第238話「女勇者ルイーズの噂」

 州都プレシディオの奪還に成功して、騎士長バーランドが率いるアビスパニア解放軍は意気軒昂である。

 いや、もうバーランドは騎士長ではなく凱旋将軍と呼ぶべきだな。


 一方で、一刀のもとに魔獣ドラゴン倒しまくった女勇者ルイーズの評判はそれ以上のもので、ルイーズこそが魔軍を押し返して大魔王イフリールを討伐する勇者なのだと盛り上がっている。

 いつの間にか、プレシディオの州総督であったサルディバルを倒したのもルイーズという話になっている。


「……ということであります」

「なるほど、そういうことなのか。概ね理解した」


 クレマンティーヌ達と一緒にアビス大陸に渡った、密偵スカウト達の話を聞いて合点がいった。

 どうやらこの女勇者ルイーズの噂、意図的にライル先生が盛り上げるようにと、密偵スカウト達に指示したものらしい。


 聖母リアの降臨で、バアル州に神聖ステリアーナ女王国が爆誕してしまった時点で。

 ライル先生は、超人的な活躍を誇るルイーズが英雄と讃えられて象徴になると見ていたらしい。


 そこに『女勇者』という評判を一粒垂らせば、大魔王イフリールを奉じる魔国に対してこれ以上ないぐらいの陽動作戦になる。

 木を隠すには森の中。先生はこちらの戦力を隠すことを諦めて、むしろ違う噂を各地で盛りたてる方向に作戦をシフトさせたのだった。


 魔軍の眼が、バアル州のテオティワカンに発生した聖母リアの軍団や、リンモン州プレシディオの女勇者ルイーズに向いている隙に。

 北のタンムズ州タンムズ・スクエアをシレジエ艦隊で一気に強襲して、制海権を奪取したのち後ろから魔都ローレンタイトに迫ろうという作戦である。


 ただ州都プレシディオの戦いは激しく、こちらも無傷というわけにはいかなかった。

 俺をここまで運んできてくれた飛竜騎士からも、突然深々と頭を下げられて驚くべき報告を受ける。


「申し訳ございません。飛竜が奪われました」

「えっ、そんなことがあるのか」


 飛竜が奪われるとは、にわかに信じがたい話だ。

 飛竜騎士以外に、調教された飛竜が操れるとも思えないのだが、嘘の失態を報告してくるわけもない。


「不覚でありました。王将閣下直々に御用を任じられながらこの失態、申し開きのしようもありません。この責めはいかようにもお受けします」

「いや、いいよ。想定外の事態だから、是非もないだろう。飛竜を扱える操縦士は貴重だ。これからも頑張ってくれ」


「しかし、何の咎もなしとは……」

「飛竜騎士の育成には、時間と金がかかる。貴官だけでも無事でよかった。飛竜はまた補充すればいいさ」


 起きてしまったことは仕方がない。

 俺が気にするなと肩を叩くと、若い飛竜騎士は頭を上げた。


「ハッ、必ずや名誉を挽回したく思います」


 敵は魔獣を使うから、飛竜を操るような能力をもった魔族もいたのかもしれない。

 そうすると、強大な魔族を逃してしまったということになるが。


「ふうむ、まあいいさ」


 塞翁が馬ともいうしな。

 戦局はサイコロの目と一緒で、次にどう転ぶかはわからないものだ。


 敵はマスケット銃や大砲の有益な情報とともに、女勇者がリンモン州の民衆から発生したという誤った情報も本国に持ち帰るはずだ。

 陽動作戦のための誤情報を敵に与えるためには、むしろ適度に逃がしてやるぐらいのほうがいい。


密偵スカウトの各員は、先生の策通りに情報の操作に努めてくれ」

「ハッ」


 俺は女勇者役を引き受けてくれるように、ルイーズにもお願いしておく。


「なるほど、私はその女勇者とやらをやればいいんだな。そして、そのまま敵を攻め続ければいいわけだ。わかりやすくていい」


 ルイーズは、すぐに女勇者役を快諾してくれた。

 頼もしい限りだ。


「俺よりルイーズのほうが、よっぽど勇者に向いてると思うんだけどな。いっそ本当の勇者にならないか」


