粗削りなビックリ人間


 月曜の朝。…泣くでもない、喚くでもなく。朝日差し込むベッドの上、頭の中がグルグルしてる。

 詩音と別れ、瑠奈ちゃんと付き合うことになった… これで良かったのかと自問自答を繰り返す。



======遊園地から帰りの車の中で=======


「そういえばその… 岩橋さんとは…何の関係が?」

 多良木へ行く始まりは瑠奈ちゃんとお墓のまえで出会ったことだ。彼女が岩橋さんとつながりがあると言うからある程度信用したんだ。

 …繋がりって何? 男と女の間柄、詮索するのはよくないって分かってるけどどうしても聞きたくなってしまった。独り占めにしたい男の悲しいさがってやつかな。


「ああ。墓石に名前が書いてあったから… イチかバチかで言ってみたの。だから全く知らない人よ。ごめんなさい。…あ、もしかして心配してくれたの?」

「い、いやっ ちげーしッ!!」

「…私達、恋人になったんだよね…?」

 なんかホッとした… そんなホッとした矢先でホッとさせない瑠奈ちゃん。自分から彼氏彼女の関係を切り出したのに首尾よい回答が出せない。


「…ああ」

 詩音が… そうさせてくれない。


 車内を愛で満たしてしまった。詩音に切られてヤケになったわけじゃない。…ただ詩音への申し訳なさを持ち合わせながら瑠奈ちゃんを求めたのは事実だ。

 俺との恋仲を詩音が解消したがってるのも事実… なのになんでさっぱりと前に歩ませてくれないんだろう… これが怨念か?



=============


 月曜日午前六時、朝食を求めて階段を下りてすぐの玄関でまた飛鳥と鉢合わせした。

 弓道部の少女、文武両道で輝いて見える。今度は反対に彼女を見送る立場として『いってらっしゃい』と声をかけたのだが無視された。

 三つ離れた年頃の娘だから難しい。悪いことやってるわけじゃないんだが、飛鳥にも申し訳なさがある。こんなだらしない俺で…


「…青春だねぇ」

 馬鹿面の愛がテーブルで食事中。俺をからかってきた。


「うっせ。今日は十時ごろに来客あるからドタバタすんなよ?」

「おっけえ」

 今日の朝食当番はコイツなのだが… パンケーキだった、俺の嫌いな… パサパサ感が好きじゃない。それに朝はご飯だろ。

 …嫌々ながら牛乳で腹に流し込んだ。


「…隼人くん、ちょっと来て?」

 廊下からリビングをひょっこりと覗く紗耶香が俺を呼んでいる。『何だ?』と様子を見に行くと深刻な表情で…


「詩音ちゃん… 先週の金曜でラストよ。あなたには言わないでって」

「…そうか」

「アメリシア、行くんだって」

「…」

「…どういう関係だったかは聞かないけど、今日の夜には波根はね空港を立つそうよ」

「俺にどう…」

 ドンっ 彼女は俺の胸を軽めに小突いた。


「あんなに楽しそうにしてたのに… もう乗り換えなの?」

 え…? え…!! 二度見してしまうくらい紗耶香に驚く。…こんな怖い彼女初めてだ。見たことがない。


「あなた… あんまり、じゃない」

 そう言い終えると彼女は家を出た、俺の気持ちを待たずして… 花屋の朝は早いのだ、俺の夜明けはいつなのか…


◇◇◇


「だーッ!! 分かってるよチクショウがッ!!」

 再びベッドの上で独り言。今日は午前中に来客があるってのにさっきの出来事を思い出して一人…

 分かれた相手と良好な関係を築けるなら築きたいよ!! でも俺拒否られてるのに俺からはなんも出来ねぇじゃん!!

 仕事前だって言うのに…


 ―――ピンポーン!! 午前十時十分前。予定してた来客が来た。怒りを押し殺して接客スマイルを振りまく。


「いやぁどうも…」

「とりあえず上がってください」

 依頼主、名を嶋野源一郎… 釣りキチの格好だ。ザ・釣り人…キャップにベスト。

 長靴にクーラーボックス。アレ…釣り竿も? 

