第294話「アビス大陸からのお客様」

 ロスゴー村に立ち寄り、サラちゃんの両親にも結婚の許諾を得た俺達は、そのまま温泉地の宿に逗留して二人で温泉にも浸かり、静かな夜を過ごした。

 大きめのベッドから起き上がると、少し軋んだ音がした。


 カーテンを開けると、外はもう明るくなっている。


「タケル、もう行く?」

「ああ、そのつもりだが。サラちゃんは、一緒には戻らないのか?」


 昨晩の情事の匂いが残るベッドに寝そべったままで、サラちゃんは少し大人びた微笑みを浮かべる。


「うーん。タケルは先に帰ってー、私はもう少し仕事をしていこうと思うから」

「そうか。じゃあサラちゃんには、後で迎えをよこすから……んん!」


 スルッとベッドから起き上がったサラちゃんは、ちょっと背伸びして俺の首に手を回してキスをしてきた。

 キスをして、満足気に微笑む色っぽい表情はすっかり大人のそれだ。


 俺の気分的なものもあるのだろうが、昨日とはまるで別人にすら見える。

 思わず、俺ももう一晩泊まっていくかって気分にさせられるが、サラちゃんも初めてで俺を全てを受け入れるのはキツそうだったので、しばらく時間を置いたほうがいいだろう。


 こういう時は、焦らずにゆっくりしたほうがいいと俺は知っている。


「ふふ、じゃあ行ってらっしゃいー」

「ああ、行ってくるよ」


 まるで新妻の挨拶みたいだな。

 本当の新妻でもあるのだが、サラちゃんはサラちゃんで忙しいのだ。


 残るというのは、ロスゴー村の元代官としての仕事の引き継ぎもあるからだそうだ。

 まだ終わってなかったのかとも思うが。


 ロスゴー村は、サラちゃんにとって実家もある故郷だし、村のみんなとは積もる話もあるのだろう。

 それを邪魔しても悪いので、俺は一足先に王都シレジエまで帰ることにした。


 もし俺との子供ができたら、いずれアキテーヌの領地に戻るつもりだと言っていたサラちゃんは。

 両親もそのうちに自分の領地へと呼び寄せるつもりらしい。


 後宮の中庭に降り立った飛竜ワイバーンのゴンドラから降りると、ちょっとした変化に気がつく。


「なんだか、また後宮の建物が少し大きくなってないか?」


 外葉離宮の増設工事は着実に進んでいるのだが、増えたのはそっちではない。

 よくよく見ると、いつのまにか本邸のほうが増設されている。


 なんか、この増設部分のツルツルした石の断面には見覚えがある。

 人間が切り出した石材ではない。


 石の表面に手を触れて触れば、魔法で作った建築資材だと見分けがつく。

 そんなことをやっていると、どこからともなくスッとカアラが姿を現して報告してくれる。


「アビス大陸からいらした方のために、お部屋を増やしてみました」


 やっぱりカアラが、魔法でサクッと増設してしまったのか。


「ただでさえ手狭になってたから、それも必要か」


 アビス大陸から、海皇ダモンズの娘セシリィとアビスパニアの官女三人が新たに来訪している。

 その分の部屋を急いで増やさなきゃならなかったそうだ。


 しかし、横では大工が外葉離宮をせっせと増設してるのに。

 魔法で一瞬でやっちゃうのは、モチベーション低下しないだろうか?