 なんなら代わってもいいぐらいだ。

 今のルイーズの力なら、本当に勇者認定資格を得られるかもしれないぐらいだ。


 そのためには、魔王をルイーズに倒してもらわなければならないのだが。

 そう言うと、ルイーズにもなぜか謝られた。


「それより、済まない。タケルからもらったオリハルコンの大剣が折れてしまった」

「ルイーズが無事でいてくれたら、そんなものはいいんだよ」


 オリハルコンの大剣を折るなど、魔軍のなかにも侮れない力を持っている敵もいるものだ。

 大剣の残骸は敵の骸から回収できたので、また修理して使えばいい話である。


「タケル。バーランド騎士長が、落ち着いたら王宮のほうにも来てくれと言ってたぞ」

「ああそうか。今回の戦の後始末もあるのだったな」


 州都の真ん中にある魔軍の司令部として使われていた平城は、再びアビスパニアの王宮として使われることになったらしい。

 ルイーズとともに、王宮に赴くと元の形へと復元する改装工事がすでに始まっていた。


「この王宮も、取った取られたで大変だな」

「タケルが手榴弾で爆破したりするから、補修が大変だと言ってたぞ」


「そりゃ悪かった」

「ハハッ、冗談だよ。攻めれば壊れるところを、ピンポイントで司令部だけ叩いてくれたんだから、むしろ王宮の破壊は少なくて済んだというべきだろう」


 王宮の謁見の間に入ると、バーランドやその幕僚。騎士達が居並んでいた。

 レッドカーペットの先には王宮としての玉座が設えてあるが、もちろん空席である。


 座るべき女王はまだいない。

 アビスパニアの女王はまだ乳児だから、連れてきてたとしても座らせるわけにはいかないんだけどね。


「アーサマの勇者佐渡タケル様、この度の助力いただいたこと改めてお礼を申し上げます。おかげさまをもちまして、こうして我らは王都を奪還することができました」


 アビスパニア女王国にとっては、ここが州都プレシディオが王都となる。

 バーランドが立ち上がると深々と頭を下げた。


 周りの幕僚達も慌てて立ち上がって頭を下げる。

 俺は手を振って頭を上げるように言う。


「これも、バーランド騎士長を始めとしたアビスパニア軍の活躍あってのことだ。これからも、俺達は出来る限り協力させてもらうよ」


 ルイーズも俺に続けて言う。


「私達も引き続きバーランド達に協力させてもらうぞ。プレシディオを奪還したとはいえ、まだリンモン州には敵が残っているからな」


 州都を奪還したものの、こちらはまだイースター半島とプレシディオの周りを確保したに過ぎない。

 リンモン州の半分以上の領域が、まだ魔軍の手に落ちたままだ。敗走した敵が盛り返す可能性もある。油断は禁物ということだ。


「まさか、本当に王都を取り戻せる日が来るとは……」


 バーランドは涙ぐみ言葉に詰まらせる。バーランド麾下の幕僚達も、静かに喜びを噛み締めている。

 それは故郷を取り戻せたのだ。感極まることもあるだろう。


「感激してるところ言いにくいんだが、州都プレシディオを取ってしまったことで敵のさらなる反攻も予想される。申し訳ないんだが、バーランド達には魔軍を攻めるための陽動の役割を果たしてもらわなきゃならない。もちろん、きちんとアビスパニアの旧領は取り返すつもりだが、当面はまた州都を攻め取られる可能性も考慮しておいてくれ」


 敵を引き付ける役割をしてもらうのだがら、再び反攻でこの都を取り返されることだって考えられる。

 バーランド騎士長あってのアビスパニア軍だ。奪還した王都に固執しすぎて、城を枕に討ち死にされても困る。


「それは心得ております。どうかタケル様の庇護下で、捲土重来の時まで女王陛下をアンティル島でお匿いくださるようにお願いします」

「うん。女王はまだ動かさないほうがいいだろう。魔都ローレンタイトを落とし、大魔王イフリールを打倒できれば魔軍は自ずから崩壊するから、そうなればこの国の復興も安泰のものとなる」