 瑠奈ちゃんからの紹介で『困っている人がいるから助けてあげて?』と受けたのが今回。彼女のお客人だ、丁重にもてなさねば…

 依頼者を来客用の和室の間に上げた。ちゃんとお茶出し。お菓子を添えて…


「どうぞ」

「いやぁ、すんません。恐れ入ります、ホント恐縮です」

 いちいちお茶くらいでオーバーな… そんな彼からハードな話を聞かされる。最近、町民全部締め上げにあって追い出されたんだと。

 『ここいら一帯に新種の感染症が発生した』と多良木感染症防衛センターを名乗る男たちに言われて… 

 そんなんばっかだな全国各地。一度撤退させられてよく分からない検査を受けさせられ、仮住居を与えられたそうだが戻ることが出来ず亡き寝入りなのでここを見つけて頼ったらしい。


「…なるほど。結構な話じゃないですか…」

「だだぁっ。おら、もうたんまらなくてよぉ… みんなみんな廃業に追い込まれて海から田舎へってんだい」

 実態は感染症など嘘っぱちで何か施設の建設が始まったんだとか。政府もグル。『研究施設』だと言われて引っ込む者もいた。

 そんなかつての故郷に乗り込もうと企んだが巨大なバリケードが立ちふさがっていて中に入ることは出来ない。遠目からジェットコースターや観覧車の様なものが見えたという。

 馴染みの不動産屋に話を聞くと、彼の住む江西に巨大なテーマパークを立てようと目論む奴らによって、住民は海から畑へ追いやられてしまったらしい。

 金策に苦しむかつての島民が『土地を譲っていただけないか』と足元を見られて売り払ってしまい、全体の九割ほどが島を後にしたと言う。 


「俺ァ、辛くてよぉ… せっかく軌道に乗り始めた仕事を放棄させられて、家族は絶え絶えになって…」

「許せない話ですね…それ」

「だでぇ? 皆お手上げよ。なんでも空想世界ってのが絡んでて…」

 空想世界…だと!! まどかの母親… 俺はあいつらのせいで何事も控えめになった。家族をかえりみて派手なことは出来ない。



「空想世界? 新興宗教かなんかですか?」

「ああ。あの江田ッて議員もズブズブだったって猛毒スナイプズで…」

「嘘だ」

「ひょっ!!」

 この親父、俺をだまそうったってそうは行かねぇぜ。何故なら…


「毎月読んでんだ。テレビも新聞も見ないけど、これだけは穴が開くほど読んでる。そんな記事紹介されたことない!!」

「だぁ~ッ!! 嘘はつけねぇな。あの下品な週刊誌を読んでる若者がいたなんてな。なんでもいい… 俺と一緒にあの島に行ってもらう」

 胸ポケットから拳銃を取り出して俺を脅す。何でその名前がこんな親父に…


「て…てめぇ!! さっきまでの話は嘘だったのか?」

「多少盛ったが倒したい敵は変わらない。お前さんには目いっぱい力を借りたいんだ。敵が敵なんでなぁ… その為なら利用させてもらう。紫苑瑠奈も含めてな…」

「…に手出しすれば、お前に地獄を見せてやる…」

 やろうと思えば今、目の前のコイツをどうとでもできる。しかしいきなり現れたコイツがいったい何者なのか… それが分かるまでは身勝手なことは出来ない。ここで行動を起こせば報復が待っているかもしれない。


