あなたの愛なしに戦えない



 ~~~杉原すぎはら詩音しおんせつ~~~


―――「隼人くん、私を思い出してくれた。私のこと…許してくれたのっ!」


 目の前には瑠奈。彼女はうれしそうに報告してくる。…何でこんなににもの匂いがそばで感じられるの? 

 …簡単、彼にかれたから。警察犬以上に嗅ぎ分けられる異常な嗅覚。敏感過ぎて嗚咽おえつ吐きまくりで、逆流性食道炎になったのも記憶に新しい。

 彼女の胸元に光る赤い真珠。聞けば隼人とお揃いなのだそうで。はぁ…


「隼人と会えたのね。じゃあ私の役目は終わりかぁ… 楽しかったな、花屋のバイト」 


 もともと瑠奈にお願いされて花屋に勤め、隼人に群がる『ハエを一匹たりとも近づけないでね』って話だった。

 それなのに、私自体がハエになって… 瑠奈との出会いも数奇なものだった。


 瑠奈の姉… 香織チェルシーが主催となって立ち上げた覚醒者の会・艶魔エンマにての交流。

 田舎では一番可愛かったあたし… おしゃれして威風堂々、町中を歩く中学生のあたしを、芸能プロダクションの社長やってる香織チェルシーがスカウトして… って流れでかれこれ6年くらいの付き合い。

 母子家庭だったあたしは親に迷惑かけまいとチェルシーを頼って帝和に移り住んだんだっけ… その時は地力リガの存在なんて知らなかった。


 ちなみに【チェルシー】って言うのは愛称というか身バレ防止のために艶魔えんまのメンバーがそれぞれに持ったコードネーム。

 なんでも、同じように覚醒者で血のつながらない家族として形成しているグループがあるらしく、その彼らがやろうとしていたことらしい。

 つまりはアイデアをパクったってことだ。一応あたしにも【リリアン】なんて付けてくれたけど恥ずかしいからチェルシー以外は本名で呼んでる。

 ちなみに瑠奈は【ミッシェル】。なんかよくわかんない感じ…


「…上手くいってるの?」

「え…? 隼人くんとのこと?」

「…違う、海外留学とか事業の進展の事よ。…もう頭がスイーツなんだから」

 …隼人もある、仕事もある、お金もある、立場もある。私には無いものをいっぱい持ってる… 友達じゃなきゃ嫉妬しちゃうよ。


 隼人があたしのために一つだけお願い事叶えてくれるから、泊りがけのデートをねだった。

 休日は存分にはやとを求めようと念入りに計画を立ててる。

 名付けて【“遊園地存分ツアー1泊2日”】 


 …これで終わり。普通の関係に戻れるように頑張るぞ…



 ~~~~~~~


「…土曜か」

 木曜日の夜、詩音からメールが来た。『二人の為に楽しみましょう』…ってなんかしめっぽいな。遊園地で一泊泊まろうと… 


 瑠奈ちゃんと帝和で別れてから三日経つ… 彼女を忘れられずにいる。今の時代会わずとも仕事が完結、会うきっかけを見失って…穴が開いたようなとても胸の痛い日々を送っている。

 多良木から帰宅して、紗耶香やいとしは一日ぶりの俺の帰還を出迎えてくれたのに、飛鳥は『遅いです』だの、『依頼主クライアントの香水の匂いが染みついてるからいち早くお風呂に入ってください』だの、疲れて帰ってきた俺を全くいたわろうとしない。

