パワハラ上司の末路

「スゴい力……!」


 仮面の中に警報が鳴り響き、モニターが赤く点滅する。

 中央に表示された人体図は、背中に大きな×を付けていた。


 着る骸骨こと〈PDF〉は、破格の防御力を有している。


 ガラス化した金属で作られた装甲は、ロケット弾が直撃しても壊れない。


 簡単に破れそうなボディスーツも、世界一丈夫な鹿革しかがわを使った特注品だ。

 穴をけたいと思うなら、大型のライフル銃を用意する必要がある。


 ただし、鉄壁の〈PDF〉も、完全に無敵ではない。


 それにいくら外側が頑丈でも、中身は生身の化け物だ。

 当然、衝撃を緩和する装置は内蔵されているが、ダメージをゼロに出来るわけではない。


 ベベ……ブブブ……。


 邪魔者を一掃したハエは、出口に這い寄っていく。

 大分避難は進んだが、園内にはまだまだたくさんの人が残っている。


 このまま手をこまねいていたら、惨劇が起こるのは間違いない。


「おい、ロリ! 起きろ、ロリ! 私の命が風前のランプだぞ!」


 ディゲルはゴミ箱の上に立ち、何度も何度も〈サティ〉に呼び掛ける。

 近くのフェンスを盛んに揺さ振る姿は、チンパンジー以上にチンパンジーらしい。


 熱いご要望におこたえし、〈サティ〉はあお向けの身体を起こす。

 少なくとも、脳は「起きろ!」と命令を出した。


 だが、身体は動かない。


 普段は浮いているドローンも、だらしなく地面に転がっている。


「どうした!? まさかまた三途さんずかわを渡っちまったんじゃないだろうな!?」


「強い衝撃を受けたせいで、身体が痺れちゃったみたい……」


「〈レオパルドローン〉は!? 〈レオパルドローン〉で身体を吊り上げられるだろ!?」


「無理。今は動かせない」


〈サティ〉はうめき声と一緒に絞り出し、自分の手足に目を向ける。


 常に光っているはずの流動路が、カラータイマーのように点滅している。


 大きなダメージを受けた時は、いつもこうだ。

 激痛に集中を乱され、うまく〈発言力はつげんりょく〉を送れなくなる。


〈サティ〉やドローンは、延髄の走馬燈そうまとうから吸収した〈発言力はつげんりょく〉で稼働している。

 燃料の供給がおろそかになったら、動かなくなるのも無理はない。


「どうして諦めるんだよ! お前がいなくなったら、誰が私を守るんだ!?」


 ディゲルは暑苦しく身体を振り、松岡まつおか修造しゅうぞうばりに叱咤する。


「ごめん、もう少し待って……」


「えぇい、役に立たんロリめ! 全部終わったら、変態ジジィに売り渡してやる!」


 ディゲルはゴミ箱から飛び降り、ハエの背後に回り込む。

 それから何発か発砲し、ハエの視線を自分に向けた。


「こっちだ! こっちに来い!」


 ディゲルは頭の上で手を振りまくり、ハエの気を引き続ける。

 そうしながら少しずつ後ずさり、ハエを人だかりから引き離していく。


「あ、あのジャイアニズムの化身のような長官が……!?」


「じ、自分を囮にして、みんなを救おうとしている……!?」


「今回は大長編なのか!?」


 ディゲルらしくない勇気に、〈3Zサンズ〉の隊員たちは驚きの表情を浮かべている。

〈サティ〉も空をチェックしているが、槍が降ってくる気配はない。


「愚民どもには手を出すなよ! 私が偉いオッサンに叱られるからな!」


 ディゲルは声に合わせて拳を振り下ろし、念入りに忠告する。

 その瞬間、隊員たちはびっくりするほど無表情になり、真っ白い目をディゲルに向けた。


 つい数秒前まで回復傾向にあった人望が、ブラックマンデーばりの大暴落だ。


 ベベ……ブブブ……!


 まさかディゲルの言葉を理解したのだろうか。


 ハエは返事をするようにはねを鳴らし、わずかに顎を沈める。

 ついでに尾をしならせ、ディゲルの足下に叩き付けた。


「ぬわー!?」


 間抜けな悲鳴を合図に、人型の流れ星が宙を舞う。

 くるくる回る姿は楽しげだが、当人的には洗濯機に放り込まれた気分だろう。


 一〇秒ほどで落下音が轟き、芝生から土埃が舞い上がる。

 ベージュの煙が晴れると、大の字のディゲルが空をあおいでいた。


 非常に残念だが、胸は図々しく上下している。

 ハエ渾身の一撃も、ディゲルの心臓を止めることは出来なかったらしい。


「や、やっててよかった、受け身の練習」


 ほっと息を吐き、ディゲルは力なく笑う。


 しかし安堵の表情は、すぐ凍り付くことになる。


 枕元に立ったハエによって。


「や、やぁ、こんばんは」


 ディゲルは引きつった頬を吊り上げ、ハエに微笑み掛ける。

 その傍ら、密かに手を動かし、愛用の拳銃を探し始めた。


 残念なお知らせだが、お探しのものは手元にはない。

 流れ星になった時にすっぽ抜け、どっかへ飛んでいった。


「上司の場合、香典の相場は一万くらいか?」


「五〇〇〇円でいんじゃね?」


「あ、俺、喪服持ってねーや」


3Zサンズ〉は完全に諦めムードで、手を合わせている隊員も多い。

 逆にケガを押し、助けに行こうとする隊員は一人もいない。


〈サティ〉はつくづく思う。

 やはり部下には、普段からコーヒーの一杯でもおごっておくべきだ。

 間違っても、小銭を巻き上げ、チョコを買ってはいけない。

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