7通目。陛下への貢物

ギルロード帝国の皇帝オーウェン・イースト・ワール様の誕生日。

それは歳を一つ重ねたことを祝うためのものではなく、あくまでも政治的な行事だ。

支国は彼に国の逸品を献上し、帝国はそれらを受けて暗黙に今年の協定を受理したものとする。

誕生日は一日だが、一週間に渡って執り行われる “まつりごと” なんだ。



「という訳だから、ウォーカーさん。ちょっと遺跡に行って来てくれませんか」


私は研究室でオーマン様と対面している。

ここで「はい」と簡単に頷いてはいけないと頭で警鐘が鳴るものだから、話を振り返ってみたい。

彼の話は要約するとこうだ。


——古代遺跡に眠るとされる秘宝を陛下に献上することになったから、取ってきて。


今年はギルロード帝国が建国されてから三百年という大きな節目。

支国にも中枢部であるギルロードの強さを今一度誇示するのに良い機会だ。

手っ取り早くその権現をあらわすのに、皇子から陛下への贈り物として秘宝が選ばれた。らしい。

確かに、皇子が秘宝を献上するというのは、今後のことを考えても良い判断だと思う。

しかし、「古代遺跡」……。

それはもしかしなくても、私に何かとんでもない責というものが任されてはいないかな?


「明日の朝には出発だから、頼みますね!」


前に座ってニコニコしている魔導師長様に、私の頬は引きつった。

どうやら最初から私には拒否権なんてものは与えられていなかったみたい。


「あ、あの。もし見つからなかった場合は……」

「一ヶ月もあるから大丈夫ですよ。ね?」

「……」


有無を言わさぬ圧が「ね?」の一音にこもっていた。







いつの間にか用意されていた私の立ち位置は、今回秘宝の探索に駆り出された〈青の龍〉と〈赤い雀〉から選ばれた騎士たちの指導役。

肩に乗り切らない責任が重い、重すぎる。

それも、皇子エドウィン様までいらっしゃって、私の胃には穴が開きそう。

転移装置で一気に〈ポルメリア遺跡〉の前まで飛び、今は石でできたその建築を調査中。

石碑を解読しては、道を見つけて前に進む。その繰り返しだ。

それだけなら、まだしも……


「「ギャーーー!!」」


暗い遺跡から雄叫びを上げて突如現れるのは、人間を食らう魔物たち。

なんとこの遺跡、長い間放置されたために魔物の棲家になっている。

なるほど、こうやってダンジョンは出来上がるらしい。

騎士の皆さんはせっせと魔物退治だ。


「大丈夫か、せんせ」

「もうヤダ……」

「そんなこと言わずに、元気出せよ〜」


仕事で親しくなったダグラスさんが、今は唯一心の頼りである。

私は彼に励まされながら解読するが迷宮とも言うべきこの遺跡に入ってから、もう一週間が経ちそうなのだ。心が折れそうにもなる。

こんなに風呂に浸かれないのも、数年ぶりだ。

しかし、それはこの場にいる人全員が同じことなので、これ以上の弱音は吐けない。


「えっと……、これは……」


私は細かい字と向き合うせいでしばしばする目を擦った。

復路を考えると、そろそろ秘宝を見つけないと誕生祭に間に合わない。

私は焦って、いや。苛々していた。

やっと解読して進んだと思っても、目の前に立ち塞がる大きな岩。

騎士の皆さんが手がかりを集める間、私は地面に座り込んで目を休める。


「……文字らしきものが見当たらない」


そこで最悪の事態があなたから告げられた。

騎士の皆さんが総出で探してくれたのに、岩以外は何も見つからなかったんだ。

皇子の厳しい表情。

沈黙と共に襲ってくる疲労の波。

私に向けられる、名状し難い視線。

手は尽きた。

何で私がそんな視線を受けなくてはならないんだろう。

秘宝を得る確証なんて無いと、この遺跡に入るまでは皆心ではそう思っていたはず。

やるせない。腹が立つ。

私はフラフラ大きな岩の前まで行くと、


「おいっ。せんせー?」


ダグラスさんの声なんて耳にも入らず、両手をついてそれを押した。


「ひーらーけー!!」


目も当てられないとは、こういう時に使う言葉なのかもしれない。

苛立ちに任せ、私は物理的に岩と対峙することにしたんだ。

だって、何も手掛かりがないのだから。


「やめろ。開くわけがない。魔法で閉じられている」


あなたが止めに来たが、私はとにかく踏ん張った。もちろん岩はびくともしない。

そして、


「ああ、もう!! 〈 افتح يا سمسم 〉!!」


やけくそになって叫んだ呪文。

前世では有名なあの一言。

それを言った瞬間、私の前から岩が消えた。


「え?」


力の行き場の無くなった身体が、宙に浮く。


「嬢ちゃん?! ジーク!!」


ダグラスさんの慌てた声が鮮明に聞こえた。

あなたが私に手を伸ばしたのも、ちゃんと見えたんだ。





「ッ————」

「大丈夫!?」


植物のツタが敷き詰められた傾斜をごろごろ転がり、最後に何かとぶつかって止まった衝撃が私を庇って倒れ込んだあなたから伝わってきたから、すぐさま起き上がってあなたの無事を確認する。

