第256話「巨大触手お姉さんの正体」

 大触手来襲の危機を脱したシレジエ艦隊は、ローレンス川を急速に下り海へと向かっていた。

 小破した旗艦の上では、船の清掃やら復旧作業の傍らで、みんなが寄り集まりあーでもないこーでもないと討議している。


 こういう時は、みんなで知恵を出しあって考えるのが一番だ。

 それを聞きながら腕組みして立ち尽くす俺はこのまま、あの巨大な触手お姉さんに見えるものがどっかに行ってくれないかなあと考えていた。


「タケル殿、どっかに消えてしまうんじゃないかと考えてないですか?」

「まあ、ちょっとは思いますよね」


 ライル先生は的確に俺の本音を察してくる。

 あれが、混沌生物であればその動きは予想ができないはずだ。


 何もせず、また土の中に戻る可能性だってないとはいえない。


「そうですね。従来の混沌生物ならば、何もせず消える可能性もあります」

「でしょう」


「しかし、私は軍師として最悪の可能性を考えておかねばなりません。オラクル殿、あの触手の生えた混沌生物はなんだと思いますか。わからないはいりません。この場で、あの存在がわかるのは貴方かカアラさんしかいないんですから、推定でいいですから考えてみてください」


 やはり、混沌母神というのは魔族にとって特別な存在なのか。

 重い口を開いて、オラクルはカアラに尋ねる。


「うーむそうじゃな。カアラはどう思う?」

「アタシは、混沌母神の化身の一種ではないかと思います」


「大雑把じゃがそんなところか」

「まず調べてみないことにはなんとも言えません。調べるにも、生きたサンプルが欲しいと探してるんですが」


 カアラが、さっきから船の中をなんでウロウロしているのかと思えば、触手の切れ端を探しているらしい。

 断ち切ってしまった触手は、生命活動を止めると土塊に変わってしまう。


 ここらへんも混沌生物の謎なところだ。

 俺も探すのを手伝う。


「えっと……おーい誰か触手見なかったか!」

「こっちありまーす!」


 シェリー達の声だ。

 慌てて、船の後部甲板に向かってみると、確かに生きのいいピチピチの触手がうねうねしていた。


「なんでここだけ……」


 そう思って近づくと、触手渦の中央にクレマンティーヌとベレニスの二人が巻き込まれていた。

 シェリー達はなんとか助けようとしているが、あんまり近づくと触手に巻き込まれるので手出しができないみたいだ。


「や、やめろ。私の中に入ってくるなぁ!」

「なんで、私達だけに寄ってくるの!」


 本当になんでなんだろ。

 寄り集まった触手は、どうやら二人の鎧の中に必死に潜り込もうとしているようだ。


 とにかく助けてやろうと俺達は、すぐに触手を攻撃して二人から切り離す。

 切り取りながらオラクル達が喜んでいた。


「これで、サンプルが取れるのじゃ」

「十分な量ですね。すぐに混沌生物のパワー測定マッシーンを用意しますね」


 助けてしまわないうちに、触手を切り取ったカアラは測定器にかけて調べ始める。


「いや、マッシーンはいいけど。先に二人を助けてやれよ」

「そうはいってもタケル。これは、なかなか強情な触手じゃぞ。下手するとこっちが巻き込まれるのじゃ」


 さっさと周りの触手を切り離して、クレマンティーヌの鎧から太い触手を引きずり出そうとしているオラクルだが、なかなか引っ張り出せずにいるようだ。


「いたぁ、胸がちぎれるっ!」


 どうやら、豊満な胸に絡み付いて鎧の中から出てこないらしい。


「ちょっと我慢しろクレマンティーヌ。触手め、暴れるな!」

「いたぁぁ、ちぎれるぅ!」


 引っ張ると痛がるのだが、これ出さないわけにはいかない。


「こうやってても埒があかない。こうなったらみんなで引っ張りだすぞ!」

「ひぎっ!」


 綱引きの勢いで俺とオラクルとカアラの三人がかかりで、クレマンティーヌの鎧の中から強引にニュルッと引っ張りだした。


「おー、でっかいサンプルが取れたのじゃ」

「それも測定器に入れますね」


「大丈夫か、クレマンティーヌ」

「と、取れたぁ……」


 ぐったりするクレマンティーヌを介抱する暇もない。

 クレマンティーヌに絡みつくのを諦めた触手達は、今度はベレニスに集中する。


 まとわりつくヌルヌルの触手にベレニスが、逃げることもできず甲板の上をのたうち回っている。

