バカと能無しの狂宴


 作戦実行… 彼女に指示があったように研究所の裏手の階段から丘を登る。


「うわっ!!」

 上に行けば行くほど増す… すごい匂いだ。人間ってのは臭い成分でできているんだなと思った丘の上。

 登ってみれば案の定、悲惨な現場。木々も燃え、家も燃え、炭となった廃材が目立つ。しかしそれらに構ってる暇はない。


 美樹が言った通り、公園にたどり着いて焚火。火の中に木をくべる。いくつになっても炎を見るとテンションが上がるもんだよな… アレ?


「発煙筒なんかぇじゃねぇかよ、クソっ …ん?」

 焚火に勤しむ俺。何でこうなったか正直あんまり覚えてない。ただ最後はやっぱり女を信用してしまった甘さにあるとは思ってる。

 でもそれも仕方ないと思ってる。あんなに真っ直ぐに見つめられたら輝いて見えてしまう。

 それに瞳の奥に映った炎は彼女が本物であると証明しているかのように熱かった。焚火もあっついけど… 苦労している背後、近づいてくる人の気配。足音を消しても隠し切れないほどの…

 振り向くと男がいた。それも巨漢の男…


「ここで何をしている。立ち入りを禁じているのだが?」

 詰め寄ってる男… でけぇ、俺よりもでかいなこりゃぁ… しかしずいぶん速いご到着だ。美樹は大丈夫だろうか…

 

「そうかい、俺は観光地だと思ってたぜ」

「…言うな、何も。大方おおかた分かっているつもりだ」

「あ…?」

「大人は嘘つきなんだ、お前も嘘つく大人だろう。いな、大人しそうに嘘つく大人だな? 当たってるだろ? お前だって俺らのことを…」

「え…? はァ…」

 美樹が言ってたアイツらってのはコイツだな。俺以上に大人な見た目して何を先走って言ってんだ…?と思ったが、油断させて隙を狙う魂胆だろうと切り替えた。

 無視だ、あくまで外敵…


「…ぐ…くそ、お前たちの狙いが地力石リガ・ストーンであることは分かってるんだ。騙されて何個取られたことか…」

「…研究所には行ったのか?」

「俺たちが何年もかけてる実験さ、アレはすぐにどうこうできやしない。それに…」

 二の腕のコブをポンポンと叩く。ウデありますからアピールだわな。


「俺たちは『最強』をうたっている。あからさまなおとりだろうと挑戦を仕掛けられた時点で最優先事項となるのさ。最強だから…」

「何言ってんだ、おま…!!」

 でかい図体を揺らして間合いを詰めてくる… 左の拳が飛んでくる。距離にして五メートルの間合いをくぐり抜け俺の顔面を目がけてやってきた。

 避けることより先にヒットした。


「グァッ…!!」

 殴られた方向に向かってざざっと背中をこすり吹っ飛ばされた。10メートル近く…なんとも強烈だ!! 

 柴田のそれとはまるで別物… ドスンと重い思いのこもった一撃。地力をいったいどれほど込めたというんだ。まだ視界が合わせられない… マズい…


「ほお!! まだ立つか。さすが悪い大人は違うな」

 手をつき、立ち上がる俺を上から話しかける。頭が… くらくらする。攻撃を仕掛けてくるんじゃないかとヒヤヒヤしてると言うのに次がまだ…


「ぐッ…痛ぇッ!! くそッ!!… こんなに…みた拳は初めてだ」

 う、あ!!くそ痛ぇッ!! 遅れてやって来る痛み。思わず頭を抑える。

  何だあの速さ…? あの身体からあんな速さに重たい拳…戦闘に手慣れている… 隙をかいくぐり渾身の一撃をお見舞いするしかねぇ。


「隙が… ないな、全然」

 プロレスラーの様な、手はパーでてのひらを見せるファイティングポーズがこの空間を掌握するようだ。


「あれ、あれあれああああ…!! ああ!! お、お薬きれそうだ!! ストップ…! う、動くなよ?めっ…」

 突然あわあわしだす男。何だ…?腰のポシェットに手を突っ込んだ男… これ・・・って…隙じゃねぇかッ!!


