Act 3.海人と継ぎ接ぎの島

悲劇は海からやって来る


 今から10年前のこと、帝和から120キロほど離れた住みたい街ランキング毎年上位の海沿い地域“水南すいなん”の南川部みながわぶ梅宮うめみや区・江西えにし港(川崎隼人が所有する船はこの付近にある)


 ここいらの海ではカツオに金目鯛、サザエにシラス… 等がよく取れて市場にさばかれる。

 味の肥えたグルメたちは水南すいなん海域でとれる新鮮な魚を求めて魚市場に集うのだ。

 …そんな彼らを黙らせる食材が市場を連ねる江西港は知る人ぞ知る名所として知られている。


「いいか美樹。漁業ってのは波がある。湿気しけたときもあれば逆転満塁サヨナラホームランで大きく勝ち越すときも…」

「父ちゃんのギャンブルの成績みたいだね」

「てやんでい!! 真面目に聞けぇい!!」

「痛っってー!!」

 船舶が多く泊まる港にて、ハチマキ巻いた父親にげんこつを食らうボーイッシュな少女。

 父は娘に色々教え込みたいんだけど、なかなか聞いてくれないという構図。漁師歴八年目でまだまだ経験浅いのだが、それを感じさせない身体能力と人柄で周りからの信頼が厚い。

 娘は小6のまだまだ遊びたがり。一人娘なので息子感覚にドライブ感覚でよく強引に船に乗せられるが、海は嫌いじゃないし魚も大好きっ子。

 なんやかんやで父親と過ごす海が好きなのだ。

 

「そんな予想のできない不安定な俺たちを支えてくれる皆への感謝することを忘れるな。どんな時も俺たちの相手は魚じゃなく人だ」

「はいはい…」

「はいは一回!!」

「痛ッてぇ―ッ!!」

 父親からまたまたげんこつを食らう娘。『またやってる、仲いい親子ね』と、もはや名物の父娘であった。


==========

 

 地元民からも取引先からも家族からも愛された男・嶋野源しまのげん、32歳。

 江西えにしげんちゃんとして若いころはブイブイ言わせていた水南すいなんボーイ。

 上二人姉の三兄弟の末っ子で、ステゴロでは誰にも負けたことがない暴れん坊だった彼を変えたのは、親父と過ごしたこの海。

 彼は漁師として二代目に当たるのだが、親父との仲違いで家業を継がず17歳で喧嘩別れし、家を飛び出して型枠の大工になった。


 彼の父親は夢であった家業の継承を果たせないジレンマから、漁師殺しの荒れ狂う海にも向かうようになっていく。

 酒にも溺れ女にも溺れ… すさんでいく彼を何とかしてほしいと母親から手紙をもらった24歳の頃。

 その頃には漁業もうまくいかず、借金も膨らんでいた。

 母の頼みと親父を訪ねる源。彼を待っていたのは病床にす親父の姿。


 母親曰く、寝言で息子の名前を叫び続けたらしい。しかしその声は届くことなくリリオ屋の身体はやせ細り… そんな体になっても海に出ると言うのだ。


「父ちゃん!! 俺やるからよぉ… ゆっくりしとけって」

「お前なんかに!! お前なんかに… 出ていけ!!」

「…分かったよ」

 細く弱弱よわよわしい体から、必死に出す言葉。これ以上刺激するのは止そうと実家を後にした。

 …しかしこれが後に後悔に繋がるのだ。


◇◇◇


「ばか野郎…」

 …葬式。父親の葬式… 出て行けと言われても『喪主を務めてくれないか?』と母親から頭を下げられて…

 やつれた体に鞭を打ち、俺の来訪の次の日に海へ一人で出たというのだ。

 何事もなく帰ってきたのだが、無理からくる肺炎… 苦しみの後死んでいったという。


「父ちゃん言ってたわ… アイツには負けん、源坊には負けんくらい魚を取って来るって…」

「そんなことを…?」

 父親は、息子に負けたくない一心で海に出たんだと母は言う。源はその言葉に決意する。これは親父からの挑戦状なのだと…

 『俺がやる』と言ったが手前、漁業を取り組む為、今の仕事を辞めて地元に戻ってきたのだ。


 『源ちゃん丸』は大海をべる… 荒波も越え、風にも雨にも耐えて大漁旗たいりょうばたを掲げて今日も行く。

 ここは源にとってかけがえのない大切な場所となったのだ。

 親父との思い出、苦労話、成功した日、家族としたバーベキュー… そのどれもが宝物。

 