あなたは手をついて、ゆっくり起き上がった。

頭を打ったのか、額に手を置く。


「……人より先に自分の心配をしろよ」


そんな駄目出しを食らうけれど、あなたのほうが大事に決まってる。


「どこも怪我は無い? 本当に大丈夫ですか?」


見たところ怪我は無さそうだが、どこか痛めているかもしれない。

私は気が気でなかった。

あなたはそんな私を見て目を細める。

少しの沈黙の後、


「……。これくらい平気だから。それより」


そう言ってあなたは後ろを振り返る。

先程まで真っ暗な迷宮にいたはずなのに、そこは眩しいほどの光が差し込み緑が豊かな優しい空間だった。

よく見てみると、その先に一振りの剣が地面に刺さっている。


「あれが秘宝みたいだな」


立ち上がると、あなたはその剣の前へ。

私もあわあわしながら後ろをついていった。

秘宝の剣は、いつからここにあるかも検討がつかないが、全く錆びずに白銀に輝く刃が美しい。

どうやら本物みたいだ。


「良かったぁ……」


やっと荷が降りた。

私は安堵の溜息を吐く。

そこでふと視界に何かが入り、私はそれを見た。


「墓石だ」


そこには〈安らかな眠りを、愛するシュナへ〉と書かれている。

墓の側に刺さっているものを持って帰るのは、どうなんだろう。

私はさらに墓石の文字を読み進める。

〈君の帝国に祝福と栄光を〉

その文字を見つけ、シュナという人はかつての帝国の偉人だろうとわかった。

そうであれば、この国のためにこの秘宝を持ち帰るのは、許されるかもしれない。


〈帝国のために、剣をお借りしますね〉


気休めかもしれないが、私は墓石に手を合わせた。


「ジーク! 嬢ちゃん!」


後から降りてきたダグラスさんが私たちを見つけてパッと顔を明るくする。

薄々気がついていたけれど、ダグラスさんはきっと私のことをちょっとからかって「せんせー」と呼んでいると思う。

馬鹿にされている訳じゃないから何とも思わないけれど、「嬢ちゃん」と呼ばれるのも、年齢からして恥ずかしい。今度、呼び方を変えてもらおうかな。


安全が確認された後、全員が中に入ると、エドウィン皇子が秘宝を抜いたんだ。


「これが秘宝——」


抜いた剣に光が反射し、まるで光を纏った聖剣のようだった。

ちゃんと皇子の手に宝が渡り、一同に歓喜が湧いた。

無事に秘宝までたどり着いて本当に良かった。後は城に帰るだけ。


「帰ったら、絶対最初にお風呂に入ります」

「はは。そうしろ、そうしろ! お疲れ。せんせー」

「はい」


ダグラスさんに頭をがしがし撫でられる。

こうなったら早くここから出て、城に戻りたい。

私は皆が帰りの支度の確認をしている間、光と緑の空間でぼんやりとしていた。

少し気を抜いたら、まぶたが閉じそうだ。

みんなまだ仕事をしているのに、駄目な奴だよね。

そうして、うとうと船を漕いでいるものだから、あなたがどこか思い詰めた顔付きで私を見ていたことになんて、全然気がつかなかったんだ。








◆◆◆









——頭が痛い。



ジークフリートは頭を抑えた。

いつからだろう。

最近、不意に頭痛に襲われることが増えた気がする。


「ッ、」


しかしながら、今日は特別頭が痛んだ。

困ったことに、目を瞑ると何か幻覚のようなものまで見える。

きっと秘宝の探索で疲れが溜まっているのだ。

そう思った彼は着替えると、すぐに自室のベッドに横になるが、なかなか寝付けない。

いつもなら快適な寝具ですぐに眠りにつけるのに、一向に眠ることができなかった。


胸騒ぎがするのだ。

何か大事なことを忘れていて、その正体に気がついたときには後の祭りであるような、嫌な予感が。


彼は首から下がっていたペンダントを握った。

それは、自分が記憶を失くした13年前から肌身離さず持っているものだった。

彼は、自分に幼い時の記憶がないことを知っている。

この帝国の西にある森で意識を失っていたところを、偶然移動中だったロマロニルス公爵に拾ってもらった。

そして、それ以前の記憶がない。


ジークフリートも、昔は記憶がなくても今が幸せならそれでいいと思っていた。

しかしながら、成長するにあたり思春期を迎えた彼は、自分の生まれというものが気になるようになったのだ。

手がかりは、このペンダントだけ。

探し始めてから色んなことがあって、引き時を見失ったジークフリートは、未だにこれを持たせてくれた人にたどり着くことはできずに探し続けている。


ペンダントを離し、腕を額の上に置いて再び目を瞑る。

頭痛はまだ治らない。

何か記憶の断片らしき映像が雑に脳裏に浮かぶが、それが何なのか思い出そうとすると弾かれるようにして、また頭痛に襲われる。

今のところ任務に支障がないからいいものの、困ったものだ。


そうしてよく眠れない夜を過ごして朝目を覚ますと、


「……またか」


自分の目からは、なぜか涙が流れている。

ジークフリートにはその理由がわからなかった。

それでも、彼はこれだけはわかった。



自分には思い出さねばいけない記憶があるのだと————


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