「うぉおおおおおおッ!!」

 今だ!! 俺が持てる渾身の一撃… 奴の顔面にお見舞いする…も…


「なにぃっ…?」

 拳が首の力に負けてしまうのだ。顔を動かすことが出来ないほどに強固な身体、ずっしりと重い身体… 俺の手元に跳ね返る痛み…


「ぐうううううッ!! 痛ぇ…」

 殴った右の拳が痛いのだ。堅固な金庫に一発おも舞したような状況だ。手首に痛みが…


「ぐ…ぎぃてえな。ストップって言っただろ?…あ、あった!!」

 まるで蚊に刺されたかのような反応で受け流してカバンの中からポーチを取る…


「人の嫌がることをしないのが大人だろ? …あ、分かったぞ。大人になり切れない子供だなぁ…?」

 ポーチから取り出したのは錠剤… 何だあれ…? 着付け薬? それとも覚せい剤か?


「この薬はなァ、俺を楽しくさせてくれるんだ。この薬がきれると、俺が誰だか分からなくなっちまうのさ」

 錠剤を口に入れ、水で流した。これも隙だったのは分かってる。だが動けなかった… 手首の痛みが逃げろと暗示しているのだ。

 美樹のスマン発言はコイツに対するものだったのか… じゃあ美樹はこいつを知っていることになる。

 10年前の悲劇・惨劇にこいつが加わってたってことか…? だとしたらアイツも辛ぇな。トラウマであろう過去と戦ってるんだ。 


「お前らは一体何もんだ…?」

「僕はケンちゃんだよ? でも、ですぺらーど? って呼ばれてるよ」

「デスペラード…?」

「うん、空想世界ってグループのお名前。よくわかんないけど偉い四人に選ばれたんだよ。ボスが行けって言ったらどこにでも行くの」

「空想世界…?」

 こいつもやっぱり… ん? じゃあ待て、多良木を滅ぼしたのはこいつらなのか? なら俺の敵でもあるってことか…?


「あはは、おまえなんにも知らないんだな。楽しいよ、みんなで街を作るんだよ」

 …さっきから変なんだ。コイツの口調が子供みたいになってやがる。声音が先ほどに比べ高く、めっちゃフレンドリーに…


「お前も入る? 空想世界に…」

「村人を殺して回るのがお前らだってのか?」

「難しいコト、分かんない――――ッ!! 僕たちは楽しければいいの。僕たちが楽しい町を作るのぉっ!!」

 再び拳を振り回してきた。先ほどのパンチをくれたアイツとはまるで別人の動き。分かりやすく伝えるならなよなよパンチ。


「ええええぃ!!」

「ぐ… いや、いける」

 地力のこもってないパンチだ。地力を込めた腕をV字で…ガードできる。


「Vブレイク・シールド!!」

V字の盾で相手の拳を弾き… 腰を入れて思いを入れたカウンターのパンチをも一度、顔面にヒットさせる。

 人が変わったようだからか、拳を当てた時の感触がだいぶ変わった… これなら手首を痛めずパンチを貫ける!!


「うらぁああああっフンぬッ!!」

 手応えあり… 振りぬける拳、奴の顔面を弾き飛ばした。顔を先端にして奴の身体が吹っ飛んだ。


「いた… いた… 痛いょおおおおおおおお」

 顔面を洗うかのように両手でゴシゴシする。『痛い・・・酷いよぉお』と瞳から湧き出る水でホントに顔を洗っているようだ。

 涙の数だけ強くなれるってか? 