 クソっ!! 俺としたことが悪意を持ったものを引き入れてしまった… 瑠奈ちゃんの客人だと全面的に信用してしまった。

 依頼人クライアントのチェックを怠った罰だ。どんな人物であろうと徹底してきた玲奈に合わす顔がない… もう居ねぇけど。


「へぇ~ なかなか熱いじゃねぇか。安心しろ、お前が俺の為に動くなら何もしない」

「…分かった」

 コイツを見極めるため…俺は人質の命を理由に強大な敵へと向かっていく。そしてこの戦いは激化していくのだった。


「そんな物騒なもん降ろせ…」

「あの土地までは辛抱しな」

 俺は車に乗り込み、奴の指定する江西港にカーナビをセット。その間も助手席から拳銃を向けられている。


 車で1時間半と言う道のり。帝和から100キロほど離れた場所に位置する江西港。島民は追い出され跡地には遊園地が立つという。

 もっとも、嶋野(…偽名か?)が寄越した情報だからどこまでが正しいのか分からない。


「遊園地… 何がいいんだか」

 詩音を思い出しながら向かう。混むは待つわで大変だった。アトラクションを楽しむというよりは家族や恋人や友達との会話を楽しむものなんだろうな。

 そういった意味では俺たち、楽しんでいたのかも…


「追い出してまでそんな遊び場を完遂かんついさせるメリットはリスクを超えない。利権を回して建設からも観光業からも感謝金リベートを受け取ったとしてもまかなえない… アレは表向きの飾りで、裏があるに決まってる。あの土地にはきっと…」

 さっきまでのいなかっぺ口調は何だったのかと思うくらいにハードボイルド。コイツ本当に一体何もんだ?


