恋はデリケート、キスはアグレッシブ
「…どこ行ってたんですか。隼人さん」
午前6時半、冷めたい口調で目にクマ作って制服姿。玄関で待ち構えてる女… 飛鳥だった。
「…仕事の関係、でな…」
隠し事をする時ってのは、何で小声になっちまうんだろうか。
「オールしてまで仕事の関係で
もうそれ女との関係を断定してる奴しか言わない言い回しじゃん。俺の『嫁はん』でも無いのにねちっこいな…
「お前には関係ないだろ」
「か、…関係ない… ですか? …家族だから身の心配とか…する、でしょう」
慌てふためいた彼女が面白い。なんでこんな反応するのか、なんで俺を問い詰めるような真似をするのか俺は解ってる。
コイツからたまに感じる好意の眼差し、愛してるのサインは何度も感じてる。付き合ってる彼女から同じような視線をしょっちゅう浴びてるから。
異性としての愛なのか、家族としての愛なのかはわからんが、彼女は俺に愛をくれてるんだろうけどきっと不器用なんだ。
その愛にどう向き合っていいのか分かんないけど、俺は精一杯家族のために体を張るだけだ。
「…学校の時間じゃないのか?」
小声で、もにょもにょ・ぶつくさ言う彼女に言った。『分かってるくせに』って言葉だけがかろうじて聞こえた。
「…いつも遅くなる時は連絡くれるじゃないですか。…玲奈さんみたいに、いなくなるんじゃないかって心配しちゃいけませんか?」
涙目でそれを言われると辛い。後ろめたさもあり裏切りもありで…
「大体、そんだけ甘い匂いして帰ってきたら疑ったりもするでしょう」
俺を指さして言う。…ん? 話の流れおかしくないか?
「私は最後に私… 達のもとに戻って来てくれるなら頑張って満足します。だから…どこにもいかないでください」
言い終わると玄関を駆け足で家を出た。…が崩れた顔を見られたくないため急いで出たのでカバンを玄関に忘れたらしく、再び鉢合わせしてまう。
…俺も彼女もどんな顔していいのか分からなかった。
まるで告白みたいだったな…。俺の事好きなの? なんて聞くのはダサすぎる。俺が彼女の真意にたどり着くことはないんだろうな。
…それに好意抱かれていたって、彼女がいようがいまいが期待に応えることも出来ない。子供の頃からの付き合いで、血は繋がってなくても俺は彼女を家族だと思ってる。
妹に『好きだ』と言われて好き合うのって、単純におかしな話じゃないか。マンガやアニメの域を出ないのが普通さ…
◇◇◇
「あ、隼人くんおっはー。昨日はお楽しみだったの?」
リビングにて。テレビを見ながら朝食をだらだらと食べる愛。『くちゃくちゃ』食べてるからいつもなら注意するけど、今はダルイ。
「うっせぇ…」
「あんまり飛鳥ちゃんに心配かけないほうがいいよ?」
分かったようなこと言いやがって…
「…分かってるよ」
と返すしか、今の俺にはないじゃないか。
「僕にできることあったら言ってね?」
…毎回言うよな、優しいんだか何だかよくわからん瞳のその先。
◇◇◇
「あ、ああ… そうでしたか」
クライアントへの直接報告。俺は会社に
「辛いでしょうけどまぁ、…彼女も反省してくれて」
午後二時、元気印物産に訪問。オール明けだけどビシッと決めて…
「いえね、叱る資格もないから… 自分が悔しくてね…」
「…資格って言うか、プライドなんじゃないんですか? 邪魔してんのは…」
…自分で言ってて思うが、こんな年下の若造に説教喰らえばイラついて仕方ないだろう。
でも相手の気持ちを考えずハッキリと言ってしまうのは、今の俺が目の前のおっさんに被って鏡越しの自分を見てるみたいだったから…
「え…?」
おじさんが少年の頃の輝きを取り戻したかのように、パァッと目を見開いた。
「過ぎちまったことで動けなくなるのはバカバカしい。『ごめんなさい、すいませんでした、もうしません、償います…』これを真っ先に言ってやればよかった。それからズルズルと言い出し辛く、気持ちも遠のくくらいなら」
「…そうですね。私は逃げたんです。お金さえ渡せば親の役目を果たしているものだと思っていました。それが家族を失い一人になって広い部屋… この寂しさは、これから一生をかけて償うモノだと思ってました。大事だったから…馬鹿みたいに男だから社長だからとカッコつけて…全部失って…」
涙をこぼしながら語る。…俺にも当てはまるようなこと言いやがって。この人はこの人なりに考えてたんだな…
「…まだ大丈夫。今なら聞いてくれるんじゃないですかね… 今のあなた、なら」
恥じらいとかプライド捨てて家族を思いなくあんたならね… と思った。
「…はい! やってみます。機会をいただけますか?」
…なんだよオッサン。少年のように目をキラキラさせて…だらしない失態で自分を自虐に走るほど落ちぶれたけど娘も嫁も大切に思ってる良い親父じゃないか。
少なくとも俺よりよっぽどいい男だよ、あんちくしょう。
◇◇◇
「…ってな感じだ」
帰りの電話にて事の
親父さんに会ってくれるだろうか心配したが、思いにも手応えあり。
――「…まぁ、隼人さんをお父さんにもお母さんにも顔見世でできるし… いいかな」
げっ…俺立ち会うことになってるの?
