第158話「ルイーズの気持ち」

 とりあえず、会って話さないことには、なんでいきなり実家に帰ったのかも分からないからな。

 出てこないなら、こっちから行くしかない。


「ルイーズ、いいか。入るぞ?」


 俺がそう言うと、ガチャっと扉が開いてルイーズが顔を現した。

 一瞬、誰かと思ってしまったが、いつも後ろに括っている髪を下ろしてストレートにしてるからだろう。


 簡素ながらドレスを着ているルイーズなんて初めてみたかもしれない。

 いつも鎧で武装してるからな、そりゃ雰囲気が変わって見えるのも当然だ。


「タケルは入っていい、父上は入るな」


 ルイーズがそう言うので振り返ると、ジェロームは苦笑いを浮かべていた。

 先ほどの道場に居た凄腕の剣術師範が、隙だらけの情けない親父になっている。年頃の娘を抱える父親というのは、どこもこうなっちゃうものなのかな。


 姫騎士エレオノラのところの、エメハルト公爵を思い出して。

 俺は、別の意味で苦笑いした。


「どうした、タケル。入らないのか」

「あっ、入るよ。入る」


 ルイーズの部屋は、想像したよりもずっと女性的だった。

 刺繍が入った布がかぶせてあるサイドテーブルの上に、様々な動物をかたどった革製のぬいぐるみが並んでいる。もしかして手作りなのだろうか。


 木片と羽を使ったおもちゃの風車と、騎士の形をしたコミカルな人形が並んでいる模型もあった。

 風車は機械仕掛けで動くらしい、なかなか面白い細工。可愛らしい趣味だな。


「違うぞ、タケル。それは、昔のままにされてたから!」

「わかってるよ。ルイーズが子供のときのおもちゃなんだね」


 ルイーズが頬を真っ赤に染めて弁明するから、俺は笑いをこらえて頷いた。彼女にも、おもちゃで遊ぶ可愛らしい頃があったのだ。

 そうして、娘の部屋を子供時分のままにして綺麗に残しておいた父親のジェロームは、まだルイーズにきちんと愛情を持っていることがよくわかる。


 ルイーズが騎士団を追われたときに、勘当されたと聞いたが。

 おそらく、やむを得ない理由があったのだろう。なかなか、良好な親子関係ではないか。


 ルイーズは、ベッドの端っこに腰掛けて、俯いている。

 俺にも横に座れと勧められたので、遠慮なく座る。


「で、話はなんだ」

「置き手紙は見たが、ルイーズはなんで城を出ていったんだ。それを聞きたくて来た」


 ルイーズが、我が君と言わずに、俺を名前で呼ぶようになっていることには気がついている。

 何が原因で、俺の騎士を辞める気になったのか。もちろん、それがルイーズの意志なら止める気はないけど。それならそうと、はっきり聞いておきたい。


「弱い女は、タケルの騎士にふさわしくないと言われたんだ」

「誰にだよ」


竜乙女ドラゴンメイドのアレだ」

「あいつか……」


 アレは、俺の護衛役をやるといって、俺の後にずっと付きまとってきているのだ。

 仲間になるのを認めると言ったからには、なかなか断れないんだが、ルイーズにそんなことを言ってたなんて、ろくなことをしないな。


「もちろん怒って、私は再戦を挑んだんだが……」

「アレと戦ったのか!」


 病み上がりに無茶をする。

 ルイーズらしいとは言えるが、アレには勝てないだろう。


「コテンパンに、のされてしまったよ。また傷つけては勇者が怒るからと、手加減までされてなあっ!」

「はぁ……確かにアレは強いな」


 竜乙女という種族の強さ、ちょっと尋常ではない。

 ライル先生に詳しく聞いたのだが、竜神という『古き者』の血を受け継いでいる子孫なのだ。


 ルイーズとて、万剣ばんけんと讃えられ竜気を身に宿すまでになった英雄だが、半神と言っても過言ではない伝説の種族が相手では分が悪い。

 たとえ竜殺しの大剣ドラゴンキラーで斬りかかっても、アレの鱗一つ傷つけることはできないだろう。

 人間の騎士と半神では、強さのレベルが違う。


「私は、アレに一太刀も当てられなかった。弱い私では、もうタケルの騎士にふさわしくないんだ」

「なんでそうなるんだよ!」


 つい、声を荒らげてしまった。自分勝手なのは、いきなり実家に戻ったルイーズじゃなくて俺かもしれない。

 思えば俺は、ずっとルイーズの好意に甘えてきただけだ。


 相手が、七歳も年上の大人の女性だからってこともあったが、ルイーズが何を思って俺に付いてきてくれていたか、考えたこともなかった。

 こっちから顔を背けるように、ベッドに縮こまって震えている彼女の背中を見てどうしようかと悩んでいると、コンコンとノックの音がした。


「ルイーズ、王将閣下にお茶をお入れしたんだが」


 ルイーズの親父さんの声だ。

 シリアスな空気が崩れて、俺は思わず笑ってしまった。


「ええいもう、父上はっ!」


 ルイーズは叫びながらベッドから起き上がって、お茶を受け取りにいった。

 俺は少しホッとして気が抜けた。


