第三章 はみ出し者家族と救いなき絶望たち

Act 1.侵略者と狙われた日常

長く奇妙な日


 人は意図しない出来事が好転したとき、自分の手柄にしようとする。


「ええ…? それいいか? 俺は今一つ…」

「私、ファッションリーダーだよ? 任せとけば大丈夫だから!!」

 清々しい… 今日も平和だった。おかげさまで買い物デートにも来られる。

 …来させられてる俺。服がワンパターンだと彼女である瑠奈ちゃん連れられて渋井区しぶいく青西あおにし… 若者の街だ。



「もうやめて? 隼人くん。いちいち値札見ようとするの… 田舎っぽいよ」

「値段から見なかったら、『コレ良いな』って思っても買えないんだぞ? それなら『高いから買わない』でいいじゃねぇか」

「…はぁ。欲しかったら頑張って買えばいいじゃん。あとクーポンとか出すのもやめて?ダサいよ、イケてない」

「少しでも安くして浮いた分で楽しみたいだろ?」

「恥ずかしい思いしてまで浮かしたくない。体裁も保てなきゃに楽しめないし」

 …あー言えばこう言う。でも分かってる、多良木の頃から変わらず楽しんでる。これが有り体なんだ、俺たちの。



「隼人くんはさぁ… 子供とか好き?」

 スイーツをほおばりながら彼女は言う。女の子ってのはホント甘いもん好きだよな。ランチ時だってのになんでスイーツショップに入らにゃならんのだ。俺は苦手で専らコーヒーだ。


「え…っ ま、まだ俺たちひと月とかなのに早いだろ… 気が」

「あ、いやそうじゃなくて… そっか。付き合ってるんだよね… 」

「な、なんだよ。一人納得して…」

「いやね。知り合いに子供がいてね… いっつも家で寂しいそうにしてるから御守に来てほしいなぁ…なんて」

「瑠奈ちゃんち、か… 時間合えば行くよ」

「ホント? 腕によりをかけて料理作って待つからっ」

 …わっかりやすい。彼女は気持ちが入って声がでかくなるタイプだ。きっと『手料理をあなたに…』ってことなんだろうな、子供をダシに使って…


 色んな思惑が交差する、そんな風に優雅な二人の時間を裂くように、突然声をかけてくる二人組… ナンパか? 片方は『おい、止めとけって』と相方に言いながらも一緒に来る…


「あ、あの… ミヤビちゃん、だよね?」

「…誰? コイツ」

 男がオドオドしながら瑠奈ちゃんに話しかけてきたのだ。ミヤビ? 源氏名か? 俺は彼女に問うも、彼女は二人組に怖がっている。


「え、えっと、違うんですけど…?」

「絶対そうですって!! マスク付けてるけど、スタイルとか声とか一緒だもん!! 最近ステージで見かけないけど何やってるんですか?」

 マスク? ステージ? なんの仮面舞踏会だよ…


「あの、違うって…!!」

 嫌がってる彼女… ヲタクみたいな奴が拗らせて、他人の空似をストーカー…なんて事件も記憶に新しい。ここは男らしくビシッと行くか。立ち上がって拳をポンポン叩く。


「下がれ。じゃねぇとぶっ飛ばすぞ…!! 拳で…」

「ひ、ひぃぃぃぃ!!!」

 アイツらは引いたのか去っていったのか分からないが、とにかく視界から消えてくれた。


「あ、ありがとう…」

「水商売とかやってたの?」

 俺はこういうとこ考えないで言っちゃう癖があるな… デリカシーない…


「デリカシーないわね…」

「え…?」

 彼女もそんな俺に合わせてストレートでいてくれる。でもその言葉の意図って… そう言う過去も汲み取れってことじゃ…?


「お金には16から困ってないのよ? そう言う稼ぎ方を知らないわ」

「そ、そっか…」

 …自分はダメ人間なのに、彼女を束縛しようとする哀れな男の性を情けなく思う。何動揺してんだ、過去の男が…とか気になりやがって、俺のクソバカチ○コめ!!