「…知るか。俺がその島でやることは、悪さする業者をひとまず追っ払うだけだ。それでいいんだろ?」

「ああ。あいつらを一度でも追っ払ってくれりゃそれでいい。憎きあいつらを…」

「…アンタ、いったい何モンなんだ? 復讐か?」

「…アンタには関係ない」

 運転する彼の瞳からは、ゆるぎない信念の炎を感じた。ただの釣りバカの親父ではないことくらい分かる。

 頭が回らない中、カーナビの瑠奈ちゃんの安否が不安で隣の親父は謎な状況なのに… 最近疲れることが多すぎる。めんどくせーってかしゃらくせぇ。


―――「目的地周辺です。音声案内を終了します…」


「着いたぞ」

「ああ、バリケードの前に停めろ」

 港へと続く道が封鎖されている。金網に張ってある立ち入り禁止は錆びついてる。

 入口ゲート前… 警備室だか交番には人影が見えた。網の先は霧が立ち込めていて…


「…お、誰か出てくるぞ」

 警官って感じじゃねぇな… 警棒持って防弾チョッキ着た特殊警備隊って感じだ。


「お前ら、ここは立ち入り禁止だぞ」

「こんなとこにこんなもん立てやがって…」

 嶋野が怒りをにじませて言う。自分の故郷だもんな…


「何か用か? この先に…」

「我々の土地を返してもらう!!」

「…何っ!! …まだいたのか、島民が。それなら殺すしか、ないよな…?」


 嶋野を目がけて突進しようとする警備員。俺は二人の間を割って入り、一発重ための拳を食らわせてやった。


「ぐはぁっ!!」

 警備員が地面を転がった。あ、やべっ ぶん殴っちまった。一市民を…


「…ぐ、なかなか重たいな…」

「…!!」

 警備員が尻についた土を払いながら立ち上がった。俺の拳、地力こそ込めちゃいないがヘビー級ファイターの拳以上に重い凶器だってのに。 

 分かってる。奴は地力を変換し顔面を硬化させたことくらい… ただもんじゃないってことは。


「…何モンだ?  覚醒者がこんなところに…」

「そりゃないぜ。警備してる俺のセリフだ、それはよぉ… 覚醒者がこの居城に何の用だ?」

「柴田さんとやら… らちが明かねぇよ。お前ぶん殴って突っ切ることにした」

「な… 何故俺の名を…」

 …ネームプレートに書いてあるぜ、なんてベタなツッコミはしない。あくまでサイキッカー気取りさ。


「クソ、やっかいだな…全力で、排除する」

「下がってろ、嶋野さん。うらぁあああああ!!」

 先手必勝… 奴の顔面を目がけて拳を振るった…が、後ろに反って交わされて…


「ブファッ!!」

 見えない角度、下からアッパーで顔面を突き上げられた。 …いや違う。拳が空間を転移し俺のあごの下に現れたのだ。

 奴は殴る動作モーションを取るだけ… これは間違いない、体外返還マデカル


「…く、何だ? 今の… ぐわッッ!!」 

 次はボディーをえぐるパンチ… 予知が出来ないので攻撃に合わせてガードすることが出来ない… 地力を変換し硬化させた拳が生身には応えるのだ。

 かといって全身を硬化させることもできるが体力を使う上、部分的なガードと比べて力が弱まってしまう。


「ガフッ!!」

 右フック、左アッパー、右エルボー… 当てたい部分を当てたい角度、当てたい場所へと転移される。

 この不気味な霧に交じって現れるので見えずらい。殴られながら一つの疑問が湧き出た… この拳を掴噛んだらどうなるのか… やってみる価値はありそうだ。


「フギュッ!!」

 …駄目だ。目視では… 何も乱雑に打ち込んでいるわけじゃない。見えない角度から的確にえぐってくるのだ。

 予知が出来なきゃガードも出来ない。…良い技だ、近づくことなく相手を一方的に殴り相手にイライラを募らせる

 ペースに飲まれてはダメだ。イライラを抑え冷静に…


「くそ… 正攻法じゃ無理か…」

 俺はおもむろに瞳をつぶる… 神経を研ぎ澄まし… 感じた!! 右上からのほのかな熱を。


「そこだァッ!!」

「な…!!」

 不意に現れた拳に触れかけた… が、そこまで。掴みかけては消えてしまった。


「…やるじゃねぇかガキンチョ。ここに来るようなタマだわ」

「…ハァハァ、ただもんじゃねぇな… クソ警備員」

「戦闘には長けてるって感じか? なかなか動けてやがる… 地力も俺よりうまく扱えてるじゃねぇか…」

「…羨ましいぜ。男のくせに、【体外返還ラデカル】が上手いんでねぇの?」

「…これでも一応、アーティスト志望だからな。夢追い人は辛いぜ…?」


 【体外変換マデカル】… “【体内返還ラデカル】”とは別のもう一つの地力変換法。 

 体内返還ラデカルが地力を一度体内に蓄え、体内で変換し硬化や体温調整、肉体強化に肉体変化など身体に変化を加える変換術であるのに対し、体外変換ラデカルは文字通り身体を抜けて外。

 対象物に変化をもたらしたり、何かを生みだしたりできるまさに夢のような力で体内返還ラデカルと比べやれることが多いのも特徴。

 どうやらいにしえの文献によると男より女の方が扱いが上手いらしい…


「…夢の力さ。合理主義者にはたどり着けない圧倒的超人の領域。普遍的ふへんてきな人生では手に入れられない。殻を破り捨てたから、俺も手に入れることが出来たんだ」

「…普遍的ふへんてき? 昼は真っ当な警備員やってて、夜は銀行強盗でもやってるってのか?」

「人間らしい道には転がってねぇんだ。ありきたりで量産型… そんな奴の下には振ってこない神様の贈り物…」

 両手を胸に当て、星を見上げる柴田。絵にかいたロマンティストっぷりだ。


「お前は自分が選ばれしものとでも言いたいのか…?」

「俺は人間を殺した。それが俺の原点…」

「…は?」

「お前にはまだ見えないのか…? 人が放つエネルギーの色が」

「そんなもん見えねぇよ」

「血が飛び散った時にゃァほとばしる… 俺の芸術的な才能…」

「…お前いかれてんのか? それともマンガに出てくるようなイカレ系の半グレか?」

「お前も人間どもに捕らわれてる。世間体と言う名の投網とあみを噛みちぎって抜け出して来いよ… お前だって隔離かくりされたこちら側の人間なんだろ? 人間らしく生きることが許されてねぇんだよ俺たちは… この力を使わずしてどう黙らせるよ? 人間どもをどう駆逐くちくする…?」

