキア殿、ご足労いただき感謝します」


 ヘレナを連れていきたい旨は返書に添えてあったので、ベアトリクスも承知の上であった。なおソフィアが意味ありげにヘレナと頷きあっているところを見るに、彼が知らないところで何かやり取りをしていたのかもしれない。


「まずはこちらの短剣をお返しいたします。間違いなく貴殿のものかご確認を」


 両手で差し出された剣を押し戴くように受け取って確認する。彼が鞘に括りつけていた革製の小袋も含めて間違いなく彼のものであった。


「間違いなく俺の短剣です。ありがとうございます」

「こちらこそ大切な形見をお貸しいただき、ありがとうございました」


 彼が数日ぶりに短剣を再び腰に差すのを見届けたベアトリクスは応接間に皆を案内した。ここからが本題であろう。


「今日お越しいただいたのは貴殿に受けていただきたいお話があるからです」

「新たな『資格者』とおっしゃいましたか」


 『資格者』ソードホルダーとは何日か前にソフィアとともに読んだ歴史書の中に登場した存在である。機動甲冑と呼ばれる巨大な甲冑を自在に操って、人類よりもずっと体躯の大きな巨人たちと渡り合った英雄たちを指している。

 そして、なぜかは知らないが彼の父親である征服王アルテュールもまたその一人であったのではないか――シャルルはそのように考えていた。


「一つ気がかりなことがございます。ここで申し上げてもよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「『資格者』がどんなものか書物で目にしました。しかし現実に機動甲冑を動かしたわけではありません。ましてや俺はこの国では外様とざまにすぎません。そのような者に王国の名誉ある称号を授与することに果たして異論はないものでしょうか」


 選定の剣を抜いた。それは紛れもない事実である。

 それと同時に彼はいずこから来たのかもわからない流浪の騎士にすぎない。これもまた偽りようのない事実である。

 彼は自分がよそ者であることを日々実感している。以前ほど露骨ではなくなったが使用人たちの少なからずが腫れ物に触るように彼との距離感をはかりかねていることも理解していた。この国の王侯貴族たちはきっとそれ以上であろう。

 そのような状況で彼がこの国の英雄に連なる騎士称号を戴くことはきっと望まれぬ出来事であり、数多くの反発を生むおそれがある。異母兄たちが成人するなかで生を享けた庶子でありながら、「シャルル」という古代の英雄に因んだ名を賜った彼にはそれが痛いほどわかるのだ。


「貴殿はご自分を取り巻く状況を理解していらっしゃるようです。おっしゃる通りで貴族たちは言うに及ばず、一部の王族の中にも貴殿を快く思わない向きがあります」

(やはりな……)


 武官登用さえうまくいかなかったのだ。

 それ以上の地位となればさらなる波乱が予想されるのは火を見るより明らかだ。


「王家が後援するアルス・マグナは進取の気性に富むがゆえに、保守的な考えを持つ者たちからは目の上のたん瘤のような扱いを受けています。それもあって一食客に過ぎない貴殿を研究対象としていることを疎ましく思っているのでしょう」

「そこでお姉様と話し合って、シャルルを王国の『資格者』ソードホルダーとして推挙してはどうかと提案したのです。選定の剣を抜いた瞬間にこのわたくしが立ち会ったのですから、僭称などと言われる余地はありませんわ」

「どのみち今のままでは貴殿の立場は弱すぎるのです。アルス・マグナの協力者ではなく王国の『資格者』ソードホルダーとして当事者になっていただいて、わたくしたちも機動甲冑の研究を本格的に推し進める理由を得ることができます」


 シャルルは訝しく思った。なぜ彼女たちはここまで彼を『資格者』ソードホルダーという立場にしようとするのか、その意図がわからないからだ。


(俺にあんなものが動かせるとは到底思えねぇんだが……)


 シャルル自身でさえそうなのだ。確信がない――古代の英雄に連なる存在だとは思えない。だからこそひたすらに剣技を磨いて、受け継いだ名に恥じないよう努力を重ねてきた。だが、こればかりは努力を以ってしてもどうにもならないように思われてならないのだ。


「……恐れながら、両殿下。今この場でご回答する必要がございましょうか」


 ずっと沈黙を保ち、彼の傍らに座っていた銀髪の侍女が口を開いた。


「シャルル様は博物館に行かれたあの日からご体調がすぐれないようなのです。以前ほど食事をお召しにならなくなりました。心労が多かったのではないかと気にかかっておりますので、少しお時間をいただきたいと存じますがいかがでしょうか」