「何なんだ…? お前」

「ケンちゃんときは殴っちゃメっ!! 戦うのは、ですぺらーどの仕事だよ?」

「うるせぇ、今がチャンスってことだよなァッ!!」

「きゃぁあああああ!!」

 子供っぽく逃げ惑うケンを後ろからぶん殴って倒れたところを、マウントポジションで顔面を的確にクリティカルヒットさせる。馬乗りになってボッコボコ。

 脳みそガキだろうと構うものか。コイツは強いんだ…


「オラァ! さっきまでの威勢はどうしたァ!! この… ッ!!」

 馬乗りで顔面を殴ろうとした瞬間… とんでもない殺気を感じた。おもわず離れてしまった。


「痛いよ… もう許さない。ですぺらーど呼ぶから。そしてお前を殺してもらう」

 寝っ転がった身体。立つことなく俺に睨みをくれる。…力が…地力が彼の体を覆う…


「…ふふふ、お前やるなァ…? ケンを怒らせたのか。大概、ケンちゃんの前では触らぬ神に祟りなし状態で気味悪がって触ろうともしないってのに… 久しぶりだよ、本気が出せるのは…」

 むくッと立ち上がったケンちゃん… いや…


「お前がデスペラード… なのか?」

「…ああ、そう呼ばれてる。住み分けするためにも名前は必要だと俺も受け入れてる」

「空想世界ってのは… 一体なんだ?」

「…お前は知らなくていい。俺たちだけの世界さ… 加わりたいなら入れてやるよ?」

「おあいにく様、ノーセンキューだ」

「そうか、死んでも後悔するなよ? まぁ…死んだら死にたくないなんて思う必要もないよな… さっきも言ったが、俺たちは最強で有らねばならない。体内返還ラデカル体外返還マデカルのどちらにおいても」

「…扱えるのか!!」

「ああ。俺たちは二人で一つ…」

 あの強さでびっくり人間ショークラスだってのに体外返還マデカルも扱えるってのかよ… 

 奴は地力リガを集めた右手の拳を上に突き出した。台地がゴゴゴと揺れる… その刹那、拳を振り落とし地面を叩いたのだ。

 強烈な地響き。叩きつけた拳は地面に陥没してる。その拳を地面から抜き出す… 大きな大剣のような土の塊。


「理想と現実の連結剣・地動の剣ガイアブレードって名づけてる。俺ことデスペラードはどうも一から生み出す創造力に乏しいらしくってな… ガキの気持ちを持ったケンちゃんが手助けしてくれてる。こうして存在するもの…まぁ、ここでいう土との共演により更なる力を得ることができる」

 余裕の表情から余裕の笑み。…なるほど、故に二人で一つ。鬼に金棒、凶悪な犯罪者に核爆弾・核弾頭… 大地と文字通りの共存か。


「…お前も何か見せてみろよ。俺はすべてを受け入れて全身全霊お前を喰ってやるぜ? 最強だからな…」

「…そりゃ嬉しいが、俺は地力リガを扱うので手一杯でな。体外変換マデルカは出来ない」

「そうか… 残念だ」

 でっかい土の塊を俺目がけ振りかざしてきた。そうはさせるかと逃げるも瞬時に俺の後ろに回り込む。重そうなのに速い!! 来る…!! 覚悟を決め、全身に力を入れ地力リガを用いて全身をを硬化させる。上からの叩きつけ、部分的な硬化ではダメージをカバーしきれない。

 


―――ドゴンッ!! 重い! 隕石でも衝突したかのようだ。 俺の身体とぶつかり、奴のまとう土の塊は砕けた。砕けた土が身体をなじりながら… 体全体に響く痛みを感じた。


「ぐぁああああああああああ!!」

 痛さで地面を転げまわる。痛い・・・ 残る痛さだ。身体が…全身が重い。だるい… 

 そんな俺の前に奴の大きな体がそびえ立つ。


「これ食らってまだ息してる奴を初めて見た。俺は力任せのバカちゃんで大振りだから相手に避けられっぱなしだった。それも脚力を付けてからは解消したんで一発KOの敵なし…だったけどお前が初めてだよ」