 でも運命は残酷だ… そんな思い出の詰まった場所を巨大な波が飲み込むかのように一発で簡単に壊してしまう。

 躍進する彼のもとに魔の手が忍び寄っていた… 


=========


「嶋野さん… どうよ」

「いい加減にしてください! そんなこと言われても我々の生まれ育った故郷ですから出ていけませんよ」

 源のもとを訪ねる黒服集団… 三か月くらい前からこの土地を買収にやって来た男たちである。

 条件自体は悪くないのだが、先代から受け取ったこの土地を譲るわけにはいかない。皆、彼らを突っぱねた。


「じゃぁ無条件に権利書置いて出て行ってもらおうか?」

 四、五十代くらいのリーダー格であろう男がげんに迫る。地上げ屋… どの町にもいる、人の足元ばかりで動かない相手には酷い真似をしてでも… 

 泣かぬホトトギスを泣くまで待ちはしない。脅すか、もしくは…


「源さんっ!! アンタんとこの美樹ちゃん、見当たらないんだ!! さらわれたんじゃなかろうか?」

「…!!」

 近所に住む土岐ときさんがやって来てげんに言う。共働きで黒服集団がやって来るからと好奇心旺盛な娘を預かってもらっていた。

 同い年の娘さんを持っていて何かある際は預け合える間柄の二人。

 しかし土岐さんの話を聞くに娘は父親が心配だと家を飛び出したという。『父である源が黒服集団に怖い顔して対峙していた』と同級生に聞いていたのだ。


「…てめッ!! 美樹ッ!! どこだッ!!」

「美樹…? 何のことだ?」

「とぼけんじゃねぇ!! お前らが腹いせにやったんやろ!!」

「あまり憶測でモノを言わないほうがいい。名誉棄損で訴えられてしまいますよ」

「…クソ!!」

 魚市にて働く嶋野源の娘・美樹(当時11歳)を人質に、地上げ屋は強請ゆすりをかけるのであった。

 この街の顔役的存在、彼を慕うものは少なくない。そして彼は頑として首を縦に振ろうとしないのだ。

 それに見かね痺れを切らした地上げ屋の強硬策である。


「おとなしくしてたら犯人もある日にひょっこりと顔出してくれるかもしれないですねぇ…? 例えば明日… 朝九時ごろに電話がかかってきて、身代金に土地の権利書を要求したり」

「てめぇッ!! もう許さねぇ!!」

 自分たちがやったんだとあからさまな挑発。明らかにこの場を支配する地上げ屋どもに言葉を持ちえない源は怒りからリーダー格の男をぶん殴った。男は地面を転がる。

 しかし大人になった源、やってしまった…と後悔する。が、時すでに遅し、後ろにいた金魚のふんみたいな男たちが戦闘を仕掛けてくる。

 向かってくる相手に再び戦闘態勢に入る源。


「止めろ!!」

 そんな彼らを制止したのは他でもない、殴られたリーダー格だった。


「そうだ… いいぞ。こぶしを握れ、歩みを止めるな…」

「あ…? ぐふッ!!」

 立ち上がった男から強烈な膝蹴りを見舞われる源。痛みで腹を抱えながら今度は彼が地面を転がる。


「徹底抗戦なら望むところだ… 暴力に訴えかけるなら俺たちにも考えがある」

「ぐぅ…らッ!!」

 地面に転がっている源を見下して彼は言う。ムカついて痛みそっちのけのやせ我慢で立ち上がる源。再び拳を握る… 一発、二発、三発と拳を出すもボクサー張りにギリギリかわされる。それどころか…


