何も知らない
研究所を出て向かいの海岸。防波堤に腰かけて足をプラプラ。自然を見るとタバコも進む…
「悪かったねぇ… あんた同様、あたいも
色々聞きたいことはある…が、とりあえず…
「アンタが化けの皮を剥がすことで、依頼人と請負人の関係までも崩れることはないか?」
「ん…? どういう意味さ?」
「依頼してきたことに、以前と今で相違はないか?」
「…無いよ。誓う…」
「つまりは今回の依頼遂行の為の変装と受け取っていいのだな?」
瑠奈ちゃんの為に身を張っている状況だ。ハッキリさせないと… 俺にとって善か悪かを。
「うん。アンタの評判は兼ねがね聞いていた」
「…どこからのリークだ? 顧客には基本、トップシークレットでの扱いで頼んでいるんだ。答えてもらう」
「…そう
「瑠奈ちゃんと… 詩音? って杉原詩音か」
「ああ…」
あの二人が… 一体どういう関係だ?瑠奈ちゃんだけならまだしも、なんでこの二人が…
「あ… コレ言うなって言われたんだっけ」
「聞かせてくれ…」
「ま、あんたが黙ってるならいっか… だろ?」
「ああ、黙る」
「んじゃ独り言。瑠奈とも詩音とも仲良くやらせてもらってる。今回アンタを頼ったのだって、『隼人くんなら何とかしてくれる』って瑠奈が言ってたから黙って来たんだ。瑠奈の名前出せば請け負ってくれるかなって思って…」
瑠奈ちゃんの声真似してる。普段からいじってるのだろうか、サバサバボイスですごく似てる…
「…? ってことはやっぱり詩音と瑠奈ちゃん同士は知り合いなのか?」
「え? …あ、ああ。私たちは姉妹同然に暮らしてきた。てか、独り言って言ったじゃんよ。答えたら会話じゃねぇか」
「…瑠奈ちゃんに相談したなら彼女もついて来ようとしただろう」
「ああ、でもアイツも忙しい身だからな。それに男の力が欲しい。なんたって『私よりも強い旦那さん』なんだろ? あいつよく言ってるぜ」
「…どうだか。保証しかねる」
照れるじゃねぇか… 関係を持ったばっかりだってのに普段そんな感じなんだってちょっとびっくりしたし…
にしても瑠奈ちゃんと詩音が… 知り合いだったなんて。
「ホントはさ、アンタよりも他の誰よりも強い人を知ってるんだけどね。あの人じゃ島を壊しかねないから…」
「…そーかよ」
まるでバカみたいじゃねーか。そいつ…
「でもあたいもアンタに会いたかった。それが証拠にね…」
美樹は俺の頬にキスしてくる。思わずのけ反った。
「な、なにを!!」
「…あたいが家族以外に
そういえば嶋野… 美樹?
「その…
「アンタも鈍いね。あたいの死んだ親父だよ。この島で真っ先に公開処刑されて殺されたんだ」
「…!!」
にこやかに彼女は話す。…本当の話なのか疑ってしまうくらいにポーカーフェイスを決め込んだか、嘘か
「…
「そうか…」
本当の話だと確信した。気負って見せた表情までは隠れない。
…アレは悲しみの中に埋もれかけた愛ある瞳だった。
「この村の唯一の生き残りさね。だから普通のカッコして普通に生きて… アンタや瑠奈や詩音の関係がうらやましいよ…」
「…そっか」
…詩音に瑠奈ちゃん。とんでもない繋がりだよ。交友関係なんて聞く機会無いからわかり得ないけど、女の子は手広くやってんだな…
女がたくましいってのは聞いたことあったけどホントだったんだ。もしかして詩音、瑠奈に気遣って俺を… いやまさか。単純に俺の浮気への怒りだ。全部俺のせいだ…
「あたいのご指名だい。ちゃんとやってくれよ?」
「…そうか。光栄だな」
「着飾らないんだな、あたいの前では」
「びっくり人間は色々見てきた、じっくり疑いの目をかけてな」
目の前の彼女を七割方信用できなくもない。が、家族を抱える身としては始まりを半ば脅されてここに連れられて来たので、完全な信用を今日中には出来ない。
「…あたいはどうすればいい? そのビックリ人間の中にあたいも入ってるんだろ?」
「瑠奈ちゃんに話を伺うまでは信用できない。それまでは依頼人と請負人の関係を崩せない。背負ってるものの為にも俺は俺を押し殺す。アンタが信用して俺にさらけ出そうとしてもな」
「…フフッ。聞いてた通りでますます好きになる。この依頼が終わったら食事でも行こうぜ。瑠奈に詩音も連れて4Pしよう」
さりげなくとんでもないこと言いやがったなコイツ… 俺は無視して以来の内容を確認する。
「…話を戻すが、依頼はこの村乗っ取り計画を破綻させることだな」
「ああ、でもあんたも気づいているのだろう? 島民なんて誰一人としていないことを」
「ああ。…多良木で感じた地獄絵図をここでも感じた気がするよ。だが研究者を殺す必要はあったのか?」
「…ふぅ。噂通りの甘さだね。柴田にとどめを刺さずに逃がしたのも殺すつもりで戦ってなかっただろう?」
「…殺そうと思って戦っていれば、それは正当防衛になり得ない。ことを穏便に運ぶのが人間だろう」
「…
「誰だ? アイツらってのは…?」
美樹は顔を曇らせた。そんな深刻になってまで何を語るって言うんだ?
