第222話「先生の策謀」

 たくさんの帆船が、風をうけるために大きく帆を張り、アバーナの港街を盛んに出入りしている。

 活発な魚市場と化した港では、地引き網で上がった新鮮な魚介類が山盛りになっている。


「ドレイク、漁師の真似事も板に付いてきたようだな」

「おらぁが世界の果てで漁師とは焼きが回ったもんだが、食うもの食わねえとやっていけねえのも確かだししゃーねえな」


 荷揚げされている網をみて驚いた。

 十五センチほどの大きさのカニがたくさん引っかかっている。


 黄褐色の甲羅をしていて、足が青みがかっている。ワタリガニの一種だろうか。

 とにかくカニなんだから、煮て食ったら美味いに違いない。


「おっ、カニもいるのか! 俺好物なんだよ」

「そんなのも、この近海じゃよくあがるな。王将、ここはすごく良い漁場だぜ。網を入れたら、入れただけ入れ食いだ。食い物の心配とか、いらなかったんじゃねえか」


 よく考えてみれば、あの大海竜が食べ物に困っていない海なのだ。

 アビス大陸の温かい海は、多くの魚介類を育んでいる。


「ドレイク。この調子で頼むよ」

「おう、小船も徐々に増えてきたからなあ。船乗りとしての腕が鈍らねえように、おれらぁ達はもっと沖の方に出てみるぜ」


 港の小さな造船所は拡充されて、徐々に漁にでる船の数も増えている。

 アビスパニアで一般的に使われているのは、コッグ船と呼ばれるものだった。


 こっちではもう一昔前の型である。単純な平底の船なので、強度はともかくとして作りやすい。

 近海に漁に出るぐらいならこれで十分だろう。


 材料の木材は、難破した船の残骸が沖にいくらでも浮かんでいる。足りなくなれば、近隣の森を伐採すればいい。

 唯一の懸念は帆や荒縄の不足だが、それもヴィオラが育ててくれている繊維が取れる洋麻ケナフや綿花が取れるようになれば解決するだろう。


 大漁が続くので食料は余るようになり、港には保存用にと干してある魚も並んでいる。

 歩いていると、アバーナの港街にも活気がでてきて、ようやく上手く回り始めて来たという安心感があった。


 魔軍の兵士達も、おばちゃんにドン臭いと怒られながらも、すっかり農作業が板に付いてきたようだ。

 広がっている農地や、急ピッチで建造が進む宿舎街などを一通り視察してから。


 街の広場にある街役場へと足を運んだ。


「ダモンズご苦労様」

「おお、軍師殿なら中でお待ちですよ」


「お兄様、またご報告があるので、後で私のところにも寄ってくださいよ」

「ああ、分かったシェリー」


 役場前の天幕では、ダモンズ達幹部連中が、人夫の作業割当などの相談をしているようだった。

 大柄な将軍の間にチョコンと挟まって、全体の指示を出しているのが、ちっさいシェリーなので面白みを感じさせる。


 街役場だった部屋に入ると、椅子に腰掛けてライル先生が待っていた。

 机の上にはいろいろと書き込みが入れられた、アビス大陸の地図が広げられている。


 これから一年で、敵の首都を落としてみせると宣言したライル先生は、街の行政をシェリー達に任せて、街役場の奥にこもって集めた情報を分析しつつ、数日間の熟考に入っていた。

 今日は、その答えを俺に聞かせてくれるらしい。


「タケル殿、お忙しいところよくおいでくださいました」

「いや、俺はたいしたことはしてないですからね」


 各地で率先して働いているのは、有能な部下や奴隷少女達で、俺はそこを回って様子を見るのが仕事になっている。


「アビス大陸の現状について、魔国について情報を集めた結果、敵にいくつかの弱点があると思いました」

「それで、一年で首都を落とす電撃作戦を考えたんですか?」


「そうですね、まず目標を設定しないと動き出せないですからね」


 ライル先生は、楽しそうだった。

 やはり、この人の根本は軍師である。内政仕事もできるが、こういう企みが一番好きなのだろう。


「先生そういえば、カアラの姿が見えませんね」

「カアラさんには、先行してアビス大陸に行ってもらうことになりました」


「えっ、なんでそんなことを?」

「大陸の各地に、転移魔法の魔法陣を設置して足がかりを作ってもらいます。次は、オラクルさんも一緒に行ってもらいましょう。あの二人は高位魔族ですから、同じ魔族に対して通りがいい。ダモンズ殿も、『海皇コーラング』という有名な魔族長の血を引く貴種魔族だそうですか、協力してもらえると助かりますね。その際は、私自身も行くつもりですが」


