トンネルも性格も欠陥だらけ

「ただ、今日は日曜日です。来園者の数が多く、避難が完了するまでには時間が掛かると思われます」


「今日は休日か……!」


 苦々しげに言い、ディゲルはスマホに表示された日付を睨み付ける。


「逃亡中のハエにしても、我々では駆除することが出来ません。都市部に向かわないように、牽制するのがやっとです。機動部隊も尽力していますが、既に負傷者が出ています」


 北島きたじまは弱々しく訴え掛け、ディゲルに指示を求める。

 さすがに泣いてはいないだろうが、目は潤んでいるかも知れない。


「情けないと言いたいところだが、これではな」


 ディゲルは苛立たしげに吐き捨て、かまくらの外を眺める。


 トゲの豪雨のせいで、壁や床は穴だらけになっている。

〈サティ〉は何度も銃撃戦を見たことがあるが、ここまで風通しがよくなっているのは始めてだ。


「分かった。機動部隊のほうには応援を送る。他の班は引き続き、来園者の避難を急げ。分かってると思うが、避難させた連中の身元は控えておけよ。ハエが卵を産み付けた可能性がある以上、しばらくは監視しなきゃならんからな」


 ディゲルはスマホを操作し、通話相手を切り替える。


「話は聞いてたな、神尾かみお?」


「動物園のほうはええんか?」


「ああ、そっちには私たちが向かう。現在地から近いしな」


 ディゲルは額を押さえ、うめくように付け加える。

 楽観的過ぎる自分に、嫌悪感を抱いているのだろうか。


「動物園で死体が見付かったからと言って、ハエが動物に卵を産み付けたとは限らんだろ? 何も起きない可能性も、ないとは言い切れない」


「……すっごく低い可能性だけどね」


 力なく笑い、〈サティ〉は首を左右に振る。


〈サティ〉はよく周りに、ネガティブだと言われる。


 ただ今回だけは、世界一の楽観主義者でも同じ発言をしたはずだ。


「とにかく、ウチもなるべく早く片付けて、そっちに向かうで! 愛しのスズリンと、全世界の女児のために!」


 暑苦しく宣言し、四風よんぷうは電話を切る。

 その瞬間、ディゲルは〈サティ〉を見つめ、がさつにつばを飛ばした。


「と言うわけで、一刻も早くここから脱出するぞ!」


「了解……!」


〈サティ〉は小さく頷き、視線を上に向ける。


 その気になれば、天井をぶち破り、地上に飛び出すことも可能だ。

 しかし外に繋がる穴を空ければ、ハエの大群を逃がすことになりかねない。


 今までハエたちは、窓が割れ、玄関の開いた研究所に留まってきた。


 である以上、建物にハエを逃がさない仕掛けがあると考えるのが普通だ。


 ただし、絶対にハエが逃げ出さないと言う確証はない。

 派手に建物を壊せば、彼等を閉じ込めている仕掛けに影響を及ぼす可能性もある。


 ではトゲの嵐の中を突っ切り、地上を目指す?


〈PDF〉を装着した〈サティ〉なら、それも可能だろう。

 だが防護服のディゲルは、五秒もたない内にハチの巣だ。


 それなら、この場にかまくらとディゲルを残し、一人だけ外に向かう?


 なかなかいいように思えるが、その手は使えない。


〈サティ〉がクモを実体化していられる距離には、限界がある。

 現在地にかまくらを残していったとしても、ある程度離れた瞬間に消えてしまう。


 かと言って、ハエの大群を殲滅するのは時間が掛かりすぎる。


「よし……!」


 腕輪から大量の子グモを垂れ流し、両手をひねる。

 すると上下左右から子グモが這い出し、黒いかまくらを前方に伸ばしていく。


 あっと言う間にかまくらはトンネルと化し、現在地と階段を一直線に結んだ。


「走って!」


 全力で叫びながら、ディゲルの背中を押す。

 瞬間、ディゲルは地面を蹴り、中腰の体勢から前に飛び出す。


〈サティ〉もまたスタートを切り、漆黒のトンネルを駆け抜けていく。

 同時に頭上のドローンを操り、自分の両腕を吊り上げた。


 忙しく子グモの大群が蠢き、階段を駆け上がっていく。

 更に大群は筒状に結合し、地下と一階を黒いトンネルで繋いだ。


 子グモにコーティングされ、スロープ状になった階段は、登り坂そのもの。


 元々、段差が大きかったこともあり、角度はかなりきつい。

 ドローンに吊られた〈サティ〉はいいが、ディゲルは筋肉痛待ったなしだ。


 おまけに上下左右からは、ひっきりなしに黒い破片が飛び散っている。

 トンネル内は黒くかすんだ状態で、目のライトでも照らしきることが出来ない。


「おい、これはどういうことだ!?」


「どうもこうも、ハエの大群が追い掛けて来てるんだよ!」


「さっきまで完璧に防いでたじゃないか!」


 ディゲルは一瞬振り返り、背後の〈サティ〉を罵る。

 必死に頭を押さえる姿は、空襲にでも遭っているかのようだ。


「距離を長くした分、天井役のクモが少なくなってるんだよ!」


「天井役が少ない!? そりゃどういう意味だ!?」


 ディゲルは大きく目を吊り上げ、充血した眼球をす。


 自分には激甘なくせに、他人の判断には難癖なんくせを付けてくる――。


 理想的な性格には、尊敬さえ覚えてしまう。

 普通の人なら、恥ずかしくて生きていけないはずだ。


「天井が薄いってこと!」


 馬鹿でも分かるように言い直し、〈サティ〉はディゲルの背中を掴む。

 直後、頭上から黒い破片が飛び散り、ディゲルの足下にトゲが突き刺さる。


 咄嗟とっさに引き留めなければ、穴がいたのはディゲルの頭だったはずだ。


 いっそ脳味噌の一部でも削ってもらえば、少しは性格がよくなっただろうか。

 鬱陶しい頭が落っこちれば、もっとベストだった。


「天井が薄い!? どっかの欠陥マンションじゃあるまいし!」


「仕方ないでしょ! いっぱい出せるって言っても、限界があるんだから!」


〈サティ〉は声を出し、代わりに足を止める。

 すぐに鼻先をトゲが横切り、髑髏どくろの仮面から火花が散った。


 一瞬視界が白く染まり、目に焼けるような痛みが走る。

 反射的にのけ反ると、頭上から数匹の子グモが落ちた。


 痛みに気を取られたせいで、子グモの操作がおろそかになったらしい。


 トンネルの天井に穴がき、数秒間、ハエの蚊柱が覗く。


 もちろん、〈サティ〉は最速で穴を閉じる。

 だが補修が終わった時には、既に数匹のハエがトンネルに入り込んでいた。

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