 思春期って難しいな… 波がつかめない。俺、こんな時期あったっけ…? 今もろくすっぽ口きいてくれないんだ。


「今日は部活で遅くなります」

 木曜の朝の事、食事は一緒に取ってくれるんだけど冷たい… 触れようとすると引っ込むのに放置すると求めてくる猫みたいだ。


「おっ弓矢ゆみやか。頑張れよ~」

「…弓道きゅうどうです」

「あ…き、弓道ね。よし、今度見に行っちゃ…」

「良いですよ」

「あ、駄目だよね… …え、え?良いの?」

 コメディにありがちの、ベタに否定ありきの前のめりになってしまった。こんなの初めてだ。

 授業参観も体育祭も文化祭だって来るなって言われてたのに弓矢ゆみや… いや、弓道きゅうどう部の活動は見に行っても良かったのか。


「今度大会があります。もし都合が合うなら…」

 と学生カバンから紙を一枚取り出して俺に手渡した。え~っと… 開催日は… マジか…


「ど、土曜日? 今週の土曜日?」

 マズい… 詩音しおんと約束を入れている日だ。行けない…


「土曜日ね、じゃあいとしくんも連れて応援に行ってあげる。隼人くんは?」

 紗耶香が行く気満々なのに対し俺は… 良い回答を持ち合わせていない。


依頼人クライアントと打ち合わせがあるんですよね。どうせ…」

 飛鳥に冷たく振り払われた。もうそれ、女だと確信してる言い方じゃんか…

 俺もちょっとムッとして言い返す。


「ない! …けど悪い、大事な日なんだ」

「大事な日…ですか。私は… その大事の中にはいないんですか? 悲しいですねっ!!」

「何だよその言い方…!! お前こそ俺のことなんて…」

「あ、ちょっと!! 二人とも…」

 紗耶香が仲裁に入ったので俺も飛鳥も握った拳を引っ込めた。目を失って耳が命の彼女を困らせるのは最低だ。

 そんな彼女を怯えさせるのはもう…


――「あっ…!! 七時のお天気お姉さんの時間だ。見なきゃ…」

 そんな中でも眠気からぽーっと一人、黙々ともぐもぐと朝食を食べるいとしに救われた。彼の声でリビングはバタバタしだす。


「時間… もう出ます」

「お、おう…」

 飛鳥は七時前には出るのだが今日の出来事もあって珍しく七時を過ぎた。紗耶香も急いでお弁当を飛鳥に手渡す。


「ありがとう紗耶香さん」

「頑張ってね…」

「はい… 行ってきます」

 リビングで飛鳥を見送った。小声で『いってらっしゃい』と… 伝わってないか。



 ◇◇◇


――ピピピピッ ピピピピッ… 目覚ましが鳴る時刻は四時半。 


 土曜の朝だ、詩音が車で迎えに来てくれるらしい。いつも遠出するときは俺のバイクで出かけるんだが今日は…

 俺の部屋から玄関前の通りが見える。…嘘だろ? 飛鳥はこんな時間からランニングなんてやってたのか。

 今日、大会だもんな… 頑張ってるところを見て欲しかったんだな… すまねぇ。


 ◇◇◇


 朝シャンを済ませ、トーストを焼く。目玉焼き作りに取りかかろうとした時くらいか… ガチャガチャと玄関が開いた。


「お帰り…飛鳥」

「…ずいぶんご執心しゅうしんなんですね、依頼人クライアントさんと…」

 げふッ…!! すぐこれだ。もう昔みたいに仲良くなれないのかな…


「今日はどちらにいかれるんですか?」

「…仕事だ」

 俺は彼女がいることを身内には公表していない。よりにもよって紗耶香の働き先の子に手を出したなんて、口が裂けても言えない。


「…ふーん。じゃあ私も連れてってください。きっと役に立つので」

「は? お前なぁ…」

 『今日大会だろ!!』とかいう古典的なツッコミはしない。それではかまってちゃんのコイツの思うつぼだから。 


「今度な」

 彼女を受け流して俺はリビングに戻り、トーストを食す。飛鳥は一目散に浴室へ…


―――「お湯張りをします。お風呂の栓の…」―――


 …ったく、贅沢だな。朝シャンならぬ朝風呂か… まぁ大会を前にして疲れた体を癒さないとな。ランニングは自分で勝手にやってることなんだけども…


 食事を済ませ午前6時、紗耶香といとしはまだ寝てる。休日だしゆっくり寝かせてあげようと抜き足差し足忍び足… 俺は歯を磨いて、家を出ようとドアノブに触れたところで再び飛鳥と玄関口…


