第223話「リアの決意」
「……シェリー上に乗るのは勘弁してくれないか、さすがに寝苦しい」
「嫌です、私はみんなで寝るなんて聞いてないです!」
シェリーの提案があったから、今日は俺の船室のベッドをこいつらに解放したのだが、どうもシェリーはご機嫌斜めのようだ。
俺の上に乗ったまま、抱きついて離れてくれない。
大きなベッドとはいえ、コレット、シェリー、ヴィオラ、ロールと、それにララちゃんが入り込んで、俺を含めて六人である。
全員ベッドの上で寝るのはちょっと無理がある。
だから、下に布団も敷いたんだけど、誰も下に行かないんだよ。
だったら俺が下の布団で寝ても良いってなんども言ってるんだが、それでは意味が無いとか訳の分からないことを言われる。
「いや、みんなで寝ようってシェリーが言い出したんじゃないか」
「違います、私と『だけ』一緒に寝ようって意味で言ったんです!」
あれ、そういう意味だったのか。
ロールに特別扱いとか言ってたけども、本当は自分だけ特別扱いして欲しかったんだな。
「お兄様がお風呂で、
「何をどうする流れだよ……」
そういえば、他の子が普通の寝間着を着てるのに、シェリーだけはやけに気合の入った。
透き通るような絹のネグリジェを身に着けている。
その下にはいつぞやの後宮ごっこで使った、際どい下着が透けてるので見えてしまう。
その際どいのは、本来は育ちきった大人の女性が身に付けてこそ、映えるだ。
それなのに、幼さの残る肢体。危ない下着。
そのアンバランスな危うさが却って良いという意見もあるだろうが、シェリーにはまだ少し早すぎると思う。
ずっと大人に合わせて仕事してきたせいだろうか、シェリーはいつも背伸びしがちなのだ。
それでも、もう子供の言うことだとは笑えなくなってきた。
「分かってるくせに、お兄様は意地悪です」
「そう言われてもなあ……」
気が付かないうちに、この子達もどんどん大きくなっていく。
こうやって気兼ねなく一緒に寝ていられるのも、そう長くはあるまい。
シェリーはシェリーで、子供っぽいところも残っているのだが。
成長してきた分、そろそろ腹の上に乗られると重たいなと思うようにも……まあ女の子にそれは、口が裂けても言えないが。
まあでも重いのは我慢して、もう少しだけシェリーを甘やかしてやることにしよう。
こうして冗談で誤魔化して済むのも今のうちだけだしなと。
お風呂あがりで柔らかくなったシェリーの銀髪を撫でながら思い。
眠りにつくことにした。
※※※
「ギャー、ロールさん痛い痛い!」
一度寝入ったが、そんなシェリーの悲鳴で目を覚ました。
俺の上で寝ていたシェリーが、いつの間にかいなくなっている。
どこ行ったんだと見回すと、ベッドの下でロールに卍固めをかけられていた。
「なんだありゃ。もしかして、寝ぼけてるのか?」
俺と同時にゴソゴソと起き上がったコレットが言う。
「ご主人様はご存じないかと思いますが、ロールの寝相がもっと酷くなりまして」
あー、俺は最近ロールと寝てないけど、寝相が悪化してたんだな。
いや、そんな呑気に解説してる場合じゃないぞ。
寝ながら卍固めを仕掛けるとか、無茶苦茶すぎるだろ。
もう夢遊病とか、そういうレベルじゃない。
普通なら本当は起きてるんじゃないかと疑うところだが、あのロールだしなあ……。
元気が余りすぎて、寝ながら動いたりすることは前にもよくあった。
「ロールさん、起きて! ロープ、ロープ!」
「なあ、あれ止めなくて良いのかコレット?」
ロールの暴走を毎回止めるのは、仲の良いコレットの役割である。
シェリーは頭脳労働専門なので、肉体労働派のロールに固められたら太刀打ちできない、助けてやらなくていいのか。
「シェリーさん。ご主人様が寝てるのをいいことに、こっそり悪いことしようとしてましたから、ちょうどいい罰だと思ってけしかけました」
なんか、コレットが怖いこと言ってる。けしかけましたって、お前は寝ているロールを使役できるスキルでも持ってるのか?
あと、なんだシェリーがしようとした悪いことって……寝てる俺の顔にイタズラ書きでもしようとしたのか?