「でもね最近… 同じ様に、『どこどこの誰々さんですか?』って話しかけられるの。最初はナンパの手口かと思ったけど、他人の空似ってあるのね…」

「へ、へぇ…」

 そう言われて思い出した… 確かにあるな、瑠奈ちゃん似の人が出てるAV作品。恥ずかしい話、よくお世話になった。実物見てるから違うって分かるけど、確かに街中じゃ判断付かないな。…それにしても、わざわざ声かけてくるかね…? よっぽど変態なんだろうな…


「災難やね… まぁ芸能人並みにキレイってことなんだよ」

「な、何そのヘンテコなお世辞…!!」

 そう言いながら照れてる彼女。可愛いな…!! 


 変な時間だった… 気持ちを切り替えるために映画館へやってきた。



「お、【ゲッチュー・メン】やってんじゃん。正義の味方、ゲッチュー・メンが今日もあなたを攫いますってかぁ?」

「あ、【和泉国の中心で愛が偏る】やってるわ… 愛が世界を壊す禁断のパンデミック型ラブストーリーよ?」

「あのさぁ…」

「あのねぇ…」

「「デートにふさわしいの? それ…」」

 ハもった… 似てる二人は喧嘩するって言うけど、センスとか趣味はあんまり似てない。瑠奈ちゃんより玲奈の方がそのへんは似てる。


 結局、尻に敷かれる形… 一歩下がって瑠奈ちゃんが見たいやつにした。そしてあろうことか、俺は寝てしまうのだった。



「あり得る? デートで寝ちゃうって…」

「…パンデミックの原因が納豆だったとはな… 臭いにデリケートなんだな、初々しいカップルってのは」

「いや、ニンニクでしょ? 見てないじゃん… ホントありえないっ…!!」

 おやおや… ちょっと怒っちゃったか。口癖のように『私たち新鮮味… ないねっ♡』なんて言ってたのに、映画に感化されちゃって今さら初々しさ求めるのかよ…


「慣れてるからじゃね… 俺はそっちのが気楽でいいわ。結婚とかしても変わらず楽しんでいられるこっちの方が…」

「え…っ、え…?」

「どんな日であれ楽しいよ、一緒にいられるだけで…」

「…私だってぇ!! 別に楽しいし」

 ぷいっとソッポ向いた彼女。かわいいな、もう。


「寝顔… ほっぺつねったり、おでこにキスしてみたり…」

 寝ている最中にそんなことしてたのかよ… どうりでおでこがベトベトしてたわけだ。


「…田舎っぽいからやめてくれよ」

 …最高に愛おしい時間だ。なんやかんや言っても初々しい。このまま時が止まればいいのに、…とか思ってみたりする。



「じゃあ私、用事あるから… また誘ってよ?」

「おぅ!!」

 午後三時、瑠奈ちゃんと渋井駅で別れた。俺は初めて来たのでもう少しだけブラつくことにした。何でも彼女は着付けの先生なんかもやってるらしい。凄いな…

 

 やっぱ一人って楽だわな… 守るもんもねぇし。



 クレープ屋に綿菓子やにポップコーン屋にアイスクリーム屋にかき氷屋に… ばか高ぇ… 流行りもんは廃れもんだと思って一気に金を回収しようって腹だ。


 分かっちゃいるが、『流行りもんに乗っかるのは楽しいもん』ってか?


「…ん? 旨そうな匂いだな」

 裏の裏の裏まで流行りの店。行列だらけの流行の街だ。遊園地と同じで並ぶ時間までも楽しめなきゃ何度も何度も並ぶことはできない。

 俺は並ぶのが大嫌いで裏の裏の裏の裏まで潜り込んでやったら、人の気配がなくなった。肉の… ステーキの残り香が俺を誘う。

 ただ…俺そのものが誘い水だったようで…


「川崎隼人くんだろ? 色々暴れてるらしいじゃないか」

 と禿げた汚らしいおっさんが声をかけてきた。二人組、もう一人はウエスタン気取りの格好。投げ縄のロープが似合いそうだ。

 それにつけてもブーツのかかとの部分、ピザ切るやつだろ… 見かけたら毎度思う。 

 しらこい顔しやがって… 偶然会いました、的な顔が腹立つ。俺を追って来たんだろ? んで人っ子一人いない路地裏で声かけてきたってことで。


「誰だお前。要件を言え…」

 ピリリと緊張が走る。俺は男をキッと睨む。知らないオッサンにいきなり声かけられたんだ、無理もない。

 それに確かに最近… 暴れすぎた自覚はある。沢田の件だって被害者が出てる中を駆け抜けたからなぁ…

 