「お、行ってくるわ。鍵閉めて」

 俺の去り際に『…ばか』と呟かれた。なんだよもう… あ。そう言えば泊りがけで出掛けるって言うの忘れた。紗耶香に後で電話しとかなきゃ…


◇◇◇


 喜楽駅前のロータリー… 『ここで待て』と指示があった。

 しばらく待っていると一台のSUVが止まる。オックスのGH400… 車両本体価格850万… 初めて見たぜ、…詩音が運転してるとこ。


「さ、乗って?」

「…いつ買ったんだよ。こんないい車」

「今週納車したばかり、ちょっと大人の階段登りたいなって思ってね…」

「お前… 運転は大丈夫か?」

「大丈夫。駐車はまだ苦手だけど、バックモニターとかあるし」

 運転してるとこ見たことないので不安だ。…でも一度ひとたび走り出すと安定した。これなら楽しめそうだ。


「隼人、下に入ってるCD入れて」

「お… これか?」

「ええ、マイベスト。さぁ、歌うわよ!」

 懐かしい曲ばかりだが二人だけのカラオケ大会。俺が最新の曲を知らないもんだから気遣ってくれたんだろう… こういう気の利くとこが愛おしいわ。 

 『渚を股にかけて~ イェイイェイ♪』…詩音もノリノリだ、まあいいけど。


◇◇◇


「着いたーっ!! 今日は目いっぱい遊びましょう?」

「おっす」

 午前九時…木原きはらザブーンランド。 水の都ザブーンランドには水にまつわるアトラクションが豊富らしい。

 駐車場はもう満杯だ。もう少し遅かったら少し離れの駐車場に停めることになっただろう。

 名物・ハイドロコースターとひんやりサファリパーク、この二つは並ぶらしいので後回しにするんだとか。

 一日のフリーパスで4,500円… 『遊びつくすつもりだしこれに決まり!!』と彼女が言う。

 チケットを買って入場… 大きな噴水と立派な特設の水槽に放たれた魚たちがお出迎え。

 地図案内板の前で立ち止まる。エリアを把握できるマップを見て順路を確認する詩音。


「え~っと… ミルキースパイシーカップは…」

 一つ目、詩音がどうしてもこれがいいと言うので水流コーヒーカップにのった。コーヒーっぽい色の水の上をコーヒーカップで流されると言ったアトラクション。

 一般的なコーヒーカップを思い浮かべてるなら間違いだ、開店するのは開店するがとっても過激に…


「うわ… ェ回った… す、すごいな…今どきのアトラクションは」

「もう、だらしないわねぇ…」

 ベンチで一休み、詩音は早く次の乗り物に乗りたいようでせかされた。

 グルんグルんと高速で回られるもんだから三半規管をやっちゃった…


「今日泊まるホテルはね、日本グルメ会が三ツ星で付けてるレストランが入っててね…」

「おいおい。遊園地の最中に泊まる場所の話はやめようぜ」

「…それもそうね。そうだ花屋でね…」

 彼女の抱える不満や愚痴などを聞きながらの一休み。なんでも花屋でのお客が詩音にくぎ付けで花をプレゼントされたそうなのだが、安物だったらしい。ふふ…


◇◇◇


 二つ目、この時点でお昼前くらい。10時開演で入ってもう二時間くらいか。やっぱり週末は混むなと思った。

 スイーツアイランドと言う女子人気のアトラクション、甘い香りと中で試食しながらなぞ解きをすると言ったもの。


「それでね、太和屋のオーナーがね」

 アトラクションの中、なぞ解きしながらも彼女の不満話はまだまだ続く。ストレス社会だからいっぱい溜まってんだな。

 

「…『報われない愛はない。恋の味方、チョコレートフラッシュマンは君の中にいるんだよ、はーと』… だってさ」

「…甘いわね」

「え…?」

 アトラクションのなぞ解きを終えて最後の扉に掛かっている掛け軸を読む。すると詩音は一瞬表情を暗くした。…が持ち前の元気を瞬時に取り戻して『次に行くわよ』と俺を先導した。

 確かにご都合主義とは思ったけど、メルヘンの王国をつかまえて『甘い』ってマウント取るのはなぁ… 

 …あんな寂しそうな顔、まどかの件以来だ。


◇◇◇


 午後一時半、会場レストランにて食事を挟む。この遊園地… 施設も立派だが食事も立派だし旨い。また来たいものだ。

 