「おーいロール。何があったか知らんが、ギブアップしてるんだから程々で許してやれよ」
俺がそう言うと、願いが通じたのか卍固めが緩まった。
俺も気が付かないうちに、ロールを使役するスキルが付いてきたようだ。
関節技が緩まったことで、シェリーが安堵の声を上げようとするのだが――
「良かっ……ぎゅえ!」
――ロールの技は終わらなかった。布団に倒れこんだシェリーに覆いかぶさって、そのまま寝技の抑え込みへと移行。
鮮やかなる
卍固めよりはマシだが、どっちにしろ絞めるのかよ。
ロールはシェリーを締めつけながら、本当に寝ているようしか見えないから怖い。
ロールは押さえ込んだままグースカ寝てるし。
シェリーはぐったりしたままで、二人とも布団の海に沈んで動かなくなった。
「本当に大丈夫なのかあれ……」
「大丈夫でしょう。それより、ご主人様。ちょうどいい感じにベッドが広くなりましたね」
「それって、喜んでいいのか?」
「シェリーさんは、ご主人様に甘えてやりすぎですからね」
「ううーん、ご主人様ぁ……」
俺達がそんなことを話してると、騒動のせいでヴィオラも起きだしてしまったようだ。
念の為にララちゃんはと確認してみたら、端っこで枕を抱いて寝てるようなのでホッとする。
身体の小さいララちゃんが、万が一にもロールの深夜のプロレスに巻き込まれたらたまったもんじゃないし。
気をつけておかないと。
「ヴィオラ、明日もあるんだからしっかり寝ておけよ」
「はい、じゃあ眠りやすいように、一緒に寝てください」
ヴィオラが抱きついてくるので、抱きとめてやる。ヴィオラがこんなに積極的にくるとは、珍しいこともあるものだ。
この子と最初に会った時は、引っ込み思案でシャロンの腰に抱きついたままで、他の人と話すことも出来なかった。
それがこんな遠くの地まで来て、農業指導者として頑張っているのだから。
この三年で、身も心も立派に成長したものだ。
「ご主人様、私も一緒にいいですか?」
「ああ、コレットもか。良いぞ」
この際だから、たまにはいいだろう。
ヴィオラは引っ込み思案で、コレットは他の子より出来過ぎてたから。
つい他の子の面倒を頼りがちになって、あんまり甘やかしてやれなかったような気がする。
この子らも、こうしていられるのは今だけだ。
そのうちにみんな大人になって、こうすることもなくなるだろうと思えば、嬉しいけれど少し寂しい気もした。
ゴソゴソと、衣擦れの音をさせてコレットも俺の隣まで来てピトッとくっついてくる。
遠慮がちに、俺に身を委ねるその身体の重さに、思ったよりもずっと密度を感じた。
俺の肩にほっぺたをくっつけながら、コレットが言う。
「このまま、ずっとご主人様と一緒に居ていいですかね」
「そう言ってくれると、嬉しいけど。コレットも、ヴィオラも、いずれは大人になるだろうからね。みんな自由になって、自分の人生を歩んでくれると良いと思ってる」
ヴィオラはハーフニンフの持つ能力を生かして、農業技術指導者として頭角を現すようになっているし。
コレットも、うちの王宮の厨房を預かる立派なシェフである。
奴隷少女だったという立場も、もう形骸化してきている。
俺の最終目標は、奴隷という存在を無くしても、シレジエ王国の社会が回っていけるようになることだ。
だから、この子達が俺の下を巣立って、立派に独り立ちして行くのは寂しいけれど、嬉しいことでもある。
俺がそう言うと、ヴィオラの抱きついてくる手の力が強まった。
「私は大人になっても、ずっとご主人様に付いてきます」
「そうは言っても、歳頃になれば、お前らだって好きな男ぐらいはできるだろう。そうなったら、自分の家庭とかも持ちたくなるだろうから気兼ねして欲しくはないんだ」
「ならないです……」
ヴィオラは、俺の腰をすがりつくように掴んで、酷く強張った声でそう言う。
なんだか怖いぐらいだ。俺はなにか、悪いことを言ってしまったのだろうか。
「私も、ご主人様にもっと一緒に付いて、新しい料理の知識をたくさん学びたいです」
「そうだな、お前らが独り立ちするといっても、まだずっと先だな。今は俺だって、お前達に助けてもらわないとやっていけないんだから……」
コレットが柔らかい口調で言ってくれたので、なんか助かった。
小さい身体なのに、ヴィオラのすがりついてくる手の力は尋常じゃない。この子、今日はどうしちゃったんだ……。
ああ、そうかと気がつく。