――「いや、あの…俺も?」
「え? もしかして隼人さんは立会人になってくれないの? じゃあ私、いーかないっ!!」
子供っぽさと大人びた風貌のギャップでやられちゃうよ?世の男性陣。
「いや行くよ。お前の為にも、親父さんの為にも」
――「じゃあ明日のお昼12時にユニバーサルコーヒーね、絶対来てよ?」
と言って切った。やっぱりうれしいのかな?親父さんに会えて…
◇◇◇
翌日…
「あ、隼人さん。こっちこっち!!」
「おっ…」
若く美人だな、円を生んだとは思えない。
「は、初めまして!! 川崎隼人と申します」
「あらあら… こんにちは。
「もうお母さん、変なこと言うのやめて? さ、隼人さんはこっち」
「ああ…」
貴婦人だ… 着物が気になる。勝負パンツ的な勝負着物なのかな? 復縁に向けての意思の表れとか? 円に言われるがまま席に着いた。テーブルを挟んで向かいの円、通路側にお母さん… ドキドキするな。
「ごめんなさいね、家族の茶番劇に… あの人が
「いえ… 会社も月末と繁忙期ですので許してあげてください」
「円もあの人も… 考え無しに突っ走るから、あなたも苦労なさっているのではないですか?」
…お母さん、その中に俺も加えてくれ。破天荒で風来坊なこの俺を。
「いえ、しっかりしてると思いますよ。…僕なんかより」
目上の相手に“俺”なんて使わない。その辺わきまえてるぜ、俺っ!!
「そうですか。…隼人さんはなにか楽しんでいらっしゃるものございますか?何かご趣味とかをよければお聞かせください」
…ん?なんだこの、…お見合いみたいな席は…
「そ、そうですね…。ウォーキングとか街ブラなんてのは一日まるまる休みだとしちゃいますね。あと釣りなんかも…」
ん? 俺メインの場なのか? 何で円はしおらしくして俯いてんだ? なんか心なしか顔も赤いし。
「隼人さんは…」「隼人さんは…」「はy…」
――お父さんはよ来いやァアアッ!! そこから三十分、お母さんの質問攻めにあった。
円は愛する
帳尻合わせに付き合ってやったって言うのに、円は相変わらずうつむいて黙ってるし… そしてなんやかんやで待ちわびた相手がやってくる。
「す、すす…すいませんでした!!」
「え…?」
…俺に謝るお父さん。それは違うだろ…? 席に着くも四人は沈黙。
「あ、あの… 岩橋さん」
と小声で言いながらヒザをポンと叩く。助け舟というか『そうじゃないだろう』という意味合いを込めて。
「すいませんでしたぁあああ!!」
俺が背中を押したみたいなんだけど、ヒザ叩かれてすぐに店内に響き渡るほどの声で嫁と娘にむけて言った。
席を立ち通路で土下座。やればできるじゃん… 奥さんはそんな行動に泣いていた。円は俺を見てパァッと明るい表情になり俺に微笑んだ。
◇◇◇
「お父さん、お母さん聞いてくれる?」
ニ十分くらいたってか、両親の
「…なんだい?」 「なに? 円…」
二人の反応を待っている円。そして意を決したように言うのだ。
「…紹介します。私、隼人さんと結婚を前提にお付き合いしてるの!!」
てぇえええうぇえッ…!! いきなり?
