第217話「魔軍を配下に」

「おい、一体どうなってんだ。アビスパニアの騎士バーランド! この見知らぬ国の王将は一体何を言っているんだ。言葉は通じているのに、何を言ってるか理解できない。神聖アビスパニア女王国は極端な人族主義の国で、魔族の恭順は認めぬのであろうが?」


 俺と話しても話がまったく噛み合わないのに業を煮やしたのか、ついにダモンズはさっきまで宿敵だったバーランドに尋ね始めた。

 それぐらい、俺の話はアビス大陸の千年の歴史から考えるとかけ離れているようなのだった。


「うむ。いま、そちらの軍にも降伏を呼びかけるついでに話してるところだが、アビスパニアはつい先程、人族優位主義の神聖国ではなくなった。ユーラ大陸から来られたアーサマの勇者、佐渡タケル様の教えに従い、アモレット女王の下で、人族と魔族の融和を目指す新たな国……ということになってしまったのだ。民や兵にどう説明すればいいか、私もまだよく考えがまとまってない」

「何度聞いても信じられん。それでは、我らが魔国とアビスパニアの千年にも及ぶ戦争の大義が、土台から崩れるではないか……」


 ダモンズの顔が、何やら俺の話に意気消沈したバーランドと同じものになり始めている。

 アビス大陸では当たり前になってしまっている、魔族と人族の対立という梯子を外すような俺の話は、是が非かというより考えもしなかったことのようだ。


 俺が魔族と人族の融和を説いてやっても、他の捕まった指揮官階級の魔族も、似たような反応だった。

 そこに、大仕事を終えたカアラがやってきた。


「国父様の崇高なるお志を、こやつら魔族の将に分かりやすく説明して差し上げましょうか」

「そうだな。魔族の説得の仕方とか、俺は分からんから頼もうか」


 カアラはこれでなかなかの知恵者であるので、良い説得方法を思いついてくれたのかもしれない。

 強大な最上級魔術師であるカアラは、自身の魔法力を全開にしてその場に浮き上がる。

 まだ何の魔法もかけていないのに、黒ローブをなびかせて飛ぶカアラに釣られて、周りの砂粒までもが浮くほどの強大な魔法力の発散。

 昼間だというのに天空が漆黒に染まり、星空が覗いている。


 先程メテオストライクを食らった魔軍の兵士達は、これだけで「うわぁぁあ!」と頭を抱えて地面に伏せた。

 辺りに緊迫した空気が漂う。誰の眼にも、大船団を沈めた大魔法を放ったのが、この漆黒の魔術師であったことが理解できた。


「耳があれば聞け、六大魔国の将兵よ! 我が名はカアラ。我々はユーラ大陸より参ったシレジエ王国の軍勢である。我が主、シレジエ王国王将、創聖女神の勇者でもあられる佐渡タケル様は、決して人族のみにくみするものではない。アーサマの勇者であると同時に、魔族と人族の調和を願った混沌母神様より遣わされた、中立の勇者であられるのだ!」


 シーンと辺りが静まり返った。

 アーサマの勇者であるのに、魔族が母神と崇める混沌母神から遣わされたとは、どういうことかと誰もが思うであろう。


 これは、アビスパニアの将兵ですら思うことだ。

 その疑問を、しばらく黙り込んでいた魔族の将、ダモンズが口にする。


「シレジエの大魔術師、貴様らが強力な力を持つことは分かった。だが、人族の勇者が混沌母神の御名を語るとはいかなることか!」

「我らが国父タケル様、どうぞ混沌母神より遣わされたその御力をお見せください」


 俺は、「こうか?」と、言われるがままに銀色に輝く剣を天に突き出してみせる。

 魔王の力を悪用したフリードを倒すために貰って、借りっぱなしになっている『中立の剣』の力である。


「皆の者、眼があれば刮目せよ。これが、混沌母神の御使である『古き者』様より授けられた『中立の剣』である。力のある魔族なら感じ取れるはずだ。人族の王者であるタケル様にこの御力が与えられたことこそ、魔族と人族の調和と協調が、混沌母神のご意志であることを示す証である!」


 そもそも、混沌母神にも、その眷属である『古き者』の触手お姉さんにも、意志なんてものはないのだが。

 こう見せると、そういう風にも見えるだろう。ちょっと利用させて貰って申し訳ないけれど。


「だが、我らが宗主である大魔王イフリール様も『闇の剣』を授かっておられるぞ。それは創聖女神を奉ずる人族を滅ぼせという証ではないのか。それだけではない、大魔王様は赤竜の身体を与えられて、その鱗は大魔獣をも従えるのだ!」