「要件次第では殺すってかい? 怖い顔だな。依頼主に向かって何だい」

「依頼者ぁ? …ふ、悪ぃな。 サービス面はてんでダメなもんでよ」

「…まぁいい。依頼さえこなしてくれればそれで…」

 そういうとポケットから封筒を取り出した。そいつを俺の前に落とす。ふざけやがって…


「君らに暗殺を…任せたくてな」

 何でも屋をはき違える奴はごまんといる。現に今、間違った依頼を受けている。俺たちを殺し屋か何かと勘違いする奴はたまにいる。

 便利屋として呼ばれるのはまだいい。犯罪が絡まなければ。


「…他を当たってくれ。そういうスタンスで動いてねぇ」

「ふっふっふっ… 君たちが仕事を選べる立場だと思っているのかい?…社会のゴミどもが」

 ニタァっと張り付くような気味悪い笑顔。八重歯は金歯…


「んだとコラァ!!」

 右手で憎ッたらしい顔面をどつこうとした。俺の視界に急に現れたイカツいマフィア風の男が拳を掌で受けとめた。 


「…っ!!」

 一発ノックアウトも狙えるようなパンチを意図も容易く… 常人なら腕は吹き飛ぶミサイルのようなパンチだぜ?


「ホラな、クズだ…」

「放せっ、てめッ!!」 

 マフィア風につかまれた拳をぶんぶん振り回すが離れない。掴まれているので手首が痛い・・・


「放してやれ」

 汚いおっさんの一言で俺の拳がパッ…っと解放された。痛む手首を他の手がかばう。


「…血圧高めに脳血栓に脳動脈瘤。バーンさ。今のでワシは死んでたぞ?」 

「…!!」 

 何の告白だ… とも思った。が… 死んでいたかもしれない事実。俺は反省した…


「お前たちゴミは世界の猛毒なんだ、力を握ればいい気になりやがる。その力を振り回して人々を苦しめる。ただ与えられるのは障害だけ。お前たちゴミに何ができる? 俺たちに使われて良いように猛毒を振りまくだけだ。ゴミはどこまで行ってもゴミ、人間にはなれない」

 反省している俺は、黙って聞くしかない。 …美樹の言葉がフラッシュバックする。


――「人間との対話を望むな、我々は選ばれし者達」――


 …アイツは人々と共存しない道…自分を誇る道を選んだ。俺は人々と共存したいと願った。目の前のコイツは俺らを蔑んだ。まるで正反対、正反対も正反対。


「血を見てきたんだろう? それ以外に何を見てきたんだ? 多良木で…」

「…!!」

 多良木のワードを聞いた瞬間よぎったのは家族の顔だった。


「て… てめぇ、何者だ? なんでそんなこと…」

「おお、すまん。ゴミとは言え挨拶なしはいけないよな。失礼」

 『ネオポリス・相談役 林健司』 と書かれた名刺を渡してきた。ウエスタン風の男経由で俺に渡った。


「なんだ? ネオ… なんたらって」

「君… いつものように頼む」

 とマフィア風に話しかけた。


「ハッ… ネオポリスとは、法や情に縛られ動けない警察に変わる動ける警察を言う。法や秩序に縛られない暗躍する部隊だ」

 西部劇に出てきそうなテンガロンハットの話を聞いて俺は…


「動ける、ねぇ… 悪党みてぇな面構えだ。いつから正義の形は犯罪者によって造られたよ?」

 と半ば独り言のようにつぶやいた。林はその言葉をキャッチしていたようだ。


「我々は認可を受けて行動している”非営利団体”に属する輩などではない。内閣府直々の命により発足された国家公務員だ」 

「国家… プッ。国家に従属する面構えじゃねぇよ。冗談はその顔面だけにしろ」

 煽ったってのもあるが、正直面白い。なにが公務員だ…


「…挑発しているつもりか? 俺らの行うことのすべてが任務遂行の為に保証される。今すぐお前を切り裂いて魚のえさにすることだって,お前の大事なものをぶっ壊すことだってな」

