魂ごと燃える島
午後四時… 約束の時間は来た。黒のバンが近くで止まり、昨日見た顔がやって来る。
「おーおー オーディエンス引き連れて…」
「何言ってんだ? 俺一人だろう…」
確かに港には一人でいる源。二百メートルほど離れた漁港管理施設で数人が望遠鏡で見守っている状態だが
「…まぁいいでしょう。で、話を聞かせてください」
「娘を見せろ!! それからだ」
「…フン。おい、連れて来い」
リーダー格は側近に声かけて指示を出す。近くに停まっていたバンが開き、中から…
「父ちゃッ!!」
「美樹ッ!! 大丈夫だからな」
手綱を付けられた娘が出てきた。その隣には黒服… そして源と美樹の間10メートル、その間には自称・
「おっと… それ以上来られては困りますよ? 権利書は持ってこられましたか?」
「色々考えたが…無理だ。
「知りませんねぇ、あなたの都合何て…」
「ともかく無理だ、俺なら煮るなり焼くなりしてもらって構わない。だから会社と娘には手出ししないでくれ…」
「なるほど、交換ですね。…とりあえず、覚悟はしてくださいよ?」
「…ああ、俺は何されようと構わない。だがこれっきりで頼む」
人質となった娘と自分を交換。娘に取り付けられた手綱は解放され、『行きな』と背中を押される美樹。その彼女を抱きしめる源。
…家族の再会を少しだけ目をつむった男たち。それに感謝をし、ほんの少しの会話をする。
「…怖い思いさせて悪かったな、美樹」
「父ちゃん…」
優しい父親の声音に乱れていた心を落ち着かせる美樹。ホッとして涙腺が緩み自然と涙がこぼれた。
「いいか? 母ちゃんの言うことは聞くんだ。お前が母ちゃんよく思ってないのは知ってるけど、お前を苦労して生んだんだ… 優しくしてやれ」
「父ちゃんのがいい… 母ちゃんは怒ってばっかりで全然面白くない」
「…俺が母ちゃんを愛して母ちゃんがお前を
「え…?」
意外そうな顔をする美樹。いきんで子供を排出することを何となく知っているが、その過程でメスを入れることもあるんだ… と言う点でそんな顔をしたのだ。
「帝王切開って言ってな、下腹部… お腹の下の部分を切って生まれたんだ。大変だったよ… 途中までお前が生まれるのに立ち会ってたんだけど医者たちが騒がしくなってな… 『赤ちゃんがもたない。奥さん、緊急で手術を行います』って言われて、俺はハラハラしてダサかった。でも母ちゃんが『娘をお願いします』ってどっしり構えてるの見て、『俺はこの子のために大人にならなきゃな』って思ったんだ」
「そうだったんだ… 知らなかった」
母ちゃんはお腹痛めて私を生んでくれたのかとこれまた意外そうな顔をする美樹。怒ってばかりだから『私の事、嫌いなんだ』と思っていたのだ。
「美樹に厳しいのは美樹に向ける愛情が強すぎるからなんだよ? お前に良い人生を歩んでほしい… その一心で強く言ってしまう。でも反発ばかりされるとその気持ちが
「う、うん… 父ちゃんは?」
「父ちゃんは…」
――『時間だ』
一人の男が声をかけてくる。その声で美樹から離れバンに向かう。
「父ちゃっ… 父ちゃッ!!」
「いいか美樹…」
必死に呼び止めようとする美樹、バンの扉の前で止まり振り返る源。黒服たちは今一度、一瞬を許すのだ。
「お前を愛してる」
そう言って彼はバンに乗り込んだ。『父ちゃん… 父ちゃん』と連れて行かれる父を見て泣くしかできなかった美樹。これでも優しい処置だと言えよう。