「その心配はないようですよ」


 なんかカアラの建築魔法を見た大工達は、「魔法ではできない木造建築の粋を見せる!」とか逆に張り切り始めて、やたら内装に凝りはじめたようだ。

 ちょっと外葉離宮の増設部分を見に行ってみると、柱や階段の手すりにやたらと複雑な文様の透かし彫りを入れ始めている。


「うーん。まあ、好きにやらせてみるか」


 元々の外葉離宮の静かな感じを残して欲しい気もするのだが、ここはシレジエ王国の建築技術振興のために黙ってみておくことにする。

 建物が魔法で建てられると言っても、それはカアラのような最上級魔術師がいる場合に限る。


 街の建設を担い、ずっと維持管理をしていくのは大工達だ。

 大工ギルドの技術を高めるのは、将来的に考えてとても重要なことである。


 予算を気にせず好き勝手にやれるのは、資金の豊富な王宮の建物かアーサマ教会ぐらいのものなので、職人達が思いついたことがあるならどんどん試させてみるのがいいだろう。

 そう思ってしばらく作業を眺めていると、なんだか甘いアンコの匂いが漂ってきた。


「みなさん、休憩ですよ」


 どうやら、おやつ休憩らしい。

 コレット達が、煮られた小豆あずきがたっぷりと入った鍋を運んできた。


 小豆はそのまま食べても美味しくないが、たっぷりの砂糖とひとつまみの塩を入れて煮ると、むちゃくちゃ美味しくなるのだ。

 つまり、これは……。


「お汁粉しるこか?」

「はい、ご主人様もお食べになりますよね」


 大きなお椀の中に汁粉を入れて、焼いたお餅を入れれば完成である。

 お汁粉の作り方は簡単なので、俺が書いたレシピがあれば優れた料理人であるコレットには造作も無いことだ。


「俺は後でいただくよ。まず働いてくれてるみんなに配ってくれ」


 肉体労働の後は、甘いものがいいだろうからな。

 お汁粉は、いいチョイスである。


 ワイワイと大工達が集まって、楽しげに汁粉を食べている。

 そこになぜか、黒髪の女性騎士が一人混ざっていた。


 どっから出てきたジルさん。


「なんでジルさんまで、大工に混じってお汁粉を食べてるんだよ」

「これは、もぐ、もぐ……凄くおかわりだ!」


 満面の笑みでお汁粉を食べて、高速でおかわりを要求してくるジルさん。

 食べるのに忙しく、俺のツッコミに答える暇もないらしい。


 いや、すでにジルさんは俺の妻であるわけだし、後宮に入ってきてもいいんだけど。

 城の勤めもあるはずなのに、そっちはどうしたんだよ。


「またジルさんが大量に食べて、みんなの分がなくなる流れだな、これ……」

「ご主人様、大丈夫ですよ。今回はジルさんの分を考えて、あらかじめ大鍋に一つ、余分に作ってますから」


 さすがコレット。

 優れた料理人は、同じ失敗を二度とは繰り返さないのだ。


「もぐ、もぐ……」


 ジルさんは、一心不乱に食べている。

 本当に鍋一つ食べきる勢いで、回りの大工が引いている。


 これだけ甘いものを食べてよく太らないなと思うのだが、いまでも近衛師団長として部下に毎日訓練を付けているジルさんの運動量は凄まじい。

 これぐらい食べたところで、そのスポーティーなスタイルは変わらないだろう。


「まあいいか」

「ご主人様、アビス大陸からのお客様にもお汁粉をお出ししましょうか?」


「それなら俺が持って行くよ」

「では、ご主人様の分も一緒にお盆に用意しますね」


 コレットは気が利く。

 ちょうど、落ち着いたかどうかセシリィ達の様子を見に行こうと思っていたところだ。


 おやつのお汁粉を持っていくのは、良い口実となるだろう。

 お汁粉を載せたお盆をもらうと、俺はテラスから後宮に入って奥の増設部分へと入っていく。


「なかなかいい部屋だな」


 部屋の入口にドアがついてないのは玉に瑕だが、急造だから仕方がない。

 うちの城にはカスティリア王国から奪った豪奢な調度品がたくさんあるので、それをたくさん使ったようだ。


 石畳の上に敷いてある絨毯や部屋の飾り付けは、他所の国からのお客様をもてなすには十分だろう。


「佐渡タケルだ。入ってもいいだろうか?」

「はーい、どうぞ」


 今の声はアビスパニアから来た女官の一人、ミーヤさんの声だ。

 女性の部屋なので、もちろん声はかける。


 いきなり入って、着替え中だったりとかのパターンは、すでに学習済みなのでそんなミスはしない。

 俺も同じ失敗は二度繰り返さない、フフッ、優秀な勇者だから……と思ったのだが。


「……なんで着替えてるの?」


 いや、ちゃんと声かけたよな。

 それなのに部屋では、三人の官女、金髪のミーヤさん、青髪のメーヤさん、黒髪のネーヤさんが絶賛着替え中だった。


 ベッドには、色とりどりの女性用下着が散乱している。

 なんか試着中だったみたいだ。


「どうぞ、いらっしゃいませ」

「先程、街で買い求めてきたのですが、シレジエにはいい下着がたくさんあるんですね!」

「勇者様は、どのお色の下着がお好きですか?」


 三人とも背が高めで、腰や足がモデルみたいにほっそりとしている。

 みんな高貴な雰囲気を漂わせた完璧な美女で、雪のように白い肌なのは変わらないのだが。


 女官服を着ている時は似たように見えたのに、こうしてみると違って見える。

 三人のリーダー格であるミーヤさんはプロポーションがスラっと均整が取れていて、メーヤさんが凛々しくシャープで細め、ネーヤさんが女性的なふくよかさと柔らかさを持っていることがわかる。