「そう願いたいものですな。そのためになら、我々は捨て石にでもなりましょう」


 バーランドは、そう言うと相好を崩した。

 そこら辺の事情を、バーランド達がわかってくれているならいい。


 あと釘を刺しておくべきは、捕虜の扱いだな。

 過去のわだかまりを捨てて、魔族と協調してもらわなければならない。


「バーランド。新たにこの地に立つのは、神聖国ではないアビスパニア女王国だ」

「タケル様の方針は心得ておるつもりです」


「今回の戦闘でも捕虜を取っているだろう。捕らえた魔族は出来る限りこちらに寝返らせてくれ。戦力として使いたい。そうでなくても、捕虜は生かして使ってくれ」

「そのように致しましょう。嫁にも考えを柔軟にせよと叱られてますからな。我が国の方針が変わったことを広く喧伝し、敗残した魔軍にも恭順を呼びかけましょう。新たにこの地に生まれた勇者ルイーズ殿の方針とでもいえば、民も納得させられるのではないかと思います」


 どうやら、ルイーズを勇者役にすることは、バーランド達にも話が伝わっているらしい。

 どうせなら女勇者ルイーズの評判を最大限に使っていくわけか。


「そうしてくれると助かる。ルイーズを勇者の代役として立てる話も、聞いてたんだな」

「前からそのような風評が自然発生しておりましたからな。民が義勇兵として立ち上がってくれたのも、ルイーズ殿の活躍あってのことです」


 まあ、無理もない。

 竜殺しの大剣を振り回して強敵を薙ぎ払うルイーズは、俺よりもずっと勇者らしく見えるだろう。


「そうしてくれればありがたい。ところで、港の船はこっちで使わせてもらいたいんだが?」

「接収した船団は、小型の帆船やガレー船があわせて六十隻でした。この街で船員も確保できますので、すぐにお使いになれますよ」


「それは助かる」


 小型のガレー船では戦闘には厳しいが、今後の作戦には輸送船も必要なのだ。小型のガレー船でも六十隻もあれば、かなりの人員や物資を輸送できるだろう。

 なにせ、飛竜がどっかに行ってしまったので、俺がアンティル島に戻るにも船が必要だ。


 話はそんなところかと、俺は一息ついて着席した。

 どうも代表者として話すのは疲れる。こんなとき、カアラかライル先生がいてくれると交渉をやってくれるんだが、みんな忙しいから俺が踏ん張らなきゃいけない。


 特に、カアラはもう懐妊してしまっているらしいから。魔術師が懐妊中、適度に魔法を使うのはむしろ良いと聞いたんだが、それにしたって危険な戦場には出て欲しくない。

 やはり、俺が頑張らなきゃな。


 ともかくも、一息入れようとかと座り込んだ俺に、ルイーズは苦笑して囁く。


「タケル。疲れているところ悪いが、まだ論功行賞が終わってないぞ」

「それはできれば、ルイーズ達とアビスパニア軍の諸将でやってほしいんだが」


 俺は臨時に手伝いに来ただけで、こちらの方面軍の将軍でもないし、いちいち表彰したりするのは手に余る。


「なら手短に、タケルがいる間に敵の捕虜となったクレマンティーヌの賞罰だけは先にやっておこう。彼女をこちらに派遣したのはタケルなんだから、関係ないことはあるまい?」


 ルイーズがそう言うと、席に座っている金髪巻き毛の女騎士がビクッと肩を震わせた。

 俺が心配したとおり、クレマンティーヌは張り切りすぎて敵に捕らわれて人質になるという失態を犯している。


 そこに、クレマンティーヌの同僚のベレニスが、発言いいですかと手を上げる。


「クレマンティーヌは確かに失敗したかもしれませんが、敵の騎士団長ギボン・クルパンの首を落とすなど武功も上げてると思うんですが」


 その意見をルイーズは鼻で笑う。


「それで賞罰を相殺しろというのか。甘いなベレニス。武功というのは、命あっての物種だ。敵が捕虜として使おうとしたから良かったようなものの、クレマンティーヌはあのまま討ち取られていてもおかしくはなかった」