ニンフと人のハーフであるヴィオラの立場は、とても複雑だったことを思い返したのだ。
好きな男ができるとか、俺は無神経なことを言ってしまった。
せっかくこの子が安全に生きられる居場所があるのに、突き放されたように感じられたかもしれない。
「ヴィオラ、さっきの前言は撤回する。お前はそう望むなら、ずっと俺のところに居ていいんだから心配するな」
「はい、約束ですよ」
「えっ、ああ、約束な……」
「じゃあ、ご主人様。
「契?」
「ニンフのお母さんに、そのときがきたらやりなさいって教わった儀式です。こうやって手を合わせて、足も絡めます」
俺にすがりつく強さはそのままに、ヴィオラがするっと器用に手足を絡みつけてくる。
「……これが、ニンフの儀式なのか?」
「はい、繋がった手は茎で、足は根っこです。樹木は、一度根ざしたら一生動きません。こうしてずっと、ともに生きて……死しても同じ土となります」
「うん」
「それで、ご主人様は良いですか?」
「いいよ……」
そう言うと、ようやく安心したのか。
すがりつく手足の力が弱まったのでホッとした。
「いいなあ、ヴィオラが真っ先に一抜けですか……」
「んっ?」
俺の脇辺りにくっついているコレットが、毛布の中でなんか言ったがよく聞こえなかった。
しばらくすると、コレットとヴィオラの寝息が響く。
やれやれ変なことを言ってヴィオラを不安にさせてしまった。
長い付き合いだというのに、俺はこの子らの気持ちをあんまり分かってやれてないんだなと反省した。
人の親になったといっても、俺もまだまだだなと思いつつ、俺も再び眠りについた。
コレットもヴィオラも、体温が温かくてくっついてると心地よく眠れる。
※※※
「ああ、なんだこりゃ……」
朝方、また何かが俺の上に乗っている重さがあった。
それと、なんか目の前に妙なものがある。
「……桃?」
いきなり褐色のツヤツヤのでかい桃みたいな丸い塊が、目の前にドカンとあった。
指で突っついたら、プリンと弾力があって柔らかい。
まだ夢を見てるんだろうか、変な夢にしてもこの肉の塊はリアルすぎる。
なんだろ、この柔らかい物体。見覚えあるような、ないようなと触ってたのだが、ようやく頭がはっきりと覚醒した。
「あー、これロールのお尻かよ。なんでお前、裸なの!?」
「なんか、寝っ転がり回った挙句暑くなって脱ぐみたいんですよ。ご主人様が寝苦しそうにしてるので、下ろそうとしたんですけど、どうしても離れなくて」
俺よりちょっと先に目を覚ましていたらしいコレットが、そう教えてくれる。
なるほど、一旦脱いで寝っ転がって、また寒くなってきたから俺の毛布の中に潜り込んできた来た結果、こうなったってことか。
人の顔にケツをくっつけて寝てるとか、どういう寝方すればそうなるんだよと言いたいところだが。
ロールだと、こうなっても不思議はない。
起き上がって、くっついて離れないロールをなんとか力ずくで剥がす。
ぐっすり眠ってたララちゃんが、いつの間にか起きだしてきてそれを見て言う。
「あー、裸! タケルさん夜伽してた!」
「いや、してないからね……」
誰とするにしても、ロールとだけはないと断言できる。
もうしばらく寝てていいぞと、俺はどかしたロールをもう一度寝かしつけてやってるとベッドの下で、弱々しい声が聴こえる。
「お兄様、助けてください……」
シェリーが、シーツでグルグル巻きにされて身動きが取れなくなっていた。
ロールの寝相に巻き込まれたせいなのか、どうしてこうなった……。
大変なことになってるなと、シェリーに巻き付いているシーツを解いてやる。
シーツを完全に剥ぎ取ったら、シェリーも全裸だった。
「なんでお前も裸なんだよ」
「ロールさんに脱がされましたぁ!」
シェリーも涙目である。本当に、なんでこうなった。
こいつらと今度寝るときは、みんなを強引に巻き込んでいくロールの寝相対策を考えなきゃいけないなと思うのだった。
※※※
今日も順調に進展する街の発展を一通り見まわってから、街役場で作戦会議である。
順調に行けば、そろそろカアラが大陸各地に魔法陣を作って、戻ってくる頃だろうか。
そこで、俺とライル先生の善後策の協議を黙って聞いていたリアが、キリッととした顔で俺に向かって言った。
「タケル、私にアーサマの『白銀の羽根』を貸してくれませんか」
「えっ……羽根をどうするつもりだよ」
あれは結構貴重品な消耗品だし、ここぞというときに使うつもりだから無駄遣いならさせられないぞ?