 でっかい触手も厄介だが、小さいの掴みどころがない。


「ほわあっ、ちょっとちょっとこっちも早く取ってくださいよぉ!」

「仕方ない待ってろ」


 女性陣が下手に触れると巻き込まれるから、ここは俺がいくしかない。

 そう思って手を出したら、小さい触手がシュルっと腕に巻き付いて一緒に引きこまれた。


「なに王様も一緒に巻き込まれてるんですか」

「やっぱりダメだった。うわ!」


「ああ、ちょっとそこぉ。変なとこ触らないでくださいよ……」

「違う。腕が触手に引っ張られてるんだ」


「ああもう服の中まで……ダメだこれ、絶対もうお嫁に行けません。いっそ死にたいです」

「必ず何とかするから諦めるな!」


 ヌルヌルするウナギを掴む要領だ。

 子供の頃、ウナギ掴みゲームをやったこともある俺は、なんとか小さい触手を引きずり出してベレニスを救う。


 ウナギは美味しいからいいけど、こいつらはとても食べられそうにはないな。

 そんなことを思いながら、触手全部引きずり出しては始末した。


 なかなか抜け出せず、俺とベレニスは触手の海でぬるんぬるんのグチョグチョになってしまった。

 サンプルが取れたのはいいが、酷い目にあった。


 後で身体を洗わなきゃならないな。


「うう、王様助けてくれてありがとうございます」

「はぁはぁ……それにしても、女騎士に引き寄せられるのが触手の習性なのか?」


 濡れタオルで手を拭きながら俺がそう言うと、いつの間にか俺の横に来ていたシェリーがないないと手を横に振るう。


「お兄様。分断された触手が、二人の鎧の中に潜り込もうとしていた動きを見るに、鎧の素材に使ってる魔法銀ミスリルに反応してると考えるべきでしょう。お兄様の鎧も魔法銀ミスリルでしたよね?」

「なるほど、その線は考えてなかったな。さすがシェリー、目の付け所が違う」


「えへへ、もっと褒めてくれていいですよ」

「よしよし、賢い」


 シェリーの頭を撫でながら考える。

 魔族を含めた混沌生物は、人族が使えない魔素を直接エネルギーとできる。


 魔法銀ミスリルは、表面が発光を帯びるほどの魔素をたっぷりと内部に凝縮した特殊金属である。

 二人に絡んでいる触手だけが元気にうねってるのは、魔法銀ミスリルの魔力の影響かもしれない。


 そのせいで、二人は大変なことになったのだが。

 もしかすると、俺が最初にやたら触手お姉さんに好かれたのも、魔法銀ミスリルの鎧を付けていたのが原因かもしれない。


 触手は、魔力を帯びた装備に吸い寄せられる。

 そう考えると、話の辻褄は合う。


「まさか、魔法銀ミスリルの鎧を着せることでこんな酷い目に合わせることになるとは思わなかったが、おかげでサンプルが取れた」


「王様の役に立てて光栄ですが……」

「トラウマになりそうです……」


 大量の触手に巻き込まれて、いつもは元気な二人も精も根も尽き果てた顔でぐったりしている。

 しばらく休ませてやろう。


 二人をの身体を洗って介抱してやっていると、ベレニスに聞かれた。


「なんで王様はあんな目にあってなんで平気なんですか……」

「平気じゃないけど、もう触手にもだいぶ慣れたからな」


 こう見えても、俺も苦労しているのだ。

 そうこうしているうちに、触手を調べていたカアラの測定結果が出たようだ。


「測定完了です。この触手の力は、神代級です」


 そう聞いて、オラクルは重い口を開いた。


「ふむ、その測定結果と拙いわしの知見を持って推定するなら、あれはもはや普通の『古き者』様ではない。それを超えた強大なる存在。魔神様と呼ぶべきじゃな。あの形状で神代級の力を持つならば、魔神クラスじゃ」

「オラクル。神代級ってのは、どれだけ強いんだ」


「神代級は、竜乙女ドラゴンメイドの祖となっておる竜神。そして、人族の世界を創生した女神アーサマと同等じゃと言えばその凄さがわかるかのお」


 そのまま神レベルってことか。

 カアラとオラクルの話を聞いた、ライル先生がまとめる。


「では、あれを大きい魔神。大魔神と仮称しましょう。話は少し戻りますが、大魔王イフリールは死ぬ直前に、『教皇国ラヴェンナ大聖堂の聖創の間』と言ったのを、私は聞きました。あの時、聖母殿の顔色が変わりましたよね。何か心当たりがあるんじゃないですか?」