「母ちゃん…」
「美樹っ!! もう心配かけて!!」
「…うええええんっ!!」
施設から車が去るのを確認して外に出てきた由香。抱きしめ合う母娘… そこに父親の姿はない。
母も娘も互いを想って心配かけまいと父親の話をしなかった。
それから一週間、母も娘も人が変わったように優しくし合う。家事で困っている母を助ける娘、そっと見守る母… 悲しい話だが源が望んでいた光景が源を失った世界には
優しさだけで形成される世界… そんなのはまやかしで
でもこれ以上は行けない。壊れてしまうから…
そんな優しさだけの世界で… 再び悲劇は起こる。
――「江西港に勤める諸君らに告ぐ。仕事を止め、広場に集まるように」――
拡声器の声が広場から。船着き場の前に人々が集められた。そこに待っていたのは自称・
「父ちゃッ… なんでやッ!!」
傷だらけでボロボロ、血まみれの嶋野源が膝をついて手は後ろに結ばれて… クスリで意識が
「お前たちの末路だ。こうなりたくなければ、退去しろ。権利に金を最低限積んでやる。決断の速い奴は好きだ」
「ふ、ふざけるなッ!! 源さんが何やったってんだ!!」
一人の鉢巻で白シャツでジーンズの男が彼らに主張した。
「何をやった… か?」
バンッ!! 発砲される男、腹を撃たれたようで白いシャツが血に染まる。たまらず膝をついて倒れ込んでしまう。
その異様な光景に周りは騒然とする。『きゃああ』と悲鳴を上げ皆一歩退く。
「ぐぅぐっ…!!」
「お前たちが何をやったか…だ? 俺をどんだけ怒らせればいいんだ? 俺を待たせることがどんだけの大罪か… やれ!!」
「お前たちはこうなるか…?」
ニヤついた顔を見せて… 黒服がへたり込んだ源の首を…
―――「お父ちゃぁあぁぁぁぁあァッー!!」―――
削ぎ落とした。地面を転がった父親の顔を見て、娘の美樹はただただ青ざめるのであった。
「お、父ちゃ… お父ちゃ…と…」
「は… は… み、美樹… 駄目…」
母は娘を抱きしめて、あの異様な光景を見せないようにした。震えあがっている身体を何とか動かして美樹を後方に誘導する… この場からいち早く逃げ出そうと。
「さァ、始めろッ!! 出る準備を。殺されたくなければなァッ!!」
「「「わあああああああ!!」」」
怒号と悲鳴の中、住民たちは駈け出した。この街を去るための準備をするために… もう何もかも終わり、終焉がやって来たんだと皆悟った。
「お父ちゃ…」
美樹は母親に連れられて現場を去る。『お父ちゃ… お父ちゃ…』と泣いている彼女を必死に引っ張る。追ってくるかもしれないという恐怖心に必死に抗って重荷となっている娘を抱きかかえるのだ。
ここにこそ優しい世界にはない愛情が見える。こんな窮地にこそ。
「やれ、もっとだ!! もっと
その後は更に悲惨であったと言われる。権利書を隠したものが多いという見込みから、金庫であったり隠し場所から取り出させる必要があった。
そして、この殺人現場を見られたことから住民を消す必要があった。自称・
「誰も生かさねぇ、殺戮のショータイムの始まりだァッ!! ヒャッハーッ!!」
漁港に押し寄せる船たち… 黒服が何人も何人も船で防波堤から乗りついて、高台に家を構える住人たちのもとへ向かうのだ。
―――ガガガガガガガガッ!!