「それでね~ 中嶋ってドライバーがさぁ…」

 止まんねーなオイっ。マシンガンのように噴出する不満不平。まぁ、俺も彼女も楽しんでるからいいか。さっきの顔がなかったかのように今を楽しんでるから多少は、ね…

 …そういやこれが俺たちの基本スタイルだったっけな。俺は自分から喋る方でもないから先導してくれて楽でいい。

 こいつが女房になったら楽しそうだし幸せそうだな… 家族もさぞ温かいだろう。


◇◇◇


 午後四時、ハイドロコースターの行列を並ぶ。本日アトラクション四つ目… 大盛況だ。入れ代わり立ち代わり人が減らない。水しぶきが襲うラストが必見らしい…

 一時間半経ってようやくマシンが見えた。もちろん二人で乗車… 『やっと出番来た』と相変わらず不平不満を言う彼女であった。


「うわわわ…」

 頂上降下前… 緊張の一瞬だ、顔がこわばる。横で詩音がなんか言ってる…


「よ…よし!! あたしねっ!!」

「「うわあああああああ!!」」

 悲鳴と共に真っ逆さまに落ちていくコースター。俺は必死になって重力に抵抗、その横で詩音が何かをつぶやこうとしてる…


「あ、アンタの彼女になれてよかったぁぁああああ!!」

 俺はその言葉を聞き逃さない。そして『俺もだよ』と今にも風に消えちまいそうな声音で言ったのだ。

 コイツのこういう度胸ある所が好きだ。女房になったら尻に引かれるね、俺…


 午後五時、ビショビショになった俺たち。近くのベンチで一休みの談笑。


「ホント最悪~っ 濡れすぎっしょ!!」

「いやぁびびったな。落下前にストレスで禿げそうだ」

 彼女はそう言いながらも落下時の写真を買っていた。…俺の顔がツボだったらしい。

 さっきの落下時の出来事を思い出してお互い口少なになる。青春だ… 

 …しかしそんな青春を感じながら現実に引き戻される瞬間がやって来る。


――――――――――――――


「あ、そうだ…やっべ」

「ん? どうしだの?」

 俺は楽しんでいてスッカリ紗耶香への連絡を忘れてしまった。詩音に了解を得てベンチで電話をする。


「もしもし、紗耶香か?」

――「あ、隼人君? どうしたの?」

「俺ちょっと泊りになりそうだからチェーン掛けて寝てな」

――「あ、分かったわ」

「飛鳥… どうだった? 今日行ったんだろ?」

――「すごいわ、第三位で入賞したの。隼人くんがいれば『優勝も狙えた』なんて冗談を言ってたわ」

「はは…」

 いや、あながち冗談じゃない。あの子なら出来てしまうんだ、超人的なあの子なら。

 もしかして当てつけの3位だったり…


――「これで弓道生活引退だけど悔いないって…」

「引退…?」

――「…え?知らなかったの?」

 …俺は知らなかった。彼女の何もかも… そりゃ最後の大会なら見てもらいたいよな… はぁあああ!! 自分にイラついて大きなため息を付くと『何?どうしたの?』と詩音を心配させてしまった。 