 ライル先生は目ざとい。あの乱戦のなかでよく見ている。

 リアは答える。


「これは、アーサマ教会関係者には是非もなく公然の秘密の事柄なのですが、ラヴェンナ大聖堂の聖創の間は女神アーサマのご本尊があられる場所です。あの時、なぜあの大魔王イフリールにそれがわかったのかと恐ろしくはなりました」


 大魔王イフリールはすでに死んで、この世にはもう存在しない。

 ならば、アーサマの位置がわかっても心配はないはずなのだが、リアの顔色は晴れない。


 ライル先生は続ける。


「では、さらにお聞きします。あの大魔神が女神アーサマと同等の力を持つ存在として、それが聖創の間に攻め込んだらどうなります?」

「女神アーサマのご本尊が破壊されれば、神聖魔法力の全てが失われて……この世が滅びます」


 先生は、額を指で押さえて難しい顔をしている。

 そうなると大魔王イフリールが生前に残した、世界を滅ぼすという宣言と符合する。


「先生、いくらなんでも考え過ぎじゃないですか。もう大魔王は死んでいないんですし」

「そう楽観できますかね。大魔神は大魔王が死んで蘇ったものです。そうであれば何らかの方法で……」


 その時、船員達がざわめくのが聞こえた。

 何事かと思えば、空から甲板に一人の飛竜騎士が降り立ったのだ。


「おお、お前は……」

「遅くなりましたが、只今任務を終えて戻りました!」


 飛竜ワイバーンから降りて、俺の前に颯爽と跪くのはリアへの伝令を務めてくれていた飛竜騎士だ。


「無事だったか。それは良かった」

「ええ、王将閣下。大変なことになりましたね。なんですか、あの巨大な化け物は?」


 どうやら、飛竜騎士もあの触手お姉さんを見たらしい。

 ライル先生が、飛竜騎士に尋ねる。


「貴方も、あの大魔神を見たのですか?」

「あの巨大なタコと女性をくっつけたような化け物を、大魔神というのですか? 魔都ローレンタイトを壊滅に追い込んだあと、一度あの大きな湖に飛び込んで後さらに陸に上がって東の方角に向かっているように見えましたが、いや若干南の方角かな」


 それを聞いて、ライル先生が身を乗り出す。


「ほう、大魔神の動きを観察したのですか?」

「ええ、近づかなければ危険はないようでしたので、とりあえず動きを偵察してきました」


 それを聞いて、ライル先生が微笑む。


「では、大魔神の動きをこの地図に線で描けますか?」

「えっと、わかりました。引いてみます」


 アビス大陸の地図に、すっと線が引かれる。

 その間に、先生はユーラ大陸の地図を持ってきてそれに繋げる。


 飛竜騎士が見たという大魔神の動きから、直線ですっとユーラ大陸へまっすぐ線を引くと。

 その先は……。


「……教皇国の聖都ラヴェンナ」

「これは決まりですね。やはり我々は、迎え撃つ対策を立てなくてはなりません」


 ライル先生がそう言う。

 だが、俺はあまり乗り気ではなかった。


 まずあんな巨大生物にどうやって勝つのかって問題もあるのだが。

 あれが触手お姉さんと似たような存在なら、まだ対話できる可能性があるのではないかと思うのだ。


 そこでハイドラが「意見いいかしら」と手を挙げる。


「なんだハイドラ?」

「あの大魔神だが大触手だか知らないけど、あれも穴から出てきたんだから、魔獣じゃないかしら」


「はぁ、話を聞いてたのか。専門家オーソリティのオラクルが魔神と判断してるんだぞ?」

「あら、王将様。私だって魔獣の専門家オーソリティよ。あれが巨大魔獣だったら、私はテイムできる自信があるわよ」


 大魔神をテイムする?

 なんとも豪胆な意見である。


 豪胆というか、どう考えても無謀だと思うのだが。

 いいだろう。


「よし、その話乗った。今一度少数精鋭で偵察を仕掛けて、そのついでにテイムを仕掛けてみよう」

「任せて!」


 大魔神をテイムとか絶対に無理だと思うのだが。

 戦う以外の選択肢を残したかった俺は、ハイドラの提案に乗ってみることにした。


 荒ぶる触手お姉さんに近づくとか、ちょっと怖い気もするが。

 実際に付近を見てきた飛竜騎士も、遠巻きに見るだけなら平気だと言ってたから大丈夫だろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る