 全然話噛み合わねぇな、どこに目線があんのか…  ただのクレイジーきどりか?それともマジモンのヤバい奴か…


「俺は人間だ。…社会にはルールってもんがある。そのルールってもんの上でもがくのが人間だ。俺は人間らしく掴んで見せるよ、俺らしさを」

「ふ… 価値観の違いってやつかねぇ… 若いな。俺と言う名の荒波に揉まれなァッ!!」

 奴が空間を転移させ拳を飛ばすモーションに入った…


「カッコつけんな!! てめぇなんぞ、試練でも何でもェ!!」

 多良木でどんだけ背負って来たか…コイツのパンチはひ弱な素人がハンマーを振り回してる程度。

 大したことねぇ。再び目をとして… 背後から気を感じた。俺はだいぶ離れてる奴との間合いを詰めて…


「ば、馬鹿め!! 向かってくるなんて」

「ぐ…」

 今度は俺の前方のみを打ってくる。左手をV字にして頭部をガード。そのまま前進する。頭を守って全身全霊の当身タックル


「勝利の部位Vタックル!!」

「ひぃグッ…!!」

 半身の体制、腰を低く肩で相手の胸のあたりに体当たり。奴は上空に吹っ飛んで背中から地面に落っこちた。今だ… 


「ウラウラウラウラウラウラウラウラァぁぁッ!!」

 立ち上がりざま、顔面をひたすらに殴った。何発も何発も… そのうち首の力がなくなって仰け反り腰の力も無くなって…、最後に渾身のアッパーカット。顔面が上を向いた状態で奴の身体は宙に舞った。