 先生が、カアラを行かせると言ってピンときた。

 カアラは、かつてユーラ大陸の国々の有力者に次々と取り入り、人族の国同士を争い合わせ続けたことがある。


「もしかして、分断工作ですか?」


 そう聞くと、ライル先生は、にこやかに頷く。


「敵の弱点その一です。魔国と千年に渡って抗争を繰り広げた神聖アビスパニア女王国は、魔族を認めないという信仰上の理由から外交戦術を一切行いませんでした。そのため、魔国には外交戦に対する免疫がまったくありません」


「付け入る隙があるかもしれない、ということですか?」

「カアラやタケル殿に説得されて、こちらに帰属したダモンズ殿を見て、そう思いましたね。人族も魔族も変わりません。裏切るに足る理由と大義名分があれば、裏切るということです」


「ダモンズ達は、確かに寝返ってくれましたが、そう上手くいきますかね」

「敵の弱点その二は、無理な拡張主義を取ったことです。大魔王イフリールが、アビスパニアの領土を奪ったのが一年前、魔獣の力を使って強引に魔国を統一したのは、三年前です。いかに強大な魔獣の力を使ったとはいえ、これでは膨れ上がった風船のようなものですよ」


「突けば、割れると?」


 アビス大陸の地図を眺めるライル先生は、手で地図をなぞりながら、歌を歌うように口ずさむ。


「……モロク、ニスロク、タンムズ、ダゴン、リンモン、バアル。大魔王は、アビス大陸の六州に総督を送り込んで統治しているようですが、旧モロク国や、旧タンムズ国の軍を地方軍としてそのまま残してしまっているんですよ。フフフッ、これはいけません」

「なるほど、もし地方軍をそのまま寝返らせることができたら大きいですね」


「半分だけでもいい。地方軍を動けなくさせるだけでいいんです。実質魔王の直属として動いているのは、旧ニスロク国の中央軍三万だけですから、それだけが相手ならなんとでもなります」


 タンムズ地方軍の海将であったダモンズがこちらの味方に付いたため、敵の軍の配置はだいたい割れている。

 敵の内情が筒抜けであるのも、こちらに有利な点といえる。


 各地の総督が強大な魔獣を利用して統治しているだけで、魔国の中央軍の数は全く足りていない。

 統治のために中央軍が各地に散っているため、首都を守る兵はさほど多くはない。


「なるほど、元から統治のやり方に無理があったってことですね」

「そう私は判断しました。もちろん限られた情報のなかでですが、我々が敵を知っているのに、敵がまだ全くこちらを知らないのは圧倒的に有利な点といえるでしょう」


 しかし、その準備期間が半年というのは心もとない。


「先生、敵がこちらを知らないのが有利なら、もっと時間をかけて準備することは出来ないんですか?」

「タケル殿、私は魔国を過小評価して、一年以内に倒すと言っているわけではないんですよ。むしろ、強敵であると確信しているからこそ、討伐を急がなければならないんです」


「急がなければならない理由とは?」

「大魔王イフリールの使う魔獣は、このアビス大陸の戦乱が続くに連れて、強大化しているそうです。これが、たった三年で大陸全土を制覇できた理由ともいえます。魔獣の進化が、そのまま強大化するとなると、こちらがのんびり体制を整えていては、手に負えなくなる恐れがある」


 ダモンズ達の話によると、大魔王イフリールが操る魔獣は、最初のうちは毒蜥蜴バジリスクや、一目巨人キュプロプス皮翼猿レムール程度のものだったらしい。


 それが、魔国を統一してアビスパニアの領地を攻めるころに徐々に強大化していき、ドラゴンやグリフォンを使役し始めて、アビス大陸を制覇した頃には、伝説級レジェンドクラスである大海竜を使うようにもなったそうだ。


 その魔獣の強化の度合いを、ライル先生は数値化する。

 そして、時系列に並べて紙の上にスッと一筋の曲線として描いて見せた。


 その線は、現在を超えて未来へと進む。

 このレベルアップが、もしここで頭打ちとならずに、さらに進めば一年後にどうなるか。


 ライル先生の描く曲線は、一年後に紙の天辺まで到達した。

 この恐ろしい予測通りになるとは限らないが、先生の懸念は理解できた。これは、放置しておくわけにはいかない。


「……だから叩くなら、一年以内ってことですか」


 先生は静かに頷いた。


「あとは、ダモンズが偽の報告を送り続けて誤魔化せる限界もありますね。二万の大軍で、このちっぽけな島の占領に半年以上かけているとなれば、大魔王イフリールとて疑うでしょう」

「そうなるとマズいですね」


「あるいは、敵を誘い込んで迎え撃つ手もありますが……どうせなら、大陸の戦争を早く終わらせるほうが良いでしょう?」


 戦争を早く終わらせる。


「もちろん、俺だってそう思いますよ!」

「タケル殿ならそう言うと思いました。巧遅よりも拙速を選ぶのは、戦略の基本です。あと、ダモンズ殿の話を聞いていてちょっと気になった点が……」


 そこで、表で待ちきれなかったのか、シェリーが入ってきてしまった。


「お兄様、お話はもう終わりましたか?」

「終わってないんだけど」


「タケル殿、まだ先の話ですから、今日の会議はこれぐらいにしておきましょう」

「ほら、お兄様。ライル閣下もそう言われてますから」


「分かったよ、そう慌てるな」

「お兄様、近日中に宿舎の完成を終わらせますからね。そうしたら、今度は街道整備に入ります」


 手を引っ張られて、またシェリーから恒例の今日はこんなことを頑張りました攻撃を受ける。

 そうこうしているうちに、ヴィオラ達もやってきた。


「ご主人様、みんな農作業頑張ってくれましたよ。お芋さんもいっぱい育つと思います」

「ふわー、大変だったよ」


 ララちゃんも農作業を手伝っていたらしい。

 ヴィオラは、ジャガイモづくりの他に、兵士が宿舎に移ることで空いた洞窟のスペースで、食用キノコを育てる作業も始めたそうだ。


 俺の奴隷少女達は優秀な子ばかりで、みんないろいろと考える。

 そして、一番泥だらけになって働いているのがロールだ。


「ごしゅじんさま、硝石できる古い土を見つけたから、火薬もできるよ」

「おおーそれはいい。いずれ船で運んではくるが、現地生産できていたほうがいいからな、ちゃんとご褒美のおやつは用意してあるぞ」


 俺に抱きついてきたロールを抱っこしてやって、オレンジの砂糖菓子を食わせる。

 そのほうが喜んで食べるので、野生動物に餌付けしてるような気分になる。


「お兄様、ご褒美もいいんですが、みんなでお風呂に入りませんか?」

「ひゃー!」


 そういえば、みんな随分と泥だらけになっているなあ。

 風呂と聞いて、逃げ出そうとしたロールをそのまま抱きしめて、逃げ出さないようにする。


「ごしゅじんさま、おふろなら、コレットよんでくる!」

「ハハハッ、ロールは優しいなあ。ヴィオラ。厨房にいるだろうから、コレットも呼んでやってくれ」


 風呂に入れるのだ。

 ロールを逃がすわけないだろう。


「ロールを風呂に入れるのはいいアイデアだが。お風呂はカアラが変に凝った構造にしちゃったから、カアラの魔法がないと沸かせないんだけどな」


 ライル先生に頼めば、中級魔法でもなんとかなるかな。


「お兄様、それでしたら心配ありません」


 シェリーに考えがあるらしく、えっへんと、ほとんどない胸を張るのだった。


     ※※※


 ゴーッとお湯の滝が、岩風呂に降り注いでいる。

 上の貯水槽まで、ヴィオラが水魔法で引っ張りあげて、ララちゃんが魔族魔法で温かいお湯に変えたのだ。


 自身が魔力を持たないシェリーは、さっと指示しただけであるが。

 二人の魔法力を把握して、効率良く組み合わせて目標を達成するのも才能であろう。


「いい加減に観念しろよロール、泥だらけなんだから洗わなきゃダメなの!」

「あたしはきたなくないよー、ブクブクいやぁ!」


 ロールは、風呂を嫌がる猫みたいなものだ。

 なんとかみんなで服をひん剥いて、抱え込んで風呂に入れる。


 やれやれ捕まえたと、思ってコレットや、シェリーや、ヴィオラ達を見るとびっくりした。

 まずいこいつらしばらく見ない間に……みんな大人になってる!


