遅すぎた日々が巡って
第二話 遅すぎた日々が巡って( 一 )
一
意識が浮上するのと同時、痛みは全身に舞い戻ってきた。ぎゅうと目を
一体、何度繰り返せば自分は消えてしまえるのか。
重い身体を
この大きな着物は誰のものだ。何よりここはどこだ。と、声が響いた。
『目が覚めたか』
たくさんの風鈴に混じったきれいな低音。聞き覚えがある、そう思ってゆっくりと記憶の中を探る。 「
ぽつり、声が零れ落ちた。
そうだ、刹貴だ、この声は。
助け、られた。
息が詰まるような恐怖が身体を満たす。考えるより早く仔どもは布団から這い出した。
出口は。
出てく、 出てく、出てく。
それしか思考のなかにはなかった。
『どこに行く気だ』
声をかけられ、手首に温かな体温が触れる。引き寄せられる。悲鳴を上げて、仔どもはその手を振り払った。勢いあまって、したたかに腰を床に打ち付ける。
だがそんなちっぽけな痛みに構ってやっている暇はなかった。相手が驚いている間に、仔どもは一心に部屋中に視線を巡らせた。広い土間に
身体がついてこないもどかしさを感じながら、届かない扉に向かって手を伸ばす。
『馬鹿な真似は止せ』「 、ひッ」
仔どもは息を呑んだ。反射的に身体が
背中が
「いや、 止めッ、 止めろ、放せぇ ッ 」
持てる体力すべて使って、仔どもは抵抗した。
細くしか開かない喉を精いっぱい振り絞って叫ぶ、得体の知れないものへの恐怖が、仔どもを動かす。
それなのに暴れれば暴れるほど、拘束は強くなった。相手は、刹貴は、手負いの仔どもの抵抗など、まったく苦にしていないのだ。
三度、腕の力が強まったとき、仔どもは抵抗することを止めた。それだけの体力が残っていなかった。あがった息が鋭い痛みを喉と心ノ臓にもたらす。くずおれながら、うわごとのように仔どもは放せ、と繰り返した。刹貴の手は退かない。
何の、 何の罰なのだ。これは。
こんな結末を、望んでいたわけじゃない。
嫌というほど思い知ったのだ。期待することは誤りであると。だからどうか、これ以上苦しめないでほしい。自分というイキモノはとても
『あまり暴れてくれるなよ、傷が開く』
したくても、出来ない。この状態では。肩で荒い息をこぼす。
『見ろ、やはり開いている』
腕を持ち上げられる。
着物をまくられ、
仔どもは身を震わせる。血を恐れたわけではなかった。それは恐れるものではない。怖かったのは、この声の持ち主。この声に、波はない。それなのに、気遣うような響きが含まれているような気がするのは、どうか幻であってほしいと仔どもは願った。
何より仔どもは身体の大きなひとが怖かった。どうやっても敵わない体格差は、容易に仔どもを傷つけられる。
なぜこんなことになっているのか、仔どもは分からない。死ぬのかと訊ねられ、そうだと返した。死なれると困ると言われた。
それがこの結果なのか。
『足はどうだ。ほかは』
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