 ジェローム卿は、中の様子が気になるのかお茶を載せたお盆を渡しながら、チラチラとこっちの様子を窺っている。

 どこの親父も一緒なのだなと思っていると、お盆を受け取ったルイーズに「だから、父上は入ってくるなと言ってるだろ!」と、思いっきり閉めだされていた。


「タケル、お茶だ……」

「うん、ありがとう。……ちょっと苦いな」


 ルイーズから受け取ったお茶をもらって飲むと、やたらと濃い。

 俺は濃いのも嫌いじゃないけど、これは渋すぎるぞ。家にメイドがいないように見えたが、ジェローム卿は自分で淹れたのだろうか。


「うちは貴族はおろか、王族の客など招くような家じゃないからな。父上は、茶っぱさえ大量に入れて濃くすれば上等だと考えているのだろう」

「なるほど。なんか、ルイーズの親御さんらしい」


 武骨な家柄ということなのだろう。

 気が利かないなら、メイドを雇えばいいのに自分でやらないと気が済まないのだな。


「タケル。私は、父と似ているだろうか」

「そうだねえ、実の親子なら似てもおかしくないんじゃないかな」


 父親に似ていると言われても、ルイーズは嫌がらない。父親への対応は酷かったが、さほど嫌ってもいないらしい。

 ジェローム卿も、ルイーズの前では情けないが、剣を振るう姿は渋くてカッコ良かったからそう悪くない父親なのだろう。


 父親の話をして、少し落ち着いたのか。

 あまりにも渋いお茶を少しずつ飲みながら、ルイーズは静かに語り出した。


「我がカールソン家は、シレジエ武家の棟梁とうりょうだ。二百四十年の長きに渡り、騎士として歴代の王家に仕えてきた」

「そうらしいね」


「父も、かつてはシレジエ最強の剣士として謳われた英雄だった。その一人娘の私もまた、王家に仕える立派な騎士となるように教育されてきた」


 ルイーズは、俺の顔を見てフッと微笑む。


「それが大失態を起こして、仲間を失い、騎士団を追放された。家からも勘当されて、全てを失ったときに出会ったのがお前だ」

「俺か」


 ルイーズはコクンと頷く。


「タケルは、全てに絶望して諦めてしまった私に、新しい希望を見せてくれた。シレジエの騎士道が腐りきっていたとしても、お前が作る新しい国ならば、剣を奉じる価値があると思えた。お前もまた主君として、私に期待をかけてくれて、高い地位と最強の武具を与えてくれた。思えば、私は調子に乗っていたのかもしれない……」

「いや、そんなことはないぞ。ルイーズは、ちゃんと俺を助けてくれただろう」


 俺がそう言うと、ルイーズは悲しそうに頭を振る。


「だって負けてしまったから。あの戦闘で、タケルや私が死ななかったのは、たまたまアレが本気ではなかったからだ。私は弱かった、タケルを守りきれなかった。アレの言うことが正しい。弱い私に何の価値がある。少なくとも、タケルの騎士にはふさわしくなかった」

「ルイーズ、俺はな」


 隣りに座っていた俺が身を乗り出して反論しようとすると。

 ルイーズは拒絶するように、俺の胸に手を当てて押し戻した。


「私は、新しい時代に付いて行けない古い騎士だ。義勇軍の新しい兵器にも、戦術にも対応できない。軽騎兵隊は、マリナの方が上手く指揮できるし、私はもう用済みだ。団長も辞任しようと思う」

「……辞めてどうするんだよ」


 ルイーズが苦い顔をしているのは、渋いお茶のせいばかりではあるまい。

 辞めるなんて彼女の本意ではないと信じたい。


「また冒険者として、武者修行の旅にでも出ようかな。あるいは、父の言うように婿でも取って、家を継ぐのでもいいかもしれない。もうどっちでもいい」


 負けて逃げるなんて、ルイーズらしくないと思う。

 俺がルイーズに期待をかけすぎたことが重荷になってしまったしまったのかもしれないとは思うが、だからこそこのまま放ってはおけない。


「それがもしルイーズのやりたいことであれば、俺は止めないけど。そうじゃないだろう」


 俺だって、大人になっている。前なら、ルイーズに何も言えなかっただろうが、今なら思ってることを語ることもできる。

 俺はルイーズの手を取って、覗き込むように顔を見つめる。無理やりにでも顔をあわせる。いつになく、弱々しいルイーズの手をしっかりと握りしめる。


 ルイーズの茜色の瞳を見つめる。いつもは眩いほどの意志の煌きが、少し濁っている。俺が気が付かなかったのが悪いのだ。彼女はずっと悩んでいたのに、アレにこっ酷くやられたせいで、心まで弱ってしまっていた。

 このままにはしておけない。


「タケル、私は……」

「誰が俺にふさわしいかなんて、俺が決める。弱いからなんだ、負けたからなんなんだよ。ルイーズが辞めたいなら、辞めればいい。だが、俺は絶対にルイーズを手放さないからな」


 沈黙。

 気恥ずかしすぎて死にそうだが、手を握りしめたままで絶対に眼をそらさない。先に顔を背けたのは、ルイーズだった。よし、勝った!