 ハハハと高らかに笑う薄汚い糞野郎が、俺の視界には入らない。家族のことが頭をよぎっている…


「女子高生と花屋さんと引きこもり君。女は金になる、男はどうとでもなる」

「て、てめぇ狂ってんのかッ!!」 

 俺は冷汗が止まらなくなった… 心配事が現実になってしまうと。

 禿げ頭に頭突きをかまそうとしたところをマフィアに顔を地面につけられて屈服した様な状態にさせられた。

 抵抗が出来ない…!! 江西港のデスペラードを彷彿とさせる。


「ふぐッ…!!」

「これは依頼と形式上言ったがなァ…はたから見れば脅迫だよ。それで構わない社会なんだ、ルールなんだ」

「ぐ… ふざけんなッ!! てめぇの国じゃねぇだろうが」

 押さえつけながらも意思は飛ばす。


「隣の国では戦争と略奪、他国への侵略戦争。ひしめき合ってんのは異国間同士だけの争いじゃない」

「あ…? 何が言いてぇんだッ!!」

 全く意味の分からない話だ。なんでそんな話を俺にする。まるで置いてけぼりにされた、あの日・・・みたいじゃないか…


「多面的な思想は王の位置取りに手こずる。より多くの人間の意見を尊重するがあまり理想論だけが飛び交う社会。それは内紛となって表面化しない。隠蔽された毒々しい思惑は水面下での活動を続ける。平和ボケするこの国じゃもう、もっともらしい言葉は言えないが、『人間の価値』が上がりすぎたのさ。だからお前みたいなリアルを知っているいわば、『生まれつきのソルジャー』に期待してた。だがその期待もむなしいものだな…」

「だから何が…」

 俺の問いかけにニタニタァっと気味の悪い顔で…


「…試しにお前の囲ってる女を強姦レイプでもしてやろうか? 真昼間の公衆の面前で堂々と…」

「てンめぇッッ!!!」

 怒りに身を任せて押さえつけられた体を振りほどこうとするが全く動かない。地力を用いてみてもダメ… こいつからは地力を感じ取れない。何モンなんだ…?


「てめぇ、てめぇだけは… 殺す殺すッ!!」 

「その目だっ!! 私が求めたのはその野獣のようなおりから放たれた獣のような目だ。多良木の街を生き抜いた男は伊達じゃない」

「ああ伊達じゃねぇよ!! お前なんて人差し指で殺せるぜ!!」

「…おかしいと思わないのか? 多良木は侵された。未だに犯されたままのことを…」

 押しつぶされてる俺の顔の前に、ウンコ座りで俺に問うハゲ…

 

…おかしいとは思っていた。多良木のこと。…こっちでいくら探しても、人に聞いても… 俺たちが何したってんだ… 何で俺たちは切られた?


「ぐっ…!!」

「帝和の力さ、国家転覆だってやろうと思えばできる。そのくらい甚大なものなのさ」

「…じゃあ、多良木のあの・・事件は…」

 そう長年の疑問をぶつけようとした時だった。林がウエスタンに指で指示を出す。

 

「ギルバート、…黙らせろ」

「ハッ」

 ギルバートと呼ばれた男が俺の顔面を地に付けた。男はポケットから何かを取り出す。


「グルァアぁああっ!! …て、てめぇら何か知ってんだろッ… お前らがやったのか?」 

「その質問には答えない。…余計な詮索はするな。お前は俺だけのヤマ… なんだよ」

 左手に注射を刺された。一瞬にして目が回る。マフィア男に解放されたのに屈服したような状態のままだ。


「ぐぐ… 何をッ…!!」

「馬鹿と鋏は使いよう… 私としては、毒を有用に使いたいのだよ。やってくれるかね?」 

 林は言い終わると倒れている俺に背を向け歩き出した。 俺は体がだるくなりながらも言葉を振り絞って…


「俺の答え無しかよ、断りの言葉を聞かずして…」

「毒は無用だ。使い道がないなら害しかない。俺がいるのは動ける駒だけだ」

 そう残しマフィアとともに姿を消した。

 …デスペラード以来二度目だ、こんなに何にもできないなんて… 家族を思いながら、俺はその場で気を失ってしまう。




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