「うらァッ!!」

「ガあッ…!!」

 あごをすっぱ抜く左ハイキックでカウンターを貰ってしまう。力の差は歴然…


「相手見てから喧嘩売れよ… 手前てめぇの身の丈も知らねぇからやんちゃな事するんだ、馬鹿っていうのは…」

「待て…」

 退散する集団の足元を必死に食らいつく。その一人に顔面を蹴り上げられて…


「まあ待てよ。まだまだ前哨戦ぜんしょうせんだ… ここからお前には、な…」

 リーダー格がそう言い終わるのを聞き終えると源は気絶するのだった。



=============


「…もう父ちゃんに何もしないで!!」

 …源の美樹、男たちにそそのかされて源をいじめる親玉に会いに来た。黒服たちに帯同されて…


「ああ、しないよ… 父ちゃんが僕らに優しくしてくれたらね…」

 …親玉、何を隠そう源と対峙したリーダー格の男であった。


=============


 翌日、電話にて地上げ屋からの連絡があった。声からして例のリーダー格であろう。


「もしもし…」

――「アンタの娘は預かってる…って言う男と接触した」

「…!!」

 この手の話の流れも卑怯なもので、俺たちがやったわけじゃないと。第三者の手によって子供が攫われてると言うスタンスで被害者に対し俺たちはあくまで交渉人ネゴシエーター的立場をとっているんだと主張するのだ。


「…それで、条件は?」

――「何も俺たちは奪おうってんじゃない。金はある程度出す。…だからいい加減、退いてくんねぇか?」

「それじゃお前らがやったって言ってるようなもんじゃないか…」

――「権利証渡さないと奴ら… 指を引きちぎってローソク代わりにケーキにブッ刺すんだと…」

「ふ、ふざけるなッ!! 俺たちがどんな思いでこの家業、この街を守ってきたか… つぶれそうになる度、支え合って金に変わらぬ絆がある。江西にかける思いがある。お前らパッとでに渡せるものかァッ!!」

 熱くなると周りが見えない源。娘がとらわれていることを忘れて思いの丈をぶちまける。


――「…じゃあ、娘は、きっと酷いことされてしまうなァ… 凶暴そうな男だ… 今にも目を切り抜いてしまいそうで俺は心配だ…」

「いや、待て。…分かった。俺で手打ちしろ。…いや、するように交渉してくれ」

 源は条件を飲むほかない… もう何もできない、射程距離におびき寄せない限りは… 


――「よし、午後四時… 江西港の二番の港で待つ」

「ああ…」

 布団の中で電話を終える源。ボロボロになった彼は近くで見守っていた土岐ときさんに運ばれてきたのだ。

 二番の港とは全部で四区画ある船置き場の二番口を指す。源の船もここで管理している、


「アンタ… また無茶するんやないやろな…?」

 源の嫁、由香ゆか。暴走族とレディースのツートップだった二人。こんなにボロボロになって帰ってきた源を見たことがない彼女はどうして良いか分からずパニック状態になったが土岐さんの迅速な対応により後遺症もなく体を保てたが一週間は『絶対安静に』と言いつけを受けていて、付きっ切りで看病している。


「美樹と俺なら… 美樹を取れよな? 由香…」

「あんたこんな状態で何言って…」

「約束しろ…!! 美樹を守れ」

「…なんでそんな自分ばっか…」

 言って聞かない源を由香は止められない。この島に戻る時だってそう。親方に認められて次期親方として現場に立っていた彼が『島戻ろう… 俺たちの故郷に』と急に言い出して、付いていくしかなかったのだ。

 将来が保証されたというのに彼は違う仕事で天下を目指すというのだ。父親の話は伺っていたがまさかすべてを捨ててやって来るなんて…

 美樹も美樹だ… 父ちゃん父ちゃんってべったりで、母である由香の言うことは聞かないのに源に言われればやる。反抗期の娘の扱いに困り果てていた。  


 布団から這い出て… シャワーを浴びる。傷口が痛む… 

 身支度を終え午後三時半…


「これから何が起こっても、冷静に美樹を守ることだけ考えろ。いいな?」

「そんな言われたってウチ… え?」

 がばっと男らしく由香を抱きしめる源。体当たり… 気持ちを感じ取ってほしかった。


「俺たちの娘だ… お前が腹痛めて生んでくれた俺たちの大切な子。何にも考えず守れ…」

「…うん」

 耳元で『愛してる』とささやく源。『ウチも…』と頬を赤らめて返すのだった。

 それ以上は何も要らない。長年の夫婦生活でお互いを知り尽くしたから… もう何も望まない。『生きてさえいれば』と…


 しかし運命は残酷だ。者どもは厄災を引き連れて海からやって来る。終わりの時が迫っていた。


◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る