「ハァ……言うようになったな、タケル」

「ルイーズに鍛えられたからだよ。お前には俺が必要だ……あっ、ゴメン間違った。俺にはお前が必要だから!」


 俺が肝心なところで言い間違えたので、ルイーズはキョトンと眼を見開いて、やがて笑い出した。

 恥ずかしかったが、ルイーズがそれで和らいだならそれでいい。


「アハハッ、確かに間違ってない。私にはタケルが必要だな。そうとは思ってるよ」

「だったら側にいてくれ。地位が負担になってるなら編成は考えるし、騎士にふさわしいかなんて、どうでもいいから……」


 俺は、もう気恥ずかしさに耐えられない。ここが限界だ。

 でも言いたいことは言えた。


「側にいてくれと、タケルから言われると気分が良いな。そんなことを言ってくれたのは初めてじゃないか」

「そうだっけ、何度も助けてくれとは、言ってると思うけどなあ」


 ルイーズは、「そういうことじゃないさ」と小さくつぶやくと。

 まだ可笑しかったのか、フフッと笑った。


「そこまで求められては、しかたがない。じゃあ、ワガママを言わせてもらえれば、団長はそろそろ辞任させてもらうぞ。タケルの義勇軍も、もはや義勇兵団なんて呼べるほど小さな規模ではなくなってきている。新兵器のことが何もわからないお飾りの団長なんかトップに居ても、下が煙たがるだけだ」

「うん、まあそうか」


 ルイーズがトップに立って見てくれているのは、俺としては安心できるのだが。

 確かに義勇兵団も、シレジエ王領と、南部の地方貴族と、ゲルマニア帝国領の三軍に分かれて戦っている状況だ。


 そろそろ組織の編成を考え直すべき時期にはきている。

 ルイーズの辞任も、致し方ない。


「その上で、私はタケルとどこまでも一緒に行こう。側にいてくれと言ったからには、責任取ってもらうぞ」

「ああ、もちろん……」


 そうかと思った。

 ルイーズはもともと、俺の騎士がやりたかったんだものな。


 それを、義勇兵団長という難しい地位で酷使して、便利に使い回してしまったのは俺の失策だったかもしれない。

 ルイーズだって、組織を統べろと言われればやれる。一軍の将だってやれる力はある。だがそれは、彼女のやりたいこととはズレていたのかもしれない。


 そんなことを考えていると、俺はそのまま、握っていた手を引かれてベッドに押し倒された。

 不意打ちだったので、びっくりした。そのままベッドで、首に手を回される。


「しばらく、こうしていてもいいか」

「いいけど……抱きしめられたら、手を出してしまうぞ」


 そう言うと、ルイーズは途端に顔を強ばらせた。

 軽い冗談のつもりだったんだけど、なんかシリアスな感じになってしまったと少し焦っていたら、ルイーズは、フルフルと肩を震わせて……いきなり俺をギュッと抱きしめた。


 うわ、これってもしかして本気マジで。


 そう思った瞬間に、ルイーズはこらえ切れずにプハハッと吹き出した。

 なぜ、笑う。笑うシーンじゃないだろ。


「タケルに、私を襲う勇気があるとは思えないけど、手を出せるものなら出してもいいぞ。お前を抱いたのは、こうしておけば聞き耳を立てている父上が、婿を取れとうるさく言わなくなると思ってのことだよ」

「ああっ、そうか。お父さんが……」


 ルイーズもなかなか強かだ。

 ジェローム卿は、ウロウロとずっと扉の前にいる。その気配を、剣士として修練を積んでいる俺もルイーズも感じられる。


 俺たちがわかるのだから、練達の騎士であるジェローム卿に、こちらの気配がわからないはずもない。

 こうしてルイーズと一緒にベッドに入って、王将軍のお手つきと思わせておけば、ジェローム卿も婿を取れとはうるさく言わなくなる。


 ……という、解釈でいいんだよね?


 そうルイーズに尋ねようと思ったが、やめた。


 まだ可笑しいのか。俺の顔を柔らかい胸に押し付けるようにして抱きしめたままで、クスクスと思い出し笑いを続けている。

 ルイーズの漏らす吐息がくすぐったい。こうして機嫌がよくなったのだから、もうそれでいいと思った。


 俺は、ルイーズがどっかに行かなければ、なんだっていいのだから。

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