 ーー『私の事… 興味ないんですか?』ーー


 いつの日か… そんなことを言われたな。思えばあの日から彼女に冷たさを覚えた気がした。


――「もしもし? 隼人君?」

「あ、悪い… 戸締り頼むな、じゃ」

――「あ、ちょっと…」

 強引に電話を終わらせた。これ以上暗くなってたら詩音に申し訳ない。


「良いの? あんな感じで切っちゃって…」

「…ああ。さっ楽しむぜぇえええ!!」

「うん…」

 彼女はなんか感じ取ったようであった。俺はそれを掻き消すかのようにハイテンション。


―――――――――――――


 午後六時半、飯時なので手軽に入れるアトラクションに向かう。食事時なのか、50分くらいで入れるらしい。…感覚がマヒしてる。

 本日五つ目のアトラクションひんやりサファリパーク。3Dグラスをかけて、寒い空間… 猛獣が追いかけてくると言ったもの。


「なんだ、ヴァーチャルか… お化け屋敷のが怖いんじゃね?」

「そうね… 今どき3D… ただ技術は進歩していて、めっちゃリアルで寒くって…」

 なめてると急にやってくるエグい仕様らしく…


「うわああああ!! ホッキョクグマ!! ホッキョクグマぁああああ!!」

「きゃああああ!! ペンギン全然可愛くない!! キモいっ!!」

 …死にそうになった。二人してきゃっきゃ、きゃっきゃ。終わってみたらすっげー楽しかった。


◇◇◇


 ひゅるひゅるひゅるひゅる… パーン!! 花火が弾けた。

 観覧車の順番を待ちながら… 午後7時20分。


「…あ、始まっちゃった」

「まぁ、終わる前には乗れるだろう…」

 高い所から花火が見れる観覧車。やっぱり同じような考えが多いんだな… 同じようにカップルが列を形成する。

 一時間近く経ってようやく俺たちの順番が回ってきた。


「…結構、狭いね」

「ああ、なんつーか…」

 観覧車に乗り込む二人。キスする間合いだよな、この狭さ。へぇ~ 今どきの観覧車はカラオケができるのか…


「あ… 上がった」

 花火が上がった方を彼女は指さす。ひゅるるると花火が打ちあがり… バーン!!


「おっ… でっか。…んっ!!」

 上がった方向を見てたら彼女が近寄って、俺の唇を奪ってきた。男らしい…


「どう…? 青春でしょ?」

「…お、おうっ!!」

 …アルバムがあるなら、一ページくらいはこんなのが入ってるよな… とか思いながら返した。

 甘酸っぱい… 俺たちは青春の一ページの中にいる。


◇◇◇


 午後九時、遊園地を出てホテルに入ってるレストラン。いわゆるコース料理なのだが、一品一品写真撮ってる彼女に『田舎っぽいからやめなさい』と言うと、『写真撮るのが都会のやり方なのよ。SNSで自慢してやるの』と怒られた。

 …鴨ロースがたまらなく旨かった。今度紗耶香にお願いしようかな。

 レストランには閉店ギリギリまで他愛のない話で盛り上がってた。一年以上の付き合いだがああいった話で盛り上がれるなら今後も安泰だなと思ってた。


◇◇◇


「…きょ、…今日はいつになく積極的だな…」

「ふふ…」

 午後十一時… ベッドに服を脱ぎ捨ててブラジャー姿の詩音の前に、クール気取って言ってみる。

 艶っぽい… 凄い色気だ。シャンプーでも変えたか?


「…こんなにいいホテル、汚してあげないと損じゃない…?」

 か… っこいいのか? すんごい大人っぽい口調で言うからカッコよく見えたけども…

 無性に欲しくなって… 力強く抱きしめる。肌越しに伝わっているだろうかこの愛が。

 愛した女の前、気を冷静に保てるさが… 俺はこの夜を存分に楽しむのだった。

 彼女を楽しませながら存分に…やがて俺も果てて… 夜は更けていく。


◇◇◇


 翌朝。お互いにヘロッヘロなはずの体を起こし、帰り支度。しかし変だ… なんか彼女がない。


「お、おい… そんなに急ぐこと…」 

 昨日とは打って変わって彼女は口数少なく…


「もう、終わりにしましょ? 私は十分楽しんだから」

 遊園地を急ぎ足で歩く彼女が言う。俺はそんな彼女を必死で追う。


「あ? 何を言って…」

「あんたとは終わり… もういやっ!! 抱かれれば抱かれるほどに遠くなっていく。私は彼女を感じてしまうのよっ!!」


 パンッ…!! 思いっきりぶたれた。頭が真っ白になるくらい強烈で…


「…もううんざり。アンタから私じゃない女の香りがプンプンする…!! まどかさんって人の時もそうだけど、アタシってセフレか何か? 一生懸命に抱きしめて離さないでよっ!! そうじゃなきゃ…」