「それは……」


「武功を言うならば、私やバーランドはお前らの倍は敵将の首は落としている。タケルや、タケルの護衛として付いたシュザンヌとクローディアの武勲は、それ以上だ。敵の拠点を次々と落としてくれたその働きがなければ、まだ我々はこの宮殿も落とせてなかった。シュザンヌ、クローディア、お前達はよくやってくれた。さらに配下の兵を増し、二千人将として私の下で働いてもらおう」


「はい!」「ありがとうございます!」


 武勲を褒め称えられたシュザンヌとクローディアは、誇らしげに立って新たな辞令を受ける。

 それを見て、ベレニスは悔しげに机を叩いた。


「私達だって、王様が居てくれたら……」


 黙って俯いていたクレマンティーヌが、傍らのベレニスに囁く。


「ベレニスもういい。私が迂闊うかつだったんだから、敵に捕らわれた失態は否定しようのない事実。私は、甘んじて咎を受けます」

「でも、私達だって頑張ったのに」


 そのベレニス達の会話を、ルイーズは聞き逃さなかった。


「ベレニス。お前は、タケルが居てくれればと言ったな?」

「だってそうじゃないですか。敵の司令部を落とした武勲は、王様あってのことですよね。活躍したのは王様で、二人は一緒に付いて行っただけじゃないですか」


「ならば良し。ベレニス、クレマンティーヌの二人に申し渡す。今回の罰として、二人は将としての任を解く」

「……ッ」


 ベレニスは口惜しげに、クレマンティーヌはため息を吐いて降格を受け入れる。


「二人は、タケルの護衛騎士に戻す。ベレニス、お前の言うとおりでもある。シュザンヌとクローディアの活躍は、タケルの下にあってその柔軟な戦い方を学んだからのこと。お前らとて、シレジエの未来を担う近衛騎士団の幹部候補生なのだろう。いかに武功を誇ろうが、このままではお前らは猪武者にしかなれんぞ。今一度、タケルの下で軍略を学び直すが良い」


 なんか、聞いてると俺の護衛任務が罰ゲームみたいになってるんだけど。

 二人の教育は、ルイーズに任せようと思ったんだけど、物の見事に返却されてしまった。


 その後、アビスパニア軍の諸将にも論功行賞があってようやく閉会となった。

 バーランド達は、まだ今後の内政の相談が残っているので会議を続けるらしい。大変だよな。


 俺としては、再び俺の従士になるというクレマンティーヌ達をどうしたものかなと考えていると。

 ルイーズに耳打ちされた。


「タケル、クレマンティーヌにはキツくお仕置きしてやってくれ」

「お仕置きと言われましても」


 そんな振りをされても俺、困るんだけど!


「反省するのはいいが、あれは失態を気に病みすぎているようだから。タケルが軽く仕置してやったほうが、気が楽になるだろう」

「そういうことか、わかったよ」


 しかし、お仕置きってなんだ。

 うーんわからん。罰ゲームなら、ランニング十周とか、スクワット百回とかでいいのかな。


 護衛が付くのはありがたいが、騎士の教育を俺に期待されても困るんだけどね。

 彼女らは大人の女性であるから、奴隷少女と一緒のような扱いでいいものかなと迷ってしまう。


 いろいろあって疲れきった俺に、バーランド騎士長もねぎらいの言葉をかけてくれる。


「そういえばタケル様に、もう一つ朗報がありますよ」

「えっ、なに?」


「王宮はところどころが壊れてしまいましたが、幸いなことに湯殿はほぼ使える状態で残っております。薔薇の湯殿は、プレシディオ女王宮の名物でもあるのですよ。湯を張るように致しますので、落ち着いたら戦闘の疲れを癒してはいかがでしょうか」

「おお、薔薇風呂があるのか!」


 そういえば、アビスパニアにも貴族には風呂文化があると聞いたなあ。

 異国の薔薇の湯殿とはどのようなものか、実に興味ぶかい。


 バーランドは、俺が風呂好きと知って勧めてくれているのだろう。

 戦闘に加えて、その後始末もあってだいぶ疲れたので、ご好意に甘えさせてもらうことにしよう。

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