 大魔王はもっと凄いんだぞと言い立てるダモンズ。

 それに対して、カアラは余裕の笑みを浮かべる。


「それならば、タケル様が『古き者』の祝福を直に受けられ、神獣ベヒモスを与えられるところを私はこの目で見ている。お前らも見たであろう! 大海竜ごときがなんだというのだ。偉大なるタケル様の御力で、いともたやすく消し飛ばされる雑魚ではないか!」


 祝福って、触手お姉さんにさんざん舐め回されたことか。

 神獣ベヒモスも、けしかけられたに等しいんだが、物は言いようである。


「なんと……」


 実際、俺達が大海竜を倒しているのを見ているので、ダモンズ達は反論できないでいる。

 そこにカアラは畳み掛ける。


「私だけではない、アビス大陸より大海を越えてはるか東の果てにあるユーラ大陸とアフリ大陸の二大魔族は、すでにタケル様に忠誠を誓っている!」


 嘘と大げさと紛らわしい話を混ぜ込んだ、明らかな誇張ではあるのだが。

 カアラは、このタイミングで爬虫類人レプティリアンの魔族傭兵を、船より出現させる。


 それどころか、俺の探索に使ったのか中空には火竜まで飛ばしている徹底ぶり。

 これだけみれば、俺がもはや二大陸に渡って魔族の王者となっているようにも見えよう。完璧な演出である。


「海の向こうの魔族が、人族の大将に忠誠を誓っただと?」

「人なればこそだ。混沌母神の寵愛を受けられ、また創聖女神の寵愛も受けられたタケル様は、この世界でただ一人、聖と魔の両方を総べられる尊き御方なのだ!」


 カアラは、大きく手を広げ声を枯らして叫ぶ。


「そして! タケル様はエンシェントサキュバスである不死王オラクル様を后とされて、オラケル様というお子がおられる。私など足元にも及ばぬ偉大なる古の魔族の血統を引き継ぐ御子オラケル様は、いずれ世界の魔族全ての王となる。そのときこそ、タケル様は偉大なる魔王国の国父ともなられるであろう!」


「人族の勇者が、古の魔族を后とされているのか!」

「不死王とお子を設けられている、国父様だと?」


 あまりに想像を絶する話に耐え切れなくなったのか、ダモンズだけではなく魔族の騎士達が口々に質問する。

 それに対し、カアラは「然り! 然り!」と答えてやる。


「驚くことはない。お前達自身の身体がどう創られているかを思い起こせ! 魔族と人族が交配して子を成せるように創られている事実こそが、アーサマの眷属である人族や創聖女神そのものをも、混沌へと飲み込めとの我らが母神の意志ではないか! 強大なる魔族である私もまた、シレジエ王国の王将タケル様の妻であり、この腹にはすでに子もいるのだ!」

「えっ、カアラ?」


 俺、それは聞いてないよ。

 なぜか俺の疑問にだけは答えてくれず、カアラは最後に降服した魔族どもに選択を迫った。


「さあここまで聞いて、お前達もどうするか自由に決めるが良い。お優しき国父様は、大魔王イフリールのように、決して力ずくで無理強いするものではない。お前達には、選択する機会が与えられる。魔族と人族の調和か、それとも争い続けた果ての愚かなる破滅か! 混沌母神のご意志がどちらにあるかは、今後の戦いではっきりするであろう」