 ミーヤさんとメーヤさんが身に着けているのは、比較的オーソドックスなタイプの可愛らしい下着だ。

 金髪のミーヤさんが黄色。青髪のメーヤさんが青色で、髪の色にも合っているのに。


 黒髪のネーヤさんだけがなぜか髪の色に合わせてない赤色で、一人だけ派手なレース地の下着でガーターベルトまで付けている。

 そういう趣味なのだろうか。


 赤青黄色、まるで信号機のようだ。

 俺は、お汁粉を載せたお盆を持ったまましばらく硬直してしまっていた。


 キャーとか叫ばれたり、恥ずかしがられる展開もなしで、ミーヤさん達は下着姿のまま平然と話しかけてくる。


「このパンティーってすごいですよね。まるで吸い付くようなフィット感です」


 ミーヤさんは自分の下着を引っ張って、可愛らしい小さなリボンのついたパンティーの腰の部分を指で引っ張って、パチンパチン鳴らしてみせる。

 うーん、確かにそれはすごいよね。


 酷幻想リアルファンタジーでは、天然ゴムは未だに発見されてないのだが。

 シレジエの高級下着店で購入できる下着には、女性の下着を作ることにかけて異常なまでの情熱を燃やした建国王レンスが、ゴムの代わりに弾性のある魔獣の皮を熱でドロドロに融かして凝固させて作った弾力性のある紐を使っているのだ。


 一種の合成樹脂に近いもので、これを見たときは俺も感心したものだ。

 それと同時に、なぜこの近代技術を女性用下着のゴムにしか使わないのかと……。


 おおっと!

 じっくりミーヤさんのパンツに見蕩れている場合ではなかった。


「着替えが終わったら教えて!」


 マズいことに気がついた俺は、慌てて出ていく。


「仕方ありません、着替えてしまいましょうか」


 ミーヤさんの声。


「一緒にお風呂に入ったこともあるのに、勇者様はすごく初な反応なんですね。こちらの方も百戦錬磨のはずでは?」

「きっと、勇者様は紳士なのですよ」


 メーヤさんとネーヤさんも、なんかそんな話をしながら、ゴソゴソと着替えをする音が響く。

 なんかいたたまれない。


「すみません王将様、えっと、その……失礼をいたしました!」

「セシリィも居たのか」


 慌てて廊下に出ててきて俺に声を欠けたのは、セシリィだった。

 ふわりとしたドレスのスカートの裾を手で掴んで、その場に礼儀正しくしゃがむ。


 十五歳になったばっかりの小柄な彼女を見るとホッとする。

 半魔族であるセシリィの肌は灰色なのだが、それでもわかるぐらい顔が真っ赤になっている。


 年長のミーヤさん達が恥ずかしがらない分、セシリィが代わりに恥ずかしがったのかと思うと苦笑してしまった。

 下げた頭の濃い紫色の髪から、小さな水牛のツノが覗いている。


「いや、このぐらい失礼ではないよ。今さら下着ぐらいで驚いた俺も悪かったから」


 そもそも、セシリィが謝ることでもない。


「王将様は大人なのですね……」

「いい加減、その王将ってのもやめてくれ。ここでは仰々しい挨拶もいらない。セシリィ達は賓客として招いているんだから、タケルでいいよ」


「ではタケル様……そのお盆、よろしければお預かりしましょうか?」

「おっと、そうだった。セシリィ達に食べさせようと思って持ってきたんだよ。これはお汁粉と言って……まあ細かい説明はいいか。甘い食べ物だ。温かいうちに食べるとしよう」


「そうですか、食べ物……あっと、もう着替えも終わったようですよ」


 部屋を覗きこんだセシリィがそう言ってくれるので、俺は改めて部屋に入った。


「えっと、メイド服か?」


 さっきまでベッドに散乱していた下着は綺麗に消えていて。

 三人官女は、うちのメイドがよく着ている白いエプロンのついた赤いメイド服を身にまとっていた。


 似合っているけども、なんでメイド服なんだろ。


「はい、私どももそろそろ、ここでのお仕事を手伝わせてもらおうと思いまして」

「いやいや、ミーヤさん達はメイドの仕事なんてしなくていいんだよ!」


 アビスパニア女王付きの女官と、下働きのメイドの仕事は、似てるようで全然違う。

 高い家柄と教養を持つ女官は、いわば内向きの仕事をこなす女王付きの高級秘書官のようなものだ。


 うちにはお客さんとして呼んだのに、家事をさせるのは悪い。


「でも、私達もじっとしてばかりでは身体がナマってしまいますから」

「勇者様の奥様には、奴隷少女のメイドさんが多くいらっしゃいます。勇者様は、よく働く女性がお好きなのではないですか?」


 一番年長で艶やかな黒髪のネーヤさんの指摘は、言われてみると鋭いかもしれない。

 俺は、女性が働く姿に好感を覚えているのは確かだ。


「なんだか皆さん、タケル様に好かれようと必死なんですよ」


 セシリィがそう言って少しおかしそうに笑った。


「どういうことかな?」


 俺がそう聞くと答えるのは、官女達三人。


「勇者様は、私達の国を救ってくださった英雄ですから、好かれたいのは当然です!」

「少しでも、勇者様の御恩に報いたいと思いまして」

「玉の輿かもしれませんし……」


 ちょっとネーヤさんだけ邪念がこぼれているような気がするのだが、気品のある女官よりも親しみやすいかもしれない。

 こうして親しく話してみれば、三人とも個性があるのだなと思った。


「うーんまあ、人材交流という意味合いもあるか。うちのメイド達にアビスパニア流の女官の仕事を教えてあげてくれると助かるかな」


 せっかくの申し出だから、やれることをお願いしてみてもいいかもしれない。

 シレジエ王国は、ゲイルのクーデターで一度王都が崩壊してしまっている。


 いまだに、仕事を教えられる経験豊かな人材が不足しているのだ。

 城の格式を守る有職故実を伝える人材としては、ライル先生の父親のニコラ宰相がいるが、女官のような内向きの仕事の指導までできるわけではない。


 あまり仰々しいのは好みではないが他国との外交も増えてきたので、スタッフが最低限の礼儀作法を身につけるのも必要だろう。


「わかりました!」

「お任せ下さい!」

「王室の格式に相応い女官となるよう、ビシバシ指導させていただきます!」


 なぜか、黒髪のネーヤさんがスカートからスルッと長い定規を取り出したのが少し怖かったので。

 俺はおもわず「お手柔らかにしてくれ」と頼んでしまった。


 ちなみにドレスに小道具を仕込んでおくのも、アビスパニア流の女官術であるそうだ。

 うちの忍者と話が合いそうだな。


「まあ、とりあえずお汁粉でも食べながら話をしよう」


 この分だと、慣れない後宮に戸惑っているという心配はなさそうだけど。

 カアラが作った石造りの部屋も、住み心地はそう悪くはないようだ。


「これがお汁粉ですか」

「凄く甘いですね」

「うわ、これなんかスプーンにくっついて、にょーんとすごい伸びますよ!」


「それはお餅だよ」


 セシリィと三人官女達は、始めて食べるお汁粉の甘さと、粘りのあるお餅に驚きを隠せないようだった。


「セシリィはどうだ?」

「はい、甘くて美味しいと思います。好きな味です」


「それは良かった。おかわりはたくさんあるはずだから、もらってくるよ。あとお汁粉を食べると、さっぱりした飲み物も欲しくなるよね」


 俺がそう言うと、ミーヤさんが「それでしたら」と立ち上がって、ぺろんとスカートをめくる。

 何かと思ったら、でっかい紅茶ポットがスルッと落ちてきたので驚く。


「わたしも、えい!」


 ミーヤさんのスカートからは、ゴロゴロとティーカップがたくさん転がってくる。


「いやいや、何の手品なんだよ」


 思わず苦笑してしまう。


「ネーヤだけずるいので、私達も小道具を仕込む技ができると見せたかっただけでした」


 テヘっと笑うミーヤさん。


「なるほど」


 よくわからない対抗意識だが、まあお茶目ってことだな。

 どこに入るスペースがあったのかとびっくりはさせられるが、スカートから紅茶のポットやカップを出す意味はまったくなかったわけだが。


 紅茶だけに、お茶目でやっているって……いや、これは寒いから言わないでおこう。

 あと三人とも出すときにパンツ見えてたから、その芸はあんまり外でやらないほうがいいんじゃないかな。


「はいはい、二人共あんまり調子に乗って遊ばない。勇者様、すぐにお茶を淹れてまいります」


 ネーヤさんが、食べ終えたお汁粉のお椀と落ちてるポットとカップを拾ってお盆に載せてすっと行ってしまった。

 ミーヤさんとメーヤさんも、慌てて追いかける。


「あっ、私もいきます」

「初仕事ですね」


 三人は仲良く連れ立ってキッチンへと行ってしまったので。

 セシリィと二人だけになる。


「セシリィ、うちの城には慣れたか?」

「はい、皆様には凄く良くしていただいております」


「そうか、何か不自由があったら遠慮なく言ってくれ」

「不自由だなんて……むしろタンムズ・スクエアにいるときより、ここのほうがずっと心が安らいでいます」


 そう言って、ゆっくりとソファーに腰掛けているセシリィは何かを思い出したのか。

 少し憂いのある表情になった。


「ダモンズから話はちょっと聞いている。苦労したんだな」


 魔貴族の頂点に立つ血筋にありながら、人間の血が混じっているセシリィ達はタンムズ国でとても微妙な立場に置かれていた。

 魔族と人族の戦いの中で、守られる立場ではなかったのだ。


 戦の前に救出の兵を送らなければ、反乱軍の家族として人質に取られるか。

 戦乱に巻き込まれて死んでいたかもしれない。


「父もそうですが、私と母が今こうして生きているのも奇跡のようなものです。救っていただいたタケル様への御恩を、私はどう返して行ったらいいんでしょうか?」

「ダモンズやセシリィとも、不思議な巡りあわせだからな。しかし、ここまで生き抜いたからにはもう安心して欲しい。セシリィ達は、俺が責任を持って守ってやるから」


 半魔族の子供を持つ親として、セシリィの話は他人事ではないのだ。

 ダモンズ達家族の未来は、俺の子の未来でもある。


「ありがとうございます。私は、このままずっとタケル様のお側において欲しいです……」


 思わずセシリィのところまで行って、震える手を握ってしまったのだが、それで良かったようだ。

 憂いが消えて、明るい笑顔になった。


 ちょっと恥ずかしそうにもしているが、そこは若い娘だからしょうがない。

 気弱になっているなら、勇気づけてやらないと。


「セシリィ、ずっとここにいる必要もないぞ。少し時間はかかるかもしれないが、アビス大陸の国々をセシリィ達が住みやすい土地に変えてみせると約束する」

「タケル様でしたら、きっとそんな夢のような未来を作られるんでしょうね」


「俺だけが未来を作るわけではない。セシリィだって海皇ダモンズの娘だろ? 俺に恩を返すというなら、セシリィにもいずれは、その助けをして欲しい」


 もちろん俺は全力で助けるが、セシリィ自身も強さを持たなければならないのだと思う。


「わかりました。この身は元より、タケル様に差し出したものです。思うようにお使いください」


 震える声で、俺に抱きついてくるセシリィは、目をつぶって顔を上げる。

 なんかこれ、キスを求められているよう姿勢だ。


 あれ、なんか、ちょっと話がずれてないか……。


「まあ、いつの間にそんないい関係になったんですか!」

「勇者様。私達のほうが年長なんですよ、手をお出しになるなら順番は守ってくださいよぉ」

「セシリィ姫様、恐ろしい子……」


 そこに、紅茶を淹れて戻ってきた三人官女が、俺とセシリィを見て賑やかに騒ぎ立てる。


「いや、そういう話ではなかったんだが、だからそういうんじゃないって!」


 なんか、ミーヤ達三人にもわいわいと攻め寄られて、抱きつかれてしまう。

 なんでこうなった。


「あの、えっと……タケル様。お茶にしましょうか?」

「そうするか」


 せっかくなので、ミーヤ達が淹れてきてくれた紅茶を四人で頂いた。

 とりあえず、アビス大陸から来た四人もうちに慣れてきてくれたみたいなので、良かったといってもいいのかな。

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