27 事件解明④

「あの、熊田さんはなぜ、露天風呂にいたのでしょうか?」

 森田一子が尋ねた。

「ええ、熊田は、岡倉さんがご主人に露天風呂に入ろうかしらと話していたのを聞いていたのではないでしょうか。だから、熊田は女湯を覗くために露天風呂にいたと考えられます」

「でも、なぜ着ぐるみを?」

 神田久子が尋ねた。

「熊田は男湯の脱衣所で熊の着ぐるみに着替えてから、露天風呂の柵を乗り越えて、森の中に隠れようとしていたのだと思われます。もし、女湯を覗いているのがバレても、熊に変装しているので捕まらないと考えていたのでしょう」

「もし露天風呂に入っている最中に熊が覗いているのに気づいたら、私だったら、まず叫び声を上げますね。それから逃げます。脱衣所へ逃げてから、ドアを開かないようにします。それから館内へ逃げて……」

 岡倉君子が言った。

「おう、そうしている間に男湯に戻って、着ぐるみを脱いで片付けてしまえば、バレずに済むってか」

 係長が岡倉の言いたいことを補完した。

「熊の着ぐるみは、熊田から言われて吉村が用意したものですね。吉村はテレビのヒーロードラマの仕事も手掛けていました。自宅からは戦隊ものや怪獣の着ぐるみがたくさん見つかっています」

「あーあ、お子様たちが泣くぞ」

 係長がつぶやいた。

「ところがです、熊田が男湯の柵を越えて森へ移動しようとしたら、露天風呂の下から吉村が叫んだのです。『熊田ー! 熊田ー!』と。その時、ある男が猟銃を持って自殺するために、すでに森の中にいたのです」

「あっ、江島健か!」

「あー、なるほどー」

 係長と京子が驚いた。

「オレオレ詐欺の被害に遭い、全財産を奪われた猟友会のハンター、江島健さんが自ら命を絶つために、ちょうど、たまたま森の中にいたのです」

 私の話を聞いて、旅館の従業員たちがハッとした。

「江島健さん、ですか、猟友会の?」

 神田久子が訊いた。

「ええ、そうです」

「江島さんがそんな目に……」

 神田正雄がひどく驚いた。

「はあーーー、あんなにいい方が、まさかそんなことに……」

 森田一子は目頭を押さえた。

「皆さん、江島さんをご存知なんですか?」

 係長が尋ねると従業員は皆小刻みに頷いた。

「先代の頃から、うちの旅館に何度もお越しいただいている常連のお客さまなんです」

 神田正雄が悲しそうに言った。

「そうですか」

 係長はそう言って、私をチラッと見て頷いた。話を進行させる合図だ。

「話を続けます。吉村が露天風呂の下側から『熊田ー!』と叫び、江島さんがそれを聞きました。吉村は熊田を呼んだだけなのですが、江島さんにはそうは聞こえませんでした。『熊だー! 熊だー!』と聞こえたはずです。江島さんはこう思ったでしょう、『熊が出現した』と」

「おう、なるほど」

「江島さんが露天風呂の方を見ると、熊の着ぐるみを着た熊田が、柵を乗り越えようとしていたはずです。江島さんは熊がいると思い込み、銃を構えました。熊田は何者かが森の中にいることに気づき、男湯へと戻りました。江島さんも柵を乗り越えて、男湯へ来ました。そこで、江島さんは、熊に向けて発砲したのです」

「いや、そんな……」

 神田正雄が絶句した。

「何という不運な……」

 係長は眉間にしわを寄せた。

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