 その言葉に彼は目を見張った。ソフィア王女の忠実な侍女であるヘレナが、二人の王女に向かってこのような意見を述べたのだから。


「わかりました。この話はしばらく保留といたしましょう。それよりも体調が気にかかります。しばらく静養なさってください。必要ならば主治医も派遣します」


 彼の健康状態を一番理解しているヘレナの言葉であるからこそ、二人の王女たちはあっさりと受け容れて、引き下がったのであった。


 王城からの帰途は一台の馬車を手配された。その中に彼とヘレナが乗り込んで邸宅へと送り届けてもらうことになった。二人の王女に見送られる様を目の当たりにして手厚いもてなしにヘレナもまた驚いていた。


「両殿下ともにシャルル様がこの国に必要な方と真にお考えなのでしょう。そうでなければきっとこのようなことはないと思われます」


 そう感じているにもかかわらず、重要な決断を下すのを先延ばしできるようにヘレナは取り計らってくれた。なぜそうしたのか問うと、このように彼女は答えた。


「私は侍女でございます。お仕えする方の心情や体調を理解して、適切な環境を整えるのが役目ですから」

「君の職務への忠実ぶりに敬意を表するよ」


 彼がそういうと、彼女はそっと手を握ってこう言った。


「職務だけでこのようなことを申しているとお考えですか」

「いや、君の愛情をありがたく思うよ。君についてきてもらって、本当によかった」


 馬車の中のわずかな時間、二人は互いに手を握り合っていた。


 ***


 翌日、ソフィア王女が再び邸宅を訪れ、彼を博物館へと誘った。前に見ることができなかった展示物を見せたいという。王女に連れまわされるシャルルは博物館でぼうっとそれらの展示物を眺めていたが、今一つ退屈であった。

 彼の脳裏にずっと引っかかっているものがあった。例のケンタウロスのことだ。夢にまでしつこく出てくるのだからまいってしまう。

 そんな彼が再び、鋼鉄の人馬獣のもとにやってきたのは何かの必然であったかもしれない。


「あの……ソフィア様」

「どうしましたか、シャルル」


 二人で見上げる巨体は微動だにしない。しかし、彼はすでに夢の中でこれを乗りこなしているのであった。それこそ呼び名までつけるほど気に入っている。


「俺にこのケンタウロスが操れると思いますか」


 シャルルは腰の鞘から短剣を引き抜いた。装飾の中心にあしらわれたガーネットがきらりと光っている。


「この短剣をかざして巨像がひざまずく――そんなことが起こりえると思いますか」


 そんなことは夢だ。現実に起ころうはずがない。


「さあ……そんなこと、わたくしにはわかりませんわ」


 ソフィアはにべもなくそう言った。それは無理もないだろう。


「ですが……シャルルは選定の剣を抜いたのです。あなたにはきっと何らかの資格があるに違いない――そう信じます。今はそれがわからないに過ぎないのです」


 そうつぶやいたソフィアの目はキラキラとした宝石のように輝いていた。

 一切の曇りなく、青く澄んでいた――。




 この日、機動甲冑『エールセルジー』は前触れなく動き出した。突如として鉄の軋むような音がして、ロープのような物が降りてきたという。

 その場にはルナティア第二王女ソフィアと、流浪の騎士であったカロルス・アントニウスが立ち尽くしていた。この知らせは博物館の研究員のみならず、機動甲冑の研究を行っていたアルス・マグナの研究者を驚かせることとなった。

 その研究者の一人、カリス・ラグランシアは回顧録にこんな言葉を遺している。


 あの日、私たちは図らずも目にした。

 千年来の『資格者』ソードホルダーの再来を――。


 ― 第一章 完 ―






 ◇◆◇◆◇ お礼・お願い ◇◆◇◆◇


 第一章完結です!

 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 女だらけの国で、いろいろなヒロインが登場しました。

 天真爛漫な正統派ヒロイン・ソフィア王女!

 賢く慎ましやかな月夜のヒロイン・ヘレナ!

 彼と剣を交えた武闘派ヒロイン・アグネア!

 彼を師範と仰ぎ、武芸を磨くオクタウィア!


 彼女たちと主人公・シャルルの活躍がもっと読みたい方は、

 どうぞ★評価とフォローをお願いします。


 第二章以降もどうぞお楽しみに!

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