横同士なのに向かい合ってる俺とお義父さん… 『そ…そうでしたか。あなたなら嬉しい限りです』と熱い握手を酌み交わした。
お母さんは『まぁ。隼人さんが息子になってくれるなんて嬉しいわ』と展開を予測してたような反応を見せた。円と打ち合わせでもしてたんだろうか?
…義理の家族みたいな関係で二件目の焼肉屋に向かうのだった。
お義父さんに会う彼氏って、もっとピリピリしててハラハラもんだと思ってたけど、順序が狂った俺たちの関係は関係性すらもカオスだった。
お父さんは終始敬語だし、お母さんは円よりよくしゃべるし、円は親父さんの過去をいじってるし。
お父さんに『お
◇◇◇
オッサンに感化されて… 俺も花屋に勤める彼女のもとへ。頭おかしな話だが『お前以外にも彼女が出来た』って言いに行く。
馬鹿だし何も考えず突っ走ってきたけど、今回は色々想定する。
上は『そっか♡ じゃあふたりであなたをご奉仕します』で下は『分かった♡ 別れる前に、とりあえず腹切ってくれる?』である。…死刑宣告受けたら、なんとか腕一本で許してもらうくらいの覚悟だ。
お昼休みに呼び出してもらった、…店長・紗耶香に彼女を。…もう話さなきゃ。隠しっぱなしだと色々狂うし、捻じれるし、歪む。
今までだってそうさ… ワンナイトラブとは言えど、依頼主たちを見に覚えはないとは言えど喰ってきて、匂いに敏感な彼女を誤魔化すために体中を洗いに洗った。香水を二重、三重に振りかけて偽装工作した。でもそれが裏目に出て、『何か隠してるでしょ』と言及されるたびに心苦しかった。俺が抱きたくて抱いたわけじゃないのに…
救いだったのが、関係を抱いた女性たちに対して、俺が好意を抱かなかったことだ。最低な男だと我ながら思うが、求めてない俺に対してすり寄ってきた女性たち。ハッキリ言ってえぐい程モテる俺には回避しようがない。そりゃ女性は好きだけど、彼女がいるのにあちらこちらと腰を振っていてはいかんだろう。それに、詩音が一番好きだから。見捨てられたくないから浮気なんて考えたこともない。
彼女との出会いは紗耶香の勤め先からだった。紗耶香に俺たちの関係を打ち明けたことはないが多分、疑ったりはしてると思う。
一応ごまかしでカラオケとかボーリングとか一緒に行く仲だと俺からは言ってるけど… 女ってのは勘がいいからな。
花屋の裏口、エアコンの室外機のある建物と建物の間で待つ。数分後、その人はやってくる。
「あれ? 隼人。…どうしたの?」
杉原詩音(19) 髪色はブラウンのミディアムヘアで、花屋の制服を着てるが今どきの若い子と見比べても
花屋の店員で俺の初めてできた彼女。俺の初めての女。
彼女が勤め始めた月と俺たちが付き合い始めた月が一緒だと口癖のように言う。要は俺が彼女に一目惚れだったって事を暗に伝えてるだけ。
「…俺たち付き合ってどのくらいだっけ?」
なかなか切り出せず、繋ぎっぽくカップルっぽい言葉で濁す。
「…あっ。そ、そっか… そうだよね」
顔を赤らめる詩音。…ん??? なんだこの反応は…と思った。予
想してた回答とは違ったのでいったん『いやどうよ…? 最近の仕事の方は…』と別の話に切り替えた。
「…え? あの…アタシたち付き合ってどのくらいだっけ?隼人」
やっべ、あからさまな切り返しに怒ってやがる。オウム返しを食らった。
「…すまん忘れた」
「…ちょうど今日で一周年記念でしょ? …え? 彼女にそんなことを言わせて自分は何しに来たの? マジあり得なくない?何なの?」
めっちゃギャルみたいに喋るやん、後半。まぁギャルなんだけど…
「いや…あの…」
やっべ言えねぇ!! こんなんなったらもう言えねぇえええッ!!