 背筋凍る… 悪寒だ、重い一撃で体調子悪いみたいな状態に… いや。人間的に奴にビビってしまったんだ。

 いままで出会った中でも別格に強い。多分俺は… 勝てない。そんな怖気づいた俺に近寄ってくる男。


「おかわり欲しいか?」

「う、う… うわああああああッ!!」

 地面についた身体を引きずりながら後ずさり。それを追っかけてくるデスペラード… 

 勝てない… 無様でカッコ悪くても逃げるしかない。このままでは、死んでしまう。ほふく前進で奴との距離を取ろうとすると…


「お、待てよ!! まだ終わってないだろ!!」

「ふぐ!!」

 奴は背後から迫ってきて、俺は右っ腹を蹴り上げられて悶絶する… 痛い…怖い… 痛みがこんなににも人を揺さぶるのか。情けないが涙がこぼれる… こんなことは一度だって無かった。


 俺は今まで自分より下の相手を見て、自分を誇っていたんだ。『まだ下がいる』と。『俺は動かないだけで、動いたらこの世界くらい簡単に取れる…』なんてカッコつけて斜に構えるのさ。…そうやって無価値な『自尊心』を保ってたんだ。

 でも世界はそんなに甘くない。『人』と言う漢字が示すように、人と人が支えあって、協調性の中に社会が生まれる。秩序を乱し、世界に悪影響を与える淘汰すべき不要な存在と認識されたならば、世界が手を組み、今まで形成してきた全てを簡単に一瞬にして破壊してしまうからだ。


 …これが現実と言う名の怪物。俺は飲み込まれないように、虚勢を張っていただけにすぎなかった。


「どうした…? 異能だと過信して、一般人相手を見下して意気がってたのか? 異能の中にも序列が有るってこと、忘れたか?」

「ぐ…」

「だせぇ… だせぇなあァ!! はーっはっは!!

滑稽だ!! 自分は特別だと思い込んで生きてたのか!! マジで笑えるぜ!!」

「…っ!!」

 殴られてるわけでもないのに、胸元に痛みが襲ってきた… 図星も良いところだ、恥ずかしい。恥ずかしいけど痛い… 自尊心を踏みにじられたんだ。


 俺は俺を地力リガを扱える神に認められた存在だと思って浮かれてたんだ。でも上には上がいる… 俺の振りかざした剣じゃ、世界は取れない。あの一撃でよく分かったし、身に染みた。…なんて滑稽なんだ。

 

「はっはっは!! 無様な野郎だ。身の丈も知らないで俺様に突っかかろうなんて、な」

 笑われる。でも悔しいとは思わない… もう俺の自尊心はズタボロで俺も『ははは…』と自虐的に笑う。


――「自虐的に笑うな!!」


「「…!!」」

 何処からか、聞き覚えのある声が聞こえた。痛みから地面に顔を伏せている俺の背後から…

 目の前に目をやるとデスペラードが俺の背後に注目している。…何かいるのかと背後に目をやると…


破魔矢はまや落陽らくよう」 

「うグわあッッ…!!」

 白い弓で黒いオーラをまとう矢を放つ女… その矢はあの鋼鉄の肉体を貫いたのだ。しかしそんな衝撃よりもでかい衝撃…

 人… 俺の背後に立つ女。…今日玄関先で見送った背中がそこにはあった。


「き… 貴様ァッ!!」

 デスペラードは穴の開いた胸元を抑えて血の排出を塞き止めている。しかし貫通したので背中から漏れ出している。


「隼人さんをこんなにも… …死に方くらいは選ばせてあげますよ、バカブツさん」

「…うぐ…あ、…飛鳥? なんでこんなところに!!」

 衝撃… 慈愛に満ちた目を俺にくべる。その優しさからか、先ほどの怖気おじけ様も緩み、落ち着いて話すことができた。


「何も知らないあなたを、何でも知ってる私です… 助けに来ては変ですか?」

 なんでだろう… すっごい頼もしかった。卓上で困ったとき… 行政の難しい書類に対峙して頼った時の何十倍も…頼もしい。




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