「おい、コレット、シェリー、ヴィオラ。お前らは、身体にタオル巻いてこい!」

「えーなんでですか、お兄様?」


 シェリーがからんでくる。

 こいつ胸がないと思ってたら、もう普通にあるじゃないか。


「なんでもだよ!」

「ほら、シェリーさん。ご主人様がそう言ってるんだから、行きましょう」


 シャロンのいない時は、お母さん役を務めてくれているコレットが説得してくれる。

 そのブラウンの髪にブランの瞳のコレットも、すっかり歳頃の娘さんになってしまっているのだ。


 第二次性徴期ってやつか、胸まではいいとしてもくびれができてるのがまずい。

 あんまり見ちゃまずいとおもうので、細かく描写できないけど。


 とにかくいろいろと、大人になっちゃってる。

 みんな、まだ子供だと思ってたのに……。


 女の子は成長が早いというが、シャロンのときみたいな心配を、他の子にもしなきゃいけなくなるなんて。

 こんな日がくるとは思わなかったなあ。


 俺は父親ではないんだけど。

 こいつらの成長を見守ってきた立場としては、奴隷少女達の成長が嬉しいような悲しいような複雑な気持ちだ。


「おかしいですよ、コレットさん。ロールさんとララちゃんだけは言われてないじゃないですか」

「シェリーさん。肌を隠せと言うのはね、ご主人様は私達をレディーとして扱ってくれるということなんですよ」


 コレット説得、頑張ってくれ。


「お兄様、私は妹枠だから裸のままでもいいんですよね」

「だからダメだって!」


 俺の基準だと、もうダメなラインに入っちゃってるの。

 この隙にも、逃げ出そうとするロールを抱きかかえながら、俺は背を向ける。


「ほら、シェリーさん。ご主人様が恥ずかしがってるから」

「うー、じゃあお兄様、貸し一ですよ。今日は、一緒に寝てくださいね!」


 一緒に寝てくださいねって、俺は夫として夜のお勤めもあるんだが。

 まあいいか、一日ぐらい休んでも。


「わかったから、早くタオル巻いて、ロールを洗うの手伝ってくれ」

「はーい」


 たまには昔のように、奴隷少女達と枕を並べて、一緒に寝てやるのもいいだろう。

 えっと、いちにーさんよんごーと、みんな小柄な女の子だし、これぐらいなら下にも布団引けば大丈夫だ。


 こうして、俺達は手を石鹸で泡だらけにしてロールのやつをみんなでワッシャワッシャと洗ってやることにした。


「ロールさんじっとしてて!」

「ひゃー!」


 犬っころを洗ってるみたいなもんだ。

 泡で綺麗になったロールの身体を洗い流しながら、なんでこいつだけあんまり成長しないのかなと不思議に思うのだった。


「おわったーもういやだよ!」

「ロールさん、滝が面白いよ遊ぼう」


 洗ってやったらロールはもう平気な顔で、ララちゃんと打たせ湯の下で「キャーキャー」騒ぎながら遊んでいる。

 湯船にじっと浸かるのは苦手らしいが、打たせ湯ならいいらしい。


「ふうむ」


 ドワーフ娘というのは、この世界では成長が遅い種族なのだろうか。

 今度ライル先生にでも聞いてみるか。


「お兄様、身体は見せちゃダメでも、私達の髪ぐらいは洗ってくださるんでしょう?」

「もちろんだよ」


 大きく成長したせいで、いろいろと差し障りが出てきてしまうけども。

 お前達が、俺の可愛い娘であることには変わりない。


 コレット、シェリー、ヴィオラが並んでるので。

 久しぶりに一人ずつ髪を洗ってやることにした。


 コレットも言ってたが、もうみんなすっかりとレディーだからね

 いつも俺のために働いてくれる慰労と感謝の気持ちを込めて丁寧に髪を洗ってやる。


 ブラウンに、シルバーに、透き通るようなブルー。

 みんな綺麗な髪色をしているので、大事な宝石に磨きをかけているような気分になる。


 少し手間はかかるが、俺はこの作業が嫌いではないのだった。

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