機関銃を持った男たちがあたり構わず撃ちまくる。木は砕け、土は
「キャーッ!!」
「やめ…ろ…」
「助けてくれーッ」
悲鳴が町全体を包む。黒服集団の進行は止まらない… 拳銃に刀に、炎に包まれた村。
人を人とは思わない残虐さと傍若無人な暴れっぷりが相まって瞬く間に町は火の海となった。
「…あああ」
息を潜めながら隠れている美樹。犯された町で一人… 母親の手を振り切り父親のもとへ向かうおうとするも、黒服が住人を次々と殺しはじめる光景に遭遇する。
=============
「父ちゃんがまだいる!! まだいるの!!」
「何言ってんの!! 死んだのよ!!」
お互いに反対の方角を向きながら手を引っ張り合う母と娘。あんなになった父親をまだ死んだと思えていない。
と言うのも首筋に刃を当てられ血しぶきをあげた瞬間は見たが、
「嫌や!! 父ちゃんがいい!!」
「…そう」
母親は娘の手を離す。もう疲れた… 重荷である娘の手を離せば楽になる。こんな状況にもなってまた父親か…
「勝手にやんな… 母ちゃんもう… アンタの事愛せない。ごめんね、もう無理…」
「…父ちゃんが」
互いに背を向けて反対側を進んでいく母と娘。母は娘をあきらめた、美樹は美樹なりに母と決別をしていたのだ。今生の別れと思っていた。
…それでも父親に会いたかった。また声が聞きたかった。
=============
「と、父ちゃん…?」
源が処刑された港。魔の手からの目を盗んでやって来た。周りには誰もいない… あるのは父親の…
「あ… あ…あああああっ!!」
切断された首と体… 血の池。はっきりと分かった、もう人じゃないと。
「居たぞ!! 嶋野の娘だ!!」
「あああうあぁぁあぁあああっ!!」
次は私の番… 美樹はそう感じ取り必死になって駆けだして
―――「おい!!」
「ひゃ!!」
後ろから… 背後から声をかけられる。何度も周りを確認した、誰もいなかった。それなのに何故…と美樹は思った。
振り返ると鬼のお面をつけ、金色の鉄パイプのような棒を持った男が一人、地面をカンカンと叩きながら…
「お前は生きたいのか?」
「え?」
「俺が聞いてるんだ!!」
「は、いき… 生きたいです!!」
「なら行け…」
男はそう言うと歩き出して民家のある丘の方へ向かった。この時間は何だったのか分からないが彼女は助かったのだ。
その場をやり過ごし
江西港二番ゲート前派出所… 魚が陸に異常なほど大量に打ちあがった時は一緒になって掃除してくれた。しかし前任者はおらず、すでに奴らの息のかかった者で構成されていたのだ。
「あ、あ、あの!!」
「…何だとッ!! お嬢ちゃん…? どうして生きてるの?」
「あああわわわ…!!」
机の引き出しからサバイバルナイフを取り出して刃先を向けて、備え付けられていた緊急用の赤いボタンを押す。
『逃げなきゃ…』直感的に彼女は警察を後にして走り出す。
「待てぇ――ッ!!」
ナイフを振り回し追い回される美樹。何キロも追いかけられて息果てながらも必死に逃げるのだ。
『死にたくない』…その一心で。
◇◇◇
「ハァ…ハァ…」
どれだけ走っただろう。何んとか辿り着いた街に紛れ込んだ。すべてが目新しい、こんな街並みは見たことない。
…ただ、それを楽しむ余裕はない。悪寒が止まらないのだ。痛い、苦しい… 原因の分からない胸の痛み頭の痛みに襲われて思考が停止してしまう。
「…どうしたんだい? そこの女の子…」
「ひゃっ!!」
バテバテのところを一人の女性が声をかけてきた。急に声をかけられたので思いっきりびっくりしてしまう美樹。
これも運命の巡り会わせか… 多良木から逃げおおせて暮らす
「あああああああ!!」
「あ、おいおい…迷ってるねぇ。どれ、先輩が手取り足取り助けてあげようか」
「姉さん… 戸惑っているわ。きっと辛い思いをしたのよ」
そう言うと瑠奈は美樹を抱きしめる。するとどうだ、彼女の悪寒はドンドン緩和されていくのだ。
「た、助けて!! たすけ…うわあああああああ!!」
美樹は緊張の糸がほどけた様に今まで溜まっていた涙を解放した。何故かはわからないがその温かさに気を許せるのだ。
嶋野の親族は美樹を除いて皆殺しにされた。撃たれて惨殺される者、炎から逃げ海でおぼれ死ぬ者… 皮肉にも美樹は生きて身軽になった母親も炙り殺されたのだ。
ある男たちによってこの事件は火消しされもみ消されて公になることはなかった。
強大なるある男たち…
そんな相手をものともしない
そして十年の月日が流れていく…
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