「最悪。…花の中に紛れた隼人の匂いで嬉しくなっちゃった自分がバカみたい」
勤務中の彼女を泣かせるマジでダサい男。これからもっと最低な思いをさせようとしてるんだからド畜生クソ野郎だよな、俺。
これから用意してる言葉をぶつけたら目の前のコイツはどうなっちゃうんだろ… 素直に別れようって言い出せたらどんなに幸せなんだ。
でもできない。ホント身勝手だけど最低なんだけど… 俺の中は家族とコイツで溢れてるから…
「すまん!! 俺、お前以外にも女作っちまった。ふンッゴォオ
俺の言葉を聞いてヒールとスカートの身なりの彼女は、キン玉蹴りあげてきた…
「今、なんつった? てめェ… またやってんか?」
俺の襟元掴んで顔を近づけてくる詩音。凄んで…
「いやあの… 女を…」
「んで、ドーすんだよテめぇッ!! その先は俺を捨てんのか?エェッ? ワレェええッ!!」
パンッ!! 俺はケツを蹴られた。ひぃいいいいっ!
◇◇◇
十分後、必死になだめて、事の経緯を包み隠さず話す『デカいのに小っちゃい哀れな男』の姿があった。苦労の甲斐もあって鬼の角はとれた。
「…てな感じ、です」
「はぁ~ッ!? 良いわけないじゃんっ? 何、真顔で言ってんの? バカなの? 裏切りだよねフツーに… あり得ないんだけどマジで」
な、なるほど… ファーストコンタクトはこんな感じか。予想の少し上を行ったぜ。確かにそうだよな確かに。
「…悪い、どうしても止まらなくなっちゃって…」
「え? じゃあ何? 誘惑されて腰振りダンスでもされようもんなら飛びついちゃうの? 落としてあげようか? アンタに付いてるソレ…」
俺の股間を指さすな… 去勢… そ、その手があったか。完全に読めなかった展開だぜ…
「それ単に振り回されてるだけじゃんッ!! それで結婚ならアンタは私の自慢な彼氏なわけだから、いくらでも求婚者が来るよっ?」
…なんだよ、ふいにすっげえ嬉しいこと言いやがって… お前の言う通りだけどなぁ… 彼女は地面を右足で踏み鳴らして
「じゃあいいよッ!! もう別れ…!!」
「悪い… きっと魅力的で飛びつかずにはいられなかったんだ」
彼女の言葉を待たずして地面に頭こすりつけて土下座。彼女は『え…?』と俺の言葉の続きを待った。
「俺、すっげぇ勝手なこと言ってるけどお前を失うのは辛いわ…
「…その
「
「…!!」
詩音が俺の言葉にビクッと反応した…気がした。
「別れないでくれぇれええええ、お、俺を捨てないでッ!!」
「ちょちょちょっ…!! …分かった。分かったわよ… あたしもそうだったから…」
「へ…?」
了承してくれたのか? 最期の言葉の意味は少し気になったけど。
「でも私が一番。それは譲らないからっ!!」
…これが女の普通の反応だし要望だよな…
「とりあえずキスして、ダーリン…」
ダーリンなんて今まで言われたことない。彼女のこういった強引さにグッとくる時がある。
俺たちは
見せつけるように人目も
…背筋が凍った気がした。返答に
「何とか言えやボケ!!」
「げふっ!!」
俺はぶん殴られて壁にぶつかった。この痛み、マジだ…
「いや、やっぱ許さない…っ!! 冷静に考えたらアニメみたいでキモすぎ!! キモいキモい!! なんでアタシが譲歩しなきゃいけないの? ありえねーっつーの!! 何にも知らないで浮気されてる方がよっぽどマシだ。バカみたい…」
「あっちょっと!!」
「なにか進展あるまで電話してくんなバカ!!」
詩音は職場へと戻っていく。ドシドシと風格ある後ろ姿で…
「…はぁ」
ハーレムなんて異世界でもいかない限り築けないんだと思い知った昼下がりであった。
ちなみに後日談だが、こっちが申し訳なさから三日ほど連絡をしないでいると、『別れるつもりはないから。あんたが別れたいって言っても別れてやんない』とメールを寄越してきたので、『ありがとう』と返したら、『返信してくんな。アタシのだけ読め』と返ってきた。…自然消滅するのかなと胸が痛かったから、こんな悪態つかれても心地いい。
やっぱり俺には詩音なんだ。ハッキリさせなきゃな…
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます