第308話「シズカとメアリードと結婚式……そして酷幻想へ」

 タキシードというのは、久しぶりに着ると着慣れないものだ。

 戦闘用の鎧などよりは楽といえば楽なんだが、どうも堅苦しくて。


 しかし、シズカとメアリード、二人のウエディングドレス姿は美しかった。


「よく似合うよ。シズカ」

「フフッ、ありがとうございます」


 シズカの衣装は、ヒノモトから持ってきた絹を使って西洋風のドレスに仕立てたものだ。

 和洋折衷という感じがとてもオリエンタルでいい。


「メアリードも」

「あたしに、こんなひらひらのドレスなんて似合いやしないだろ?」


「いやいや、よく似合ってるって」


 だから、スカートを持ち上げて振るのはやめなさい。

 せっかくの美人が台無しだ。


「こんなけったいな着物は、生まれてはじめてだなあ」


 こんな機会でもないと、海にずっと出ているメアリード提督は綺羅びやかなドレスなんて一生着なかったかもしれない。

 そう思えば、レアな光景が見られてよかったというもの。


 メアリードも、せっかく生地が手に入ったのでとヒノモト産の絹を使ったドレスなのだが、喋らなければ絶世の美女である。

 美しい黒髪によく似合っていた。


 二人共、すでにお腹がぽっこりと目立ってきているのだが、これは俺に堪え性がなかった結果である。


「うーん、向こうから迫られたってのもいいわけだろうな」

「何を考えておられるんです?」


 シズカに見透かされるように言われて苦笑する。


「まあなんだ、俺もこの世界にすっかり染まってしまったもんだなと」


 よく考えると、仮にも一国の姫様に結婚前に手を付けるというのは、あんまり良くはなかったかもしれないが、もういいだろうと言うしかない。


「二人とも、幸せにするからな」


 我ながらなんというセリフだと思うが、もうここまで妻が増えてしまうと、こう言うしかしかたがないんだ。

 なにせ、あれよあれよと言う間に正式な妻の数が四十六人だからなあ。


 異世界の王様ってこういうものなのだろうか。

 俺がそんなことを考えてるとも知らず、二人とも恥ずかしそうに「はい」とうなずいてくれた。


 さっそく、聖女ならぬ聖母となっているステリアーナを司式司祭として、いつものように(もう何度目だという感じの)結婚式が始まった。

 リアが教本を読んでいたのだが、途中でポイと投げて言う。


「やめるときもー、ああここはもう何度もやってるので端折はしょちゃっていいですか」

「リア、そこ大事なとこだろ」


 そりゃ俺も結婚式何度目だと思うけど、大事な節目なんだからちゃんとやれよ。

 リアがふざけたことばっかり言ってるのは、何年経っても変わらない。


「しかし、もういい加減、結婚式何回目ですかとアーサマも是非もなくおっしゃってますよ? ……はいはい、タケル。マジで怒らないでください。是非もなく真面目にやればいいんでしょう。コホン、ではあらためまして、永遠の愛を誓いますか?」


 結局、定形のセリフは、端折はしょるんだなと思いながら、俺は力強く答える。


「もちろんだとも、俺はシズカとメアリードを幸せにすると女神アーサマに誓おう!」


 何度言っても、結婚式での誓いの言葉は緊張する。

 たくさんの妻がいるからこそ、きちんとみんな幸せにしようという決意の言葉でもある。


 俺に続いて二人に誓いの言葉を口にすると、指輪の交換とキスがある。

 こうして結婚式は無事に終わると同時に、王都の教会の天から盛大に白銀の羽根が降り注いだ。


 この羽根、結構貴重なマジックアイテムなんだよなあ。

 女神アーサマも、何度目だとか言いながら、毎度毎度大盤振る舞いをしてくれるじゃないか。


 アーサマからすると、日本の田舎でお祝いの時にやる餅まきみたいな感覚なんだろうか。

 白銀の羽根つかみ取り大会。


「こうみると、結婚式をきちっとやるのもいいものだなあ」


 俺は、キラキラ輝く白銀の羽根をみんながキャーキャーいいながら集めているのを眺めてしみじみとつぶやく。

 結婚ボーナスとして、新大陸でいろんな用途で使える白銀の羽根の在庫が増えるということもあるが、普通に嬉しいしめでたい。


 やはり、こういう節目の儀式はきちんとやっておくべきなのだ。

 すでに新婦が妊娠しているというのが、ちょっとまずいかもだけど。


 それでも、子ができるのはめでたいことだし、母になろうとする女性の姿は美しいものだと思う。

 こういうノリもオーケーになってきたのは、勇者大ハーレムなんて作って何年も経ってるから、俺もいい加減に大人になったってことかな。


 子供もいっぱいいるんだから、俺も大人にならなきゃな。

 結婚式の記念にと、なんとライル先生がカメラをかかえて持ってきた。


 明治時代にあるような原始的な大型のカメラだが、写真が撮れることには違いない。

 そりゃ、俺も仕組みはわかってたけどさ。


「すごいな。ライル先生、これ写真機ですよね?」

「そのようなものらしいですね」


「ライル先生が作ったんですか?」

「まさか、タケル殿のような転生者じゃあるまいし、こんなアイテムを思いつくわけありませんよ」


「じゃあ、誰が……」

「我が息子、コイルが作ったんですよ。本人は、タケル殿が以前話してくれたことを元にして作ったと言ってましたが、そんな話をしたんですか?」


「いいや、記憶にないけど……」

「ふーむ。とりあえず、使い方は教えてもらったので試しに使ってみますか?」


 かなり原始的で大型のものだが、試しに結婚式の写真を撮って現像してみると、きちんとしたモノクロカメラだった。

 そんな話をした覚えもないが、俺の話を聞いただけでカメラを作ってしまうなんて天才を超えてる。


 さすがスーパーチートのライル先生の息子だなとか言えなくなってきた。

 ライル先生も、この歳で息子に教えられるようになるとはと苦笑している。


 俺は、気になって尋ねる。


「それで当のコイルの姿が見えないけど、今どうしてるんですか」

「それが、魔法の修行だと言って、王領の森にでかけましたよ。他の子もタケルの子は全員一緒です」


 遊びに行ってるのか。

 結婚式や晩餐会は、子供には退屈だから遊んでもいいけど。


「全員一緒って赤ん坊がほとんどなのに、全員行ったんですか?」

「なんでも、赤ちゃんの頃から訓練したほうが魔法力が強くなるとか言ってましたね。まったく聞いたことのない理論です」


 うわ……。

 それって転生者特有のアレやん?


 ますます、コイルの転生者疑惑が深まっていく。

 別によく考えたら異世界からの転生者でもまったく構わないのだが、普通は自分だけが強くなるものだろう。

 

 兄弟を全員チートに強化するって話は、聞いたことがない。

 いまのチート系のラノベは、兄弟姉妹全員強くするのが流行りなのか?


 コイルは、俺の子供たちをいったいどうするつもりなんだ。

 これ全員超人になって、親の世代置いていかれるやつじゃないの?


 まあ、そんな疑惑が深まりつつも、つつがなく結婚式が終わった。

 その後の晩餐会でも、ちょっとした珍事があった。

 

「勇者様、これはきつねうどんではないか!」


 そう言って、シズカが駆け寄ったのだ。

 確かにきつねうどんだね。


「ああ、最近城下でも流行ってるみたいだよ。他にも様々なうどんがあるぞ」


 日本の食事は、俺がハーフニンフのヴィオラに頼んで作ってもらっている試験農場の素材を材料に、少しずつ試験生産されている。


「おお、なんとジューシーなお揚げだ。出汁が違うせいか、こちらの油揚げは一味ちがうな」

「出汁もそうだけど、日本の油揚げは菜種油で作るんだっけ。油が違うから、ちょっと味わいも変わるかもしれない」


 出汁を取る鰹節とか、揃わない材料についてはタラの乾物など代用品を探して使っている。

 ヒノモトにすでにきつねうどんがあるなら、交易で材料を仕入れることもできるか。


「ヒノモトのキツネうどんとは違うが、これはこれでなかなか美味であるぞ。この油揚げから染み出したお汁がたまらない!」

「そりゃ良かった。しかし、ヒノモトの皇女みこ様が、きつねうどんなんて庶民的なものを食べるんだな」


「あんまり褒められた話ではないのだが、下々の食べる物には美味しい物が多い。たまに市井で見かける物が食べたくなって、こっそり取り寄せて食べていたのだ」

「そうだったのか」


 夜中にこっそり皇女みこ様がきつねうどんを啜るのを想像するとユーモラスだった。

 

「この国のしきたりでは、王族がこのようなものをおおっぴらに食べても良いのだな」

「もちろん構わないよ。美味しい物なら、誰でも好きに食べたらいいじゃないか。ただ、この国ではきつねうどんはまだ高級品だけどな」


 日本食は生産量がかなり限られている珍しい食べ物になっているので、コレットたちが王都でやっているレストランでしか食べられないものだ。

 だから、こうして結婚式の披露宴でもうどんが振る舞われているのだ。

 

 いずれは庶民食として広げたいと思っているが、道のりはまだ遠い。


「そうか、まだ高級品なのか。それでは、うちの国からたくさん輸入するといい」

「ハハ、意外と商売上手だな」


「世界を一回りしてきたシレジエ王国ほどではないが、ヒノモトも近隣の国と交易を盛んにしている。ヒノモトの俵物たわらものは、人気の食材だ」


 俵物たわらものとは、なまこ、あわび、ふかひれの乾物のことだ。

 どれも高級食材である。

 

 その他にも、昆布や鰹節など、うちの国にないものがたくさんある。

 料理のレパートリーが無限に広がるよな。

 

 この世界の日本であるヒノモトの国は、平和だったせいか交易が盛んなようだった。

 キツネうどんが庶民料理として定着しているのも、平和のおかげだろう。


「それなら、こちらの食材も味わってもらわないとな」

「交易は、お互いの国が豊かになっていいことだ。わらわはこちらの国のキツネうどんも、美味しいと思うぞ」


 こうして両国の交流会ともなり、お互いの理解が深まっていけばいいなと思う。

 俺は、シズカとメアリードを両方にかかえて、寝室へと向かおうとする。


「あれ、今日はその二人なんですか」


 ライル先生に声をかけられる。


「一応、初夜ですから」

「他の奥様方にも配慮したほうがいいんじゃないかと、ほら長旅でだいぶ不在でしたから」


 ライル先生の言う通り。

 定期的に帰ってきたとは言え、長い世界一周旅行でおざなりになってしまっているということはあるかもしれない。


 でも俺も長旅の終わりで疲れているし。

 すでに懐妊してる二人だけだと、ぐっすり眠れるんだよなあ。


「なんならライル先生も一緒に来ます?」

「私は冗談で言ってるのではないのですけど、タケル殿がそう言うのであれば私は何も言いませんよ」


 そう言って行ってしまった。

 ライル先生も仕事で忙しそうにしていて、半年に一回くらいしか相手をしてくれないのだよなあ。


 俺は、ライル先生だけならいつでも歓迎なのだが、なかなかうまくはいかない。

 まあ行こうかと、その日はシズカとメアリードとともに開いている後宮の寝室に入ってぐっすりと眠ったのであった。


     ※※※


 次の日。

 健やかな朝の目覚めとともに、俺は朝食のテーブルに付く。


 宮内卿くないきょうとして後宮を取り仕切っている犬耳のシャロン(シャロンとも久しぶりに会ったな)が、俺に出してくれたのは……。


「これは、鰻丼か」

「はい、ヒノモトで取れたものだそうです。美味しい調理法も聞きましたので」


 これは懐かしい。

 ヒノモトは色んな料理があったが、全部を味わってる暇はなかったからな。


 鰻まであったのか。

 凄くいい香りがする。食べてみると、サクッとした歯ごたえ。


「美味いな」

「初めての食材なのでどうかと思いましたが、ご主人様にそう言っていただけて嬉しいです」


 にっこりと笑うシャロン。

 朝から鰻丼はちょっと重いと思ったけど、ぜんぜんそんなことはなかった。


 こちらも久しぶりに会った竜乙女ドラゴンメイドのアレが、期限良さそうに竜の羽根をバッサバッサさせながら、なにやら黒い塊のようなものを持ってくる。


「これも食べるのダ」

「なんだこれ、アレが作ったのか」


 料理下手みたいなネタかよ。

 昭和の乗りだな。


 食ってやってもいいけど、なんかすごい匂いだぞ。


「ニンニクと強壮草とパワーアップキノコだけを無理やり食わせ続けて育てた竜の肝の黒焼きだ」

「なんだその、フォラグラみたいに動物愛護団体から苦情がきそうな製造法のおぞましい物体はぁぁ、ングッ!」


「美味いのダ」


 意外にまずくはない、まずくはないんだが、パッサパサでむせてしまう。

 なんか強烈すぎるぞ。


「み、水……ブホッ!」


 俺は、差し出された液体を一気にぐっと飲んで吐き出す。


「あら、もったいない」

「り、リア。何を飲ませた」


神乳アムリタですが」


 それがなにかじゃねえ!


「朝から母乳を飲ませるやつがどこにいる!」


 って、俺の目の前にいるよな!

 ああわかったよ。


 勢力が付くものばかり食卓に並んでいるこのパターン。

 なんか、展開読めたよ。


 こっちも久しぶりだな、ダンジョンマスターのオラクル。


 白っぽい髪をツインテールに結んで、赤い目に青い肌。

 もう母親だが、いまだに十三歳くらいにしか見えないエンシェント・サキュバスのオラクルは言う。


「これからタケルには、夫の務めをがんばってもらわねばならぬのじゃ」

「せめて、夜からとかにならないか」


 旅行から帰ってきた次の日の、朝っぱらとかないだろ。


「これまで溜まってた予定が随分と詰まっておるのじゃ、開いた穴は埋め合わせねばならん。わかるじゃろ」


 いやらしい手つきで、穴を埋めろとハンドサインするオラクル。

 オヤジか!


「でもさあ、もっとこうゆっくり消化するとかできるだろ。捕まえなくても、俺はどこにも逃げないよ」

「どうせタケルは、新たな冒険だの世界の緊急事態だのと、てきとーな理由をつけてまた城を飛び出してしまうじゃろ?」


「否定できないのが嫌だー!」

「こういうタイミングにしっかりやること。これもまた、ハーレム王の定めじゃ」


 リアとオラクルにガッチリと掴まれて、俺はキングベッドへと連行されていく。

 寝室には、俺の妻。美姫達が並んでいる。


「限界に挑戦なのダ」


 いやぁーー! アレが怖いこと言ってるー!

 全開まで精力を搾り取られる、甘美な地獄が始まろうとしている。

 

 いやいや、待て待て、時に落ち着け!

 よく考えたら、この物語って全部こういう終わりじゃん?


 もっとこうあるだろ。ファンタジー勇者っぽい爽やかなラストとか!

 たまには、違うパターンとかになりませんかね!


「シャロン助けてくれ!」


 俺にすがられたシャロンは、申し訳無さそうに犬耳をペコンと下げて言う。


「ご主人様はこれからしばらく後宮におこもりになられますでしょうから、その準備はしっかりとしてありますのでご安心ください。私も子供欲しいですし……」


 シャロンは、そう言ってニッコリと笑うのだった。

 ああ、お前も母になって強くなったなあ。


 こうして俺は、また一週間ほど後宮に幽閉されて入れ代わり立ち代わり、妻達の相手をすることとなったのだった。

 もう酷幻想リアルファンタジーは、毎回こんな締めなんだけど!


 まあ、ただの人間が勇者ハーレムなどを実現すると、こうなるという教訓だと思って笑ってみてくれればいいさ。

 なんだかんだで、俺だってこんな生活を楽しんでいたりするし、俺はまだ大丈夫だと自分の心に言い聞かせつつ。


 なにはともあれ、これからも俺達の物語リアルファンタジーが永久に続けていけるよう。

 怪しげな精力剤の力なども借りつつ、これからも頑張って生き抜いていくつもりだ。

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