「カアラさん達が魔国の領地を回るなら、わたくしはその羽根の力と回復ポーションを使って、アビスパニアの旧領を回って奇跡を起こしてきます」
「いや、待て。アビスパニアの旧領と言っても、すでに敵の領地だぞ。危ないだろ」
「だからこそです。アーサマの聖母が起こす奇跡の噂が広がったあたりで、勇者が大魔王打倒に立ち上がったと聞けば、必ずや民衆は立ち上がるでしょう!」
「リア……」
いや、リアにキリッとした顔をされても、めっちゃ不安なんだけど。
羽根の力を使えば一時的に神聖魔法は使えるが、その力にも限度がある。
魔素の強いこの地では、リアの聖女としての力はかなり制限されてしまうことになるだろう。
「リアさんは、もしかしてアーサマの飛行魔法で行くつもりですか?」
「そうですが何か?」
アーサマの『白銀の羽根』の力で飛んで行って、途中で力が尽きたらどうするんだ。
「魔軍の占領地でアーサマの聖母が奇跡を起こし、民衆反乱の機運を高める。信心深いアビスパニアの民に対しては、効果的な扇動だと思います。しかし、『白銀の羽根』の力は限定されているので無駄遣いはいけませんよ。どうですタケル殿、竜の翼で飛行できるアレさんに来てもらって、リアさんに同行してもらうというのは?」
「あー、でもアレは……」
妊娠してるから、無理にでもと言って休ませてるんだよな。
いくら
「タケル殿、懐妊してるのが理由なら、カアラさんだって一緒ですよ」
「あーそうだ! 転移魔法とか使いまくって、カアラも胎児に悪影響ないんでしょうか」
そう聞くと、むしろ魔術師は妊娠中に魔法を使わないほうが。
自家中毒のようになってしまって良くないと、ライル先生が教えてくれた。
実際の経験者であるライル先生がいうと説得力があるけども。
やはり、心配だな。
「タケル殿が身重の妻を心配する気持ちも分かるんですが、アレさんは暇を持て余して、後宮の壁を派手に壊されたりしてるんですよね。少し運動させても大丈夫といいますか……シレジエの後宮のほうが持たない感じなんですが」
「うーんでもなあ」
「では、こうしましょう。アレさんの故郷のランゴ・ランド島の
「なるほど、里の人間がついててくれるなら、アレもそっちのほうが安心そう」
ライル先生は「話は、まとまりましたね」と笑う。
ランゴ・ランド島に見返りというのがちょっと怖くもあるが、これはもう総力戦なので使える手は全部打っていくべきだろう。
話はまとまったと思ったのに、なぜかリアは、ぶすっと頬を膨らませている。
「なんだ、リア。不服そうだな」
「だってここ、愛する勇者のため危険を顧みず、気高き聖母が白銀の翼で飛んで行くシーンじゃないですか。
「お前、自分が伝説に残ったときのことまで計算してるの?」
どこまで図々しいんだよ。
「こっちの大陸で今後のアーサマ教会のアピールを考えると、それぐらいのビジュアル戦略が必要なんです。この構図だと、わたくしが
「あー分かった。そっちは、俺が良い伝説が残るようにしてやるから」
あれだろ、後で「慈愛の聖母の物語」とか冊子を作って配ればいいんだろ。
それが伝説に残るか知らんけどな。
「えー、でもなんか是非もない感じですよ」
「安全なんだから、いいじゃないか。神聖魔法を使って慈愛の聖女として目立つのはリアだし、見せ場は十分にあるって。あと、俺もお前が別行動だと本気で心配なんだよ。分かるだろう?」
そう言って、抱いてやったらすぐ機嫌を直した。
「うーん、タケルがそんなにわたくしが大事で、泣いて頼むなら是非もないですね」
よし、納得したか。
一筋縄ではいかなかったリアも、だいぶチョロくなったなという感じがする。
それにしても、今手元にある軍を使わずに、アビスパニア旧領で反乱を誘発するという戦術は思いつかなかった。
リアもリアなりに、俺のために考えてくれたのだな。
愛おしい妻を抱きしめて、俺も頑張ろうと思った。
それにしても、なんだかだんだんとこっちの大陸に比重が移ってしまっている。
妻達がアビス大陸を飛び回る間、手薄になった実家のほうは大丈夫かなとも思ってしまうが、そこはシルエット達に頼むしかないか。
赤ん坊の世話もそうだよな。毎回、留守を任すシルエットに面倒をかけるのだが。
そっちもそのうち埋め合わせをしておかないといけない。
こっちの活動が落ち着いたら、シレジエ後宮の様子も一度見に戻るか。
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