 口から白い異物… 歯が飛んだのが見えた。十メートルくらい吹き飛んでざざっと地面を滑る。


「…あ、アンタ。すげぇじゃねぇか…」

 離れて見ていた嶋野のおっさんが近寄ってきた。


「…さ、行くぜ。土地を取り戻すんだろ?」

「あ、ああ…」

「ぐ…ぁあああ…ハァ、チクショー。なんで俺がこんな目に…」

 歯抜けの顔で悲痛に顔を歪ませている地面に転がってる警備員。


「ビックリ人間パフォーマンスにかまけて自身の鍛錬をおこたったからだ。次からは絶対的なんて言葉こそ疑ってかかるこったな、ナルシスト野郎」

「先に進むのか…? …もう後戻りはできないんだぞ?」

 …俺は転がってる奴の言葉に立ち止まった。人間だれしも新しい一歩を踏み出す時は怖いものだ。

 でも振り返って奴を見ることなく、真っ直ぐに俺自身に誓う。


「…それこそ、投網とあみをぶち破って人間らしくあり続ける。お前は籠の中でくすぶってろ…」

 お前は投網とあみを破って抜け出したわけじゃない… 籠の中、物音立てて注目を集めるだけの哀れな鳥だったんだよ。


「俺にボタンを押させるのか!!? もう戻れなくなるぞ!!」

 ボタン…? 警笛か何かだろう。知ったことか、前に進むんだ。先を進む俺らに彼の声が遠くなっていく。


「…進んでよかったんだろうかね?」

 奴の声も届かない静かになったバリケードの先で一度冷静になって、良かったのか嶋野に聞いてしまう。カッコ悪い…


「ああ… 追い出されたが俺たちの故郷だ。他人に許可なんてなくとも気軽に暮らしてける」

「…俺は、ふるさとでも何でもねぇけどな…?」

 立ち込める霧が進むにつれて濃くなるのを感じる。気持ち、息苦しい。


「あン時は遠目でも観覧車とかジェットコースターとか見えたんだけどな…」

「そうだよ!! この霧じゃ見えないだろ。アンタの勘違いじゃねぇか」

「…それにこんな建物無かっただよ」

 ゲートを超えた先… 港… 波の音… その傍に立つ白い建物。俺は建物の裏側の長い坂を上る階段が気になった。

 丘を登った先に民家があるのか。ずいぶんと高低差がある。霧で見えないがここいらが海辺ってことか。


「…この長い階段の先に住居があるのか?」

 この感じ… 間違いない。言い表すなら多良木の神社… うっすらだが血の匂いがする。


「ああ、この街は長きにわたり津波に苦しんだ。高台に住居を置かねば潮のうねりがすべてを奪っていく」

「へぇ~ …にしても、遊園地の建設を行っている形跡もないな…」 

「んだな、なんでだ? 前まではバリケードの外側からハッキリと見えたのに…」

「遊園地の計画なんてのは嘘っぱちなんだろうよ。海底資源でもあったのかそれとも別の何か…」


 俺たちは白い建物の中に入る。オートドア… と言っても本来、ガラスのドアを思い浮かべるだろう。

 身近なもので言えばコンビニの自動ドア… しかしここのは違う。重いムーブメント… 倉庫のドアのそれと同じだ。


「真ん中におっきい穴があるべ、何だべこれ?」 

 地下へと続くエレベーター的円形の整備された穴… 覗き込む二人。


「灯りがある。地面もある…」 

「んだ」

「…おいっ!! いなかっぺなのかハードボイルドなのかハッキリしろや!! やりづらい…」

 思わず突っ込んでしまった。さっきまで普通だったのにいなかっぺの返しをされると会話のキャッチボールがむず痒くてしにくい。


「んが? やりづらいって、何が?」

「…はぁ。よくわかんねぇし、行ってみるわ」

 彼の問いを無視し一人下に飛び降りる隼人。『で、でれぇ…』といなかっぺ的反応を見せた。



 映画やアニメでありがちなマシーンとデスクが長い廊下を立て並ぶ。機械の腕が作業をして実験的なことを。

 ガラス張りの人体コレクションみたいなものもチラホラ… …間違いない。ここに飾られてる遺体も島民のものだろう。

 …にしてもあのおっさん、何か隠してる。


 先ほどの警備員・柴田の反応から推測するに彼は生き残りなのだろう。それも、皆殺しにされたと思われたはずの村民の中の… 弔い合戦でも吹っ掛けようってのか? それとも… 

 問題は何故彼だけが生き残れたのか、柴田の言いぶりでは完全なる皆殺しが出来ていたものだと思ったのだろう。

 そうこう考えをめぐらせていると機械仕掛けの自動ドアがひしめく中、奥の方で特別にもうけられたであろう一室の手動のドアの前に立っていた。

 手回しで開くカラクリのようだが間髪入れずに乱暴にこじ開けた。と言うよりかは…


 ――ボクォゥンッ!! ぶん殴って穴開けてからドアをひん剥いた。


「だ、誰だ!!?」

「ひーふーみーっ 七人。ここで何やってんだ?おっさんら…」

 白衣姿の研究員が七人ほど。試験管もったりメモ取ってたり各々研究所っぽい事をやっている最中だった。


「…どこの国のもんだ? …ともかく部外者に口など割るものか。やーっ!!」

 一人の男がスパナを片手に襲って『やーっ!!』って… 相撲上がりのプロレスラーかよ。 

 向かってくる…と思ったら来ずに…俺の背後の出口から逃げおおせやがる。見計らっていたかのように他の研究者もゾロゾロと逃げ出した。


「待てコラァ!!」

「ギャーぁあああ!!」

「…え!!」

 俺は何も…彼らが逃げ出した先の方からおそらく彼らの悲鳴… 追いかけたドアの先、長い廊下で待ち構えていたのは惨劇だった。

 釣り具用のチョッキと片手には釣り竿、だぼったいパンツに靴の先まで血が染みついている。横たわっているのは七人の科学者。じつにシュールな光景。


「お、おっさん。アンタ、何やってんだ」

「わりぃ… 殺しちまっただよぅ…」

 おっさんは右手でおもむろに顔をなじり、頬骨の辺りを掴む仕草を見せた。…そのまま自らの皮をべりべりとはがす。


「お、おいっ!!」

 剥がれた皮の下、現れたのはショートでボーイッシュのいかにも元気そうな女だった。


嶋野美樹しまのみき、それがあたいの本性さ」

 あごが外れた… くらいにビックリした。外れたことがないので痛みとかは分からないけど…



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