 一杯に涙をためて俺に訴えかける彼女。…サイテーだ。瑠奈ちゃんとのことバレたんだ。もう終わった…


「…親友・・を相手に戦えないじゃないっ!!」

 親友? 俺は一瞬『ん?』と思ったが、走り去っていく彼女を前に膝ついて天を仰ぐだけ… 遠く…遠く…


 そうだ… 車はあいつが用意したんだ。…アシがない。どうやって一人帰ろうか…



 ~~~杉原詩音の節~~~


「…ごめん、あたし隼人と付き合ってた」

 高速のパーキングエリアに止めた車。電話にて… 清算させたかった。

 彼女を証人にして関係の終わりを確実なものにし… 気持ち的にも瑠奈には申し訳なかった。

 この申し訳なさと付き合いながら隼人と付き合っていくのはもう… 無理。


「え…? そ、そうなんだ…」

「でも別れたから。アンタ裏切ってまで横恋慕よこれんぼなんてできないや」

 …ほんとバカ。あたしってほんと損な役回り。都合いい女って感じ。


「別れたって… 私の為なの?」

 瑠奈が心配そうに私に言う。彼女もまた、恋愛と友情を天秤で測れないタイプのいい子だ。


「違うよ、遊びだった。ホントごめん、彼イイ男だったからさぁ」

「何それ… 親友ともだちだけどさすがにそれは酷くない?」

 サイテーな私。さすがに瑠奈も怒るよね… でもこれでいい、ダーティーでヒールな女を演じよう。


「…海外に行きたいんだけど、ホームステイ先教えてくれない?」

「逃げるの? 私からも隼人くんからも…」

「…るっせーよッ!! …ズルいままでいさせてよ!!」

 彼女の言葉で隠した本音が出てしまった。もうダメ… ボロを隠し切れない。


「…じゃあ、暫定的ざんていてきに隼人くんは預かっておくわ。取り戻したかったらかかってくることね。それまではアメリシアでショッピングなりフラワーアレンジメントなり楽しんで来たら? チケットは郵送するから」

「…うん。ありがとう… 今ならまだいると思うから…」

 私はサイテーだ。サイコーな彼女に気を使わせてしまった。そんな自分に嫌気がさして車の中で眠ってしまった。


======隼人と詩音======


「…あたし、杉原すぎはら詩音しおんって言います。今週から働かせてもらってて…」

「あ~そうなんだ。よろしく」

 隼人との初めての会話がこれだ。どこか硬派気取ったデカい人って第一印象。ここの花屋と密に接しているらしく、手伝いとかもするらしい。

 ていうか人に名乗られて自分の名前名乗らないの? って感じ。


「杉原さん」

「あ、詩音でいいですよ隼人さん」

「あ… ああそう。ちょっと照れ臭いけど… んじゃ詩音さん」

「さん付けは… まぁいいや。なんですか?」

「…紗耶香、すごい良い子で通ってるけど抱え込みやすいから心配でさ… よろしく…頼むね?」

 ニコニコしながら隼人は私に頼んでくるの。血のつながりはないらしいけど、温かくて触れてみたくなって…


「…こ、こ、今度お食事にでも行きませんか? お互いのこと知り合うために」

 か、噛んだ~っ!! 『わたし、男知ってます』みたいな感じで行きたかったのに出だし最悪… 

 しかもこういうセリフって男の人に言わせるもんじゃないのかなぁ…


「あ、あ、はっ、はい!! いっ、行きましょう!!」

 いや、めっちゃ噛み噛みやんっ!! 確かこの頃の隼人って女性をまったく感じられない人だった、臭い的にも気配的にも。

 つまりは童t…


◇◇◇


「え~っ 大変だったんですねぇ…」

 レストランにて、夜のディナータイム。隼人はベラベラと過去の話をしだす。

 付き合ってから注意したけど、彼は信頼した人には何でも話す癖がある。

 この時のあたしはすでに信頼されてたのだろう。勤務8日目とかだけど…


「…ここら辺に夜景がきれいで星が見えやすい場所があるんですけど行きませんか?」

「え…? 今から?」

「はい、ご馳走していただいたお礼として何かと思って…」


 何てのは建前、もっともっとお話ししていたい。帰りたくないし帰したくないと思った。

 こんなにもまっすぐで純真な心を持ちながら汚い世界に染まることなく家族だけを考えて働ける… 本当に魅力的だった。

 あたしは花屋に勤めるまでにいろんな人間と出会った。そのどれもに類しない、素敵な人… 噛めば噛むほどに味が出るビーフジャーキーのような人。

 あたしみたいに猫かぶることなく… そりゃ硬派気取ったりするけどみんなにバレバレで愛されて… 本当に惹かれてしまってる。

 瑠奈のことを忘れてあたしが楽しんでいる。この人の前なら素の自分でいられると思った。


「わぁ~ホントだ。月が…綺麗だねぇ」

「ここ、誰も来ない秘密の場所だったんです。辛いときとか嫌なことあったらここに来られるようにって、車の免許が取れるようになったら速攻で取りに行きました。ひみつのばしょだけど、隼人さんに教えます」

「そ、そっか… ありがとう」

「…ねぇ、隼人さん」

「な… なんだい?」

 今日の香水は妖艶な香り。スイートのように甘くもエレガントにつんざくシャープでデンジャーな大人のシックさを醸し出す。

 …表現が難しいんだけどビターって感じ? だから隼人も目が虚ろで…心なしかぽわぽわしてる。

 酔っているみたいだ。そんな彼の目を覚まさせてみせようホトトギス。


「…お付き合いされている方って、いるの?」

 プライベートゾーン… プラスでタメ口。核心に迫るときに使う手口… これで大概の男性はイチコロだってティーン御用達ごようたちの女性誌に書いてあった。


「え、い、いやぁ… 特には…いないけど」

 テンパってる、…可愛いな。なんだかこっちまで動揺しそうだ。


「じゃ、あ… 私と…」

 こういう場面であたしなんて… 軽いよね。真剣に彼の目を見ながらとっておきを放った。


「…えっと… …はい。俺も良いなーって思って」

「…え?」

「…え、え?」

 彼の了承に涙が出た。感極まって泣いてしまったのだ。拒絶されたらどうしようとか居場所失ったらどうしようとか考えてて… 

 でも彼はOKおっけーしてくれて…あたしを受け入れてくれた。 この時点で瑠奈のことなどなかった。

 ただ誰にもとられたくないと、この恋は走り出してしまったのだ。


「だ、… あ、ハンカチなら」

 差し出されたハンカチを受け取らずに彼を抱きしめた。そしたら彼『あへ?』って間抜けみたいな声出して… 余計泣いたわ。

 驚かすつもりでもなく本能的に… 彼を欲してしまったのかもしれない。


「あ…あ、えっと…」

「よろしく… お願いします…」

 耳元でささやいた。しおらしく、いいとこのお嬢さん気取って…


◇◇◇


「あ、やっぱり扱えたんだ地力リガ

「うん。…一人の時間が多かったから自分に目を向けてたら見えてきて…」

 お互いのことをさらけ出そうって話になって、お互いに疑問に思っていたことをぶつけあった。その一つが“地力リガ


「…だからね、隼人絶対チェリーだなって…」

「ゼリーじゃねぇよ!!」

「いやあの… チェリーだってば」

 …幸せな時間が流れていった。何もかも忘れて楽しめる幸せな…



「…隼人」

 幸せな時間は過ぎた。枕を濡らしながらむせび泣きでヒックヒク。…敗者は潔く去ろう。



===========