 浮き上がっていたカアラの大演説がようやく終わると、辺りはまた明るくなった。

 天空が割れてかいま見えていた暗い夜空が消えて、日中の日差しが戻ったのだ。


 カアラの衝撃的な話を聞いて、魔軍の将兵達は呆然と座り込んでしまっている。

 俺の話を聞いたバーランドと一緒である。というか、アビスパニアの兵士達も初耳の話が多かったのか、魔軍の兵士と仲良く座り込んで呆然としてる。


 そんな中、自ら解放を願って縄目を解かれたダモンズが、立ち上がって俺に話しかけてきた。


「シレジエ王国の王将、佐渡タケル殿……。いや、混沌母神の加護を受けられ、魔王の父となられる御方ならばやはり、国父様とお呼びしたほうがいいのか」

「もう好きに呼んでくれよ。それで、なんだダモンズ」


「私を召し抱えるといった理由はよく分かった。タケル殿は、強大な魔族をも従える王将だったのだな。私が勝てないはずだ」

「ゆっくり考えて決めてくれればいいからな。俺の配下にならなくても、ちゃんと魔国には返してやる」


「そう言う話ではないんだ。私も実は人族の妻との間に、子供がいるんだ……」

「えっ、そうなのか。魔国は人族を奴隷にしてるばかりではないんだな?」


 なんか衝撃の告白であり、俺も驚かされる。

 じゃあなんで人族の国と戦争していたのかと思うが、それはアビスパニアが魔族を認めなかったからなのだろう。


「魔軍にも人族はたくさんいる。奴隷の人足ばかりではなく、兵士になっているのだ。一度奴隷になっていても、解放される人族奴隷はたくさんいるし、魔国の自由市民と認められるケースも多い。私の妻もそのような人族の女の一人でな。妻との子は、我がコーラング家の一粒種なのだ」

「それは、なんというか。大変だな」


 意外に神聖アビスパニア女王国より、魔国のほうがまともだったのかもしれない。

 それは魔族と人族が混在する国家になれば、平等ということはありえないにしても、どこかで妥協点を見出そうとするであろう。


「俺が直接聞いたわけではないが、大魔王イフリール様が終末戦争を起こしたのは、アビス大陸の制覇というより、創聖女神を滅ぼすのが目的であるとも聞く。俺は混沌母神を奉じる魔族の将だ。だから、それはいいのだが……」

「ふむ」


 それはいいのかと突っ込みそうになったが、魔族としたらよその女神様とか関係ないよな。

 アーサマが人族を創聖した副産物的に、今の魔族は混沌母神から生まれているのだが、それを言ってもしょうがないだろうし。


「……創聖前の姿に世界を戻すということは、人族の血が混じっているうちの子はどうなるんだってずっと悩んでいたのだ。アビス大陸は魔族の土地だが、大陸に創聖女神を奉じる人族が来てもう千年だ。長らく人族と魔族が混在している情況で、混血化が進んでいる。我が子のようなケースは多い」

「ああ、ダモンズ皆まで言うな。俺も人の親だ。俺が目指すのは、人族のためでも魔族のためでもない。我が子らが自由に生きられる世界を創ることだ。俺に付くんなら、お前達の家族も守ってやるぞ」


 さっきから、ダモンズが俺の側にいるララちゃんをジッと見ていたのは、そういうことだったのか。

 目端の利くダモンズは、ララちゃんがハーフだと知って、自分の子供のことを思ったんだな。


「王将閣下の庇護下には純粋な魔族も、ハーフの子もいるのは確かのようだ。家族を助けてくれるのであれば、私が兵をまとめてお仕え致そう……」

「頼む」


 俺が手を差し出すと、ダモンズは少し躊躇してから手を握り返した。

 お互いにハーフの子を持つ父だと知ったので、俺は強い親近感を感じた。


「つい三年前まで、魔国も三つの国に分かれていてみんなバラバラの考えを持っていた。アビスパニアを倒すために連合しただけだけで、大魔王イフリールの犠牲を厭わない激烈で強引なやり方には、ついていけない派閥もいれば、被害を受けて遺恨を持っている魔族だっている」