「…多良木を知り尽くした研究者達さ…」
「え…? ど、どういうことだ? 研究者が?」
「多良木を絶望に
「そんな… そんなことって…」
俺は動揺を隠せない。実際に多良木が国家ぐるみで犯されたのは知ってるし… 狭いな、和泉国。
俺たちは研究者の実験材料として生まれてきたってのかよ。
「奴らは
「…ここでの研究も地力にかかわりがあるってのかよ…」
止まらぬ真実の暴かれように俺も必死になってついていってしまう。何も知らないんだ…
「あたいらは法律を超越した存在なんだ。あたいらは利用される側じゃない、利用してやんなきゃ皆を傷つけるだけだ」
「そ、それはさっきの柴田と同じ話じゃないか」
「何も別に自分を選ばれた高貴な存在だなんて思わない。ただ自分たちの権利を守るために戦うのは当然の話だろ?」
「…それと殺すこととは…」
「関係ある!! じゃなかったら私たちは…」
「…!!」
目を滲ませながら彼女の魅せる強い信念に押し黙ってしまった。俺と彼女が見て来たものや聞いてきたことは同じじゃない。
彼女には彼女の価値観がある。それを否定するつもりはない。ただほかの人とは違う才能のある生き物だと胸を張って生きれるほど覚醒者にとってこの世界は都合のいいものではない。
皆肩身の狭い思いをして生きているんだ。
我々覚醒者基準の世界を
しかし彼女の話が、彼女をここまで思いとどまらせた一因だとはっきりわかるのだ…
「絶望を与えられ続けた覚醒者を海に投じると、人間の体内に赤い鉱石が出来る… 知ってる?」
「な、なんだよそんな不気味な話… 尿路結石か?」
「そんなしょぼくて汚い石ならまだいい。当初は使い道がなかったんだけどあんまり綺麗な色するもんだから加工して装飾品にしたんだと。
「…ま、まじかよ…」
あの鮮やかな
「
今までの話が本当なら、彼女の強い意思も
「人間は我々覚醒者の可能性に気づき始めている。我々が持つ
「まさか… 研究員だけならまだしも国家が絡んでいる以上、機密事項なんだから黙らせるだろう」
「…無駄だよ。国は人間を管理しているようで、一個人を把握しきれていない。それに原因は分かっている」
原因? 偶発的なことじゃないのか?
「同じく
「…そんな!!」
「あんたの
彼女の冷え切った眼を見てもなお、俺の信念炎は絶やせない。
「…そ、それでも」
「…?」
「それでも… 人が人の命を奪う行為は人を人でなくする行為だ。そういう風に身構えたって忘れるもんか。俺たちに降りかかってくるまで殺しを
「人々が私たちを資源と見なし、人としての扱いを受けられなくなっても?」
「これでも身に振る火の粉は払ってきたよ。世界中が敵になったら誰彼構わず殺してやる。人であり続けるために家族を犠牲にするくらいならな」
俺は俺に間違ってほしくない。熱くもなる。
「…これ以上は平行線を辿る。
彼女は腕時計を見て…
「タイムリミットは迫ってる。柴田の押した呼び出しベルから30分くらい経った。ここを仕切ってる幹部連中がもうすぐやってくる。だから要点だけ話すよ?」
彼女は今までに見せなかった焦りを見せだした。
「丘を登った先、階段を駆け上がって見える道を真っ直ぐ行くと右手にサッカーグラウンド程度の公園が見える。そこで発煙筒や火をくべて焚火をしてくれ。囮となって時間を稼いでほしい」
「焚火…? なんで」
「私の読みに間違いがなければそれが正攻法だから。もしやってくるのが奴なら…」
や、奴とは…? って聞こうと思ったけど彼女が応えてくれる雰囲気でもないので俺も要点だけ…
「…美樹は?」
「あ、…あたしはこの島が奪われたことに起因する
「…地力石? まぁそれについては今聞くことでもないが、これだけは聞かせてくれ…」
「何だい?」
ワンクッション一呼吸置いて彼女に尋ねる。
「なんで俺を門前で待機させないんだ? その方が確実に時間を稼げるだろう?」
「海底から
「これだけ言う。…すまん」
「何が…?」
「アンタに負担をかけてしまうと思う…」
「え…?」
「聞かないで。でも…生きて?」
そう言うと彼女は再び研究所に向かう。ボーイッシュなショートヘアだから釣り装備が似合う。山ガールみたいだ。
すまなそうな顔して『負担』がどうのこうの言ってたけど今更何だろう…?
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その頃 ゲート前に立つ巨漢。筋肉をまとい屈強な戦士であることを体現しているかのよう。左腕に刺青。
口元をカラスマスクが覆う。そしてもう一人、恰幅の良い男… 成金みたいに派手なスーツを着こなす。金持ちアイテム金の扇子で仰いでいる。
「丘に煙が上がってるからこっちに来いと… まんまと罠に引っかかってやる」
デカ男は飛び出した。子供みたいに走り出す。
「待てバカ… そっちは明らかなフェイクだってのに。ふ… まぁいい。柴田クラスをやった奴の顔だ。一つ拝んでやろうか…」
もう一人の金持ちっぽそうなデブはゆったりゆったりと美樹のいる研究所の方へ…
その男達から30メートルほど離れた木々に隠れ覗き見る、学制服を着た少女
「…何も知らないのね。一人荒んでいくだけで…何もかも…」
彼女はそう呟いた。誰に向けてか遠くを見つめ…
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