 ~~~詩音が俺のもとから去って一時間、遊園地の外の駐車場で待ちぼうけを食らっている。


「…ああ、どうしよう」

 俺はアシのない状況…途方に暮れていた。罰を受けているんだな、積み重ねた罪を精算する罰だ。

 この朝のタイミングで帰る人はいないだろうが、何とか同情させてもらえないかと人を訪ねるけど駄目だ。


 …そんな俺の前に4WDのゴツイ車がが現れる。俺の前で止まりウィンドウを開けて出てくる顔、帝和駅で別れた瑠奈ちゃんだった。


「…隼人くん」

「瑠奈ちゃん!! なんでここに…?」

「遊びに来たのよ…」

「一人で?」

「…どうでもいいじゃない。あなたも一人なんだから。一緒に入らない?」

 どうでもいい… 帰れるならどうでも…


「…ああ。行こう」

 相手は変わっての二度目の入園… 俺は多分あまり楽しめないだろう。


 ◇◇◇


「あ… のさ、瑠奈ちゃん?」

「…何?」

 コーヒーカップ… 奇しくも詩音と同じで一番に選んできた。散々乗ったな… 気持ち悪くなったんだ。

 でも今は全然…


「俺、別れた」

「そ…」

「俺でよかったら… また…」

 …サイテーだな、俺。ぽっかり空いた穴を塞ごうと今まで忘れてた彼女に今度は手を出すんだもんな…


「…うん」

 そんな彼女は赤らめて、純粋そうに微笑みかけてくれる。俺はデカいけど、どこか孤独で弱い生き物だ。



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