「そういう魔族が、味方してくれれば助かる」


 アビス大陸には、俺の子のように魔族と人族の混血児がたくさんいる。

 ならばその子らを救うためだけでも、俺が戦う意義はあると感じた。


 アビス大陸には、魔族の国にも、人族の国にも馴染めない人達がいるのだ。

 解放された魔軍は、奴隷や市民として軍に参加していた人族はもとより、ダモンズの説得もあって魔族の過半数以上もシレジエ王国軍に参加してくれることとなった。


 カアラの演説が効いたらしい。

 どうしても協力を渋る魔族でも、とりあえず船がないので対岸のイースター半島にたどり着くこともできず、しばらくはアンティル島にとどまることとなる。


 その間に説得を続ければいいのだ。

 協力してくれないまでも、一緒にいる間はちゃんとしたところに住まわせて、美味しいものを食わせて、厚遇してやらないといけない。


 そうして、魔軍を修理した船に乗せて魔国に無事戻してやれば、俺達のように魔族と人族の融和を考えている軍がいると。

 良い噂を広めてくれる役割を果たしてくれるであろう。


 アバーナの港から目を凝らせばうっすらと見える対岸のアビス大陸、イースター半島を眺めながら。

 俺は、これからの戦いの展望に思いをはせた。


 気がつくと、大演説を終えたカアラも横に来ている。


「あっ、そうだカアラ。子が出来たって本当なのかよ」

「そうですね。まだ自覚はないんですが、オラクル様によるとこのお腹に新しい命が宿っているそうですよ」


 そう言って、お腹を撫でるカアラ。

 この島は温かいが、嵐の余波のせいで潮風が少し厳しい。俺は着ていた外套マントを脱いで、肩にかけてやる。


「腹を冷やさないようにしろよ。子が出来たのに、戦場で戦わせてしまって申し訳なかった。もう無理はするなよ」

「いえ、アタシは前線には出ませんから危険はないでしょう。むしろ、ここは魔素が強いからユーラ大陸にいるよりも調子が良いぐらいです」


「そうは言うが……。転移魔法を使えるのもカアラだけなんだ。お前が元気で居てくれなくては困るからな」

「はい」


 大規模魔法が使えるカアラは、欠かせない人材ではあるから、懐妊が分かってスタメンから外しているアレのようにはできないけれど。

 今後の戦い、なるべく安全な後方に下げるようにしなければならない。


「何ですか、二人だけで是非もなくいい空気を作って。わたくしもいるんですからね。今日の夜伽はわたくしですからね」


 リアもやってきて、俺に抱きついてきた。


「そうだな、今晩はリアでいいか」

「えっ、何ですか。いつになくタケルが積極的……」


 神聖魔法が使えないアビス大陸で、活躍しようもないリアが一番安牌とも言える。

 いつも自分から積極的に来るくせに、俺から行くと妙に及び腰になるのが、リアの意外に可愛いところでもある。


「自分が夜伽をするって言ったんだから、覚悟しておけよ」

「そう積極的にくるとは、思いませんでした。タケルも大人になりましたね」


 そうだ。俺だってもう大人の男なのだから、溜まるものは、溜まる。

 リアから言い出したんだ。戦争での興奮の火照りだってあるから、沈めてもらうことにしようか。


「まあ、しばらくはここで滞在するんだ。とりあえず戦闘で壊れた港街を片付けて、今日の寝床作りから始めるか」

「タケルわたくし……。する前に、お風呂に入りたいですね」


「では、アタシが沸かしましょうか。ここは、河川があって水量も豊富ですから岩風呂でよければ簡単にできますよ」

「いやいや、風呂の前にまず今日の飯をなんとかしないと。まず兵士達の面倒を見てやるのが先だから、カアラは兵站計画の立案から頼む」


「それでは国父様、ダモンズと話して魔軍の生き残りの数から確認してきますね」

「うん、俺はバーランド騎士長と相談して、どれぐらい島で食料が確保できるか聞いてくる」


 アビスパニア軍と、魔軍の生き残り、死者を弔って怪我をしたものは治療して。

 それから二万人近くの衣食住を、なんとか工面していかないと行けない。これもまた将たるものの大事な責務である。


「そうだ。食い物といえば、ジャガイモの他にも使える作物がないか調べないといけなかった」

「タケルさん、私も夜伽って興味あるんだけど……」


「いや、ララちゃんはまだ子供だから早いからね! 俺言ったよね! それよりお腹空かない?」

「そうだね。ちょっとお腹減った。椰子の実でもまた探してこようか」


 よし、誤魔化すのに成功した。

 アンティル島は暖かくて植生が豊かだから、食べられる物が自然に生えてたりもするが、それではおっつかないほど人が多いから、船の備蓄食料も探してみるか。


「そう言えば国父様を探して島の内地を飛んでいるときに、椰子の実の他にも、こんな果物の群生地を見つけましたよ。食べられそうな感じがしましたが」

「これは、グァバの実だな。船乗りのビタミン源として使える。ジュースにするのがいいが、そのまま齧っても……うん、甘酸っぱい」


 南の島が舞台のサバイバルゲームで見たことがある。

 カアラが持ってきたのは、赤く熟れたグァバの実であった。天然のグァバは、種が多くて食べにくく酸味もあるが、その分だけ香りがよくて清々しい。


 久しぶりにジューシーな果物を食うと、新鮮な甘酸っぱさとビタミンが身体に満ち溢れて疲労が回復する。

 グァバは、日本ではあまり馴染みがない果物だが、実の皮や葉っぱを乾燥させるとハーブティーにもなる。


 使いどころが多い有用な植物といえる。

 グァバ茶と言えば健康飲料なので、ぜひ後で煎じて飲んでみたい。


 なんだかんだで、戦争が終わってからのほうがやることはたくさんあるのだ。

 リアと夜伽はしばらく先かと思いながら、俺達は兵士達の面倒を見る作業にしばし没頭することにした。


 戦争よりは、よっぽど建設